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[凄まじい膂力を感じて背筋に走る戦慄。それは恐怖か]
やはり、おまえが?
[それとも、狂気か……狂喜か]
屍鬼。
[抜き打ちに斬りつける。しかし、首を狙った斬撃はその手に阻まれ……由良の左指が落ちる]
―由良の部屋前―
[一歩踏み込むと、異様な光景が眼に映った]
なっ……!
[死合う望月と由良がそこには居た。]
な、何をなさっているのです!
おやめください!
[――呼びかける。だがしかし。]
仁科さん、有難う。
血を──拭いて頂けますか。
[見れば、服は血で染まり、左肩より下は袖がない。]
藤峰さん、けっして──けっして、違(たが)えてはなりません。
[こちらも藤峰の手を握り返して、粒汗の浮かんだ顔に微笑を浮かべて見送った。]
奇妙な感じだった…
[と、夜桜が手を伸ばした藤峰と云う青年を見た。
幾度か見かけたことのあるこの青年が、彼女は少々気に入っていた。]
あの子を見ていたら……夜桜とか云う娘に急に。
―三階、廊下―
[見ればもうすでに処置などのことは済んだ後。故に、何が起こったかなど解ろうはずもなく]
……一体?
[すると、視線の先には教え子が。
声をかけようとする前に、杏がその手を振り払って主のもとへと駆け出した]
『ちっ、何か一言無いのか?』
[その態度を苦々しく感じながらも、少女の後を追ってさつきの元へと歩き出した]
――三階/廊下・十三の部屋前――
[頻繁な人の出入りに開け放たれた儘の、十三の部屋の中へとさつきは良く通る声を作り、廊下から呼びかけた]
――仁科、さん。
[由良の動きは止まらない。痛みなど感じていないかのようだ。それは大麻煙草のためかも知れなかったが]
ぐっ…。
[指を失ってなお望月の首を締め上げようと迫る由良。その腕を危ういところでかいくぐって、袈裟懸けに斬り付けた]
…藤峰君。
[良く知っているはずの藤峰が、銃を持って行く事を止めたいのか、止めてはいけないのか。迷っている様だ。
仁科に言える言葉等無い気がする。]
[何とはなしに夜桜と藤峰青年を眺めていたが、雲井に声を掛けられて、ハッと振り返った。]
雲井様……。
私は先ほどからずっと此処に居りましたわ。
こんな時ですもの、一人で居たって大勢で居たって危険なのはあまり変わらないのではなくて?
――三階/廊下・十三の部屋前――
[自分の名を呼ばれた気がして、さつきは左右を見回した。杏が廊下の遠くから、ぱたぱたと走ってくる。その後ろにはシロタの姿もあった。同じように此方へ向かう歩みは悠然と落ち着いて居る様に見えた]
『嗚呼……先生、無事でいらしたのね。
あちらでは異変も無かったのかしら、なら良いけれど……』
[―――今、屍鬼と謂ったか。]
な、
[だが思考は其処で断ち切られた。
部屋に、鮮血が散った。
落ちたのは肉の―――]
駄目ぇ!!!
[駆けるけれども、男2人の死合いだ。
払うように押しのけられ、
近づけない。]
由良様!
望月様!
…お帰り仁科さん。
[先ほど咎める言葉を向けたのが少し気まずく、しかし間違った事は言わなかったはずだと思い直して今は自分の手の中にある拳銃を握った。
人には向けず、銃口は下を向いている]
夜桜さんは枚坂先生のおかげで、すっかり治療して貰えたようだから…。
あんたのそのお湯は、場合によっちゃさつきさんに使ってやるのが良いかもな。
俺はこれから夜桜さんの嫌な予感とやらを確かめに、望月さんを追ってみるつもりだよ。
そうか……江原さんのだったのか。
…悪いが俺は臆病なんで、更なる武器としてこれ、借りていく。
―三階、天賀谷の私室を出て―
違えてはいけません…?…どういう意味だろう。
[――しかし粒汗の浮かんだ顔に、それ以上聞き返すことはせずに]
望月さんは由良さんの様子を見に行くと…言っていたっけな。
[湯に真新しい布を浸し、絞ってから丁寧な動作で夜桜の血を、仁科が傷付け流れた血を拭う──。]
痛い所に当たったら言って下さい、夜桜さん。
―天賀谷自室
碧子さん、ありがとうございます。
[シーツと、そして包帯の予備があることはありがたいことだった。]
あ――
[ふと、シーツにぐるぐる巻きにされ、ぞんざいな扱いで脇に押しやられた天賀谷の遺骸のことを思い出す。
緊急のことだったとはいえ、元求婚者だった男性にそのような扱いをしてしまったことはやや後ろめたかった。
その布の塊が彼女の視界に入らないよう、位置をかえて言葉をかける。]
貴女は無事だったんですね。
皆色めきたってます。
なにが起きても不思議じゃない。
怪我をしないように気をつけてください。
藤峰さん、それは人の命を簡単に散らすもの──。
軽々しく扱わずに。
[溶けゆく雪のように零れる言葉]
[耳へ届いたか届かなかったかまでは解らなかった]
――三階/廊下・十三の部屋前――
[もう一度、同じ様な声調で呼びかける。廊下に居る儘、部屋に入ろうとはしない]
仁科さん。
先程の行動。
説明して頂けますか。
―天賀谷自室戸口
[部屋を出ようとした私に、さつきがなにやら深刻そうな面持ちで言葉をかけた。]
さつき君。
そうそう、どういうことだったんだい?
君が知ってることがあったら、教えてくれないか。
[由良が倒れる。致命傷ではあるが、まだ息はあるようだった。
望月が部屋に入ったとき、由良の隠した何ものかが、ちらりと赤い色をのぞかせていた]
屍鬼……。
いったい誰を屠ったんだ。
[ベッドの傍らで、無理やりシーツに隠されたものに近づいた]
でも…心配して下さったのね。とても…嬉しいわ。
[雲井に向き直り、寂しげに微笑んだ。]
雲井様。
私、また…一人ぼっちになってしまいましたわ。
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