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─ナサニエルの家─
[中に入ると、いそいそとネリーが立ち働いて茶の準備を始めた。
それがプロの家政婦というものなのかも知れないが、たった一日も居ないのに妙に馴染んでいる。
「コーヒーと紅茶どちらにしますか?」と尋ねられ、]
……あー。何でもいいよ。
―自宅―
[シャワールームに入ると、血濡れたナイフを水道の水で静かに洗う。血は容易に流れるが、どうにもヒトの脂が消えない。水音がキッチンに聞こえているかもしれないが、彼にとってはそれどころでは無いらしい。
床に広がった、血と水が融合した液体を見て、ナサニエルは呟いた。]
………俺、推理モノを書く才能は絶対にねぇな。
[床のそれを流すと、黒いコートとナイフを書斎に放り投げて鍵を閉め、ギルバートとネリーが居るキッチンへと向かった。]
あー。俺、コーヒーがいい。
ギルバートは?
……あの血のにおい嗅いだら、紅茶のにおいなんかわかんねぇ気がする……
[頭をぼりぼりと掻きながら、ナサニエルはキッチンに現れた。]
……ああ、ギルバートやネリーが紅茶の方がいいなら、俺も合わせるけど。
んー……まだちょっと、な。
なんというか、アレだ。
血のにおいを嗅いで精神はハイになるけれど、肉体はさっぱりってヤツだ。嗅覚が前よりか敏感になってる分、今まで気付かなかったような部分まで嗅げるようになっちまったのもあるし。ま、あと少し経ったら、肉体の方も慣れるんだろうけれどな。
……っていうか、紅茶はほんの少し邪魔なニオイが入るだけで、ただの苦い湯っていう味にならないか?
[少し奇妙な間が開いた。]
さあ。味には煩くないんでね。
[湯気の立つカップをネリーから受け取る、その横顔は何とはなしに素っ気無く感じる。]
………ん、そっか。
ま、俺も煙草吸ってるから、味覚は半分くらい狂ってるんだけど。
[同じくネリーからコーヒーを受け取り、それを口に運んだ。]
まぁ、「目覚めた」なんてこんなモンだろ……。
[ぽつりと呟いた。]
[コーヒーポットを持って、物問いたげにこちらを見ているネリーを、じっと見詰め返す。]
──で?
何か訊きたそうだな、ネリー。こないだ教えただけじゃあ足りないか?
[ナサニエルの顔にもちらりと視線を走らせ、]
……この際ついでだから、アンタも聞きたきゃ聞けよ。
何が知りたいんだ。
ん?ああ……
[テーブルに置いてあったダークチェリーの缶詰を弄りながら、ナサニエルはギルバートの言葉に頷いた。]
……お前のやってること。
「同族」の血を「目覚めさせる」理由と、意味。
一体、何の為にやってんだ?
……いや、散々聞かれて耳にタコできてる話だろうけどさ。
[薄い苦笑を浮かべ、コーヒーを一口啜った。]
確かに。耳にタコが出来過ぎて、聞こえなくなるくらいには。
──血を絶やさない為だ。同族の。
―ナサニエル宅前・車中―
ん……
ぁあ……今、何時だ?
[彼の家の玄関が見える少し離れた木立の中に目立たぬよう停車した車の中。一杯に倒したシートの上で、私は身を震わせ浅い眠りから目を醒ました。
安置所脇で、しかも悪夢に魘されての睡眠は浅かったのだろう。疲れが抜けきる筈もなく、ナサニエルを待っている間に休憩をしていた私はそのまま眠りに落ちていたのだ。]
この状況で、不用心にもほどがあるな……
ナッシュとすれ違いになったか?
いや……むしろ、ナッシュはあの家に帰ってきているのか?
[しかし、眠りを破ったのは、微かに響くエンジン音だった。
今はシャーロットの形見となってしまった、小さな双眼鏡を目に当て覗き込んだ。]
[ナサニエルの愛車から降りたギルバートとネリーが、先に家の中へ入っていく。ナサニエルは、なぜか少し外で時間を潰しているようだった。]
ギルバート……
[黄金色の瞳の光を思い出す。彼がなぜここに?
「団体行動ってイマイチ得意じゃない」
ナサニエルはそう云っていたが、雑貨店で会った時にもそういえば彼やローズと行動を共にしていたことを思い出した。彼が云うように、あまり友人と一緒になにかをしているところは目にしたことがない]
古い友達なんだろうか……
[彼がヘイヴンを離れていた時期は十年ほどにもなる。その間のことはほとんど何一つ知らずにいた。
ナサニエルはやがて、トランクからなにかを出して二人を追うように家の中へ入っていった。]
どうすっかなあ……
[こういう時、煙草を吸う習慣があったならと思った。
ギルバートとネリーの二人はただ家の中に寄った、というわけではないようですぐには出てくる気配がない。
私は、車の中でしばらく待ち続けた]
血………か。
まあ、そりゃあ動物としての本能を考えれば、当然って感じもするがな……。それだけ血が絶えやすいのか、俺ら「同族」ってのは。
ふぅん………
だけどさ。いざ「血に目覚め」てみて思ったんだけどな。ギルバートからは……なんつーか、こう、俺とは比較にならないくらいのギラギラした強さを感じるんだよ。……油断したら焼け焦げて死んでしまうくらいの、強烈な生命力ってヤツだ。
さっきネリーが「私の方がディープよ」ってな話してたけど、ギルバートの前じゃあ俺らはどっちも極めて"shallow"な気ィすんだよね。
アンタらは正確に言えば同族じゃあない。
「目覚めた」と言ったところで、人狼の能力を完全には持ってない。多分今後も持てない。
その力をいくらか使えるだけの、人間に毛が生えたみたいなモンだ。
俺と比べたら、大人と子供みたいな違いがあるんだよ。
[肩を竦めてみせる。
その言葉は完全な真実ではないが、嘘ではなかった。]
………やっぱりか。
[ふぅむ、と納得して頷いた。]
俺はただ単純に、人が殺された時に幻覚見る程度で、お前みたいな牙があるわけでも無いしな……。
それと、お前……
…どうすっかなあ……
……なぁ〜
[ハンドルに頭をつけて、しばし煩悶する。
ギルバートが今町で起きている数々の怖ろしい事件の中心人物であり“怖ろしい存在”であることは確信めいた実感があったが、ナサニエルやネリーは果たしてどうなのだろう。]
このまま行ったら、飛んで火に入る夏の虫か?
……せめて、様子くらいはわからないかな。
[自宅の中を訪れる前に、三人の関係について多少手懸かりめいたものが得られはしないものか――。
くしゃくしゃと髪をかき上げると、思い切るようにゆっくり立ち上がった]
同族は数が少ない。同族同士の結び付きからは滅多に子供が生まれないからだ。
人間や、人狼の血を引いた「血族」との間では普通に子ができる。
だが、そうやって生まれた子も人狼として生まれる子は稀だ……殆どが人間と変わらない、人狼の能力を持たない「血族」になる。
でも、血を絶やさない為には人間を娶るしかない。
結果として世代を経るごとに血は薄まるばかりだ。
[この説明も飽きるくらい「先祖帰り」たちに聞かせてきた言葉だ。]
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