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「あのまま行かせてしまうと……」
[夜桜はなにを知っているんだろう。私は望月青年や他の者が向かった先にある出来事を見定めるべく、足を*踏み出した*。]
[奇妙な匂いが部屋の中から漏れていた。それが大麻煙草の匂いとは望月は知らない。
由良が、『ハッピー』を求めて煙草を吸っていたことなど、まったく]
どうして開けられないんだ。
見せられないものでもあるって言うのか?
[苛立った声をあげれば、鍔がまたカタカタと鳴る]
[怪我を負い気弱になったかと、せめて、望月を止めて欲しいとでも言うかのように叫んで見えた夜桜に、ぎこちなく笑い]
一体どうしたんだ、夜桜さん。
皆と一緒の部屋からいなくなるから、望月さんのことが心配なんですか?
しかし途中までは、雲井さんも一緒のはずだし…
何よりあの人はうんと腕が立つ。
…俺が必死で縋りつこうとびくともしなかったのを、夜桜さんだって見ていたでしょうに。
あの人なら例え屍鬼と出くわそうが、退治してくれることすら期待できるさ。
……おや。
[だが翠は夜桜の声に従い、彼を追って部屋を出たようだ。
いや翠だけでない。
思えば彼女の立場であればおよそそのような事は、今まで人に命ずるだけで良かったはずの大河原までもが、シーツのため奔走した。
夜桜は枚坂への説明の途中、僅かに微笑んでから自分へも繰り返してくる]
行かせてしまうと…そんなに、どうしても…いけない、のか。
[数分後、息せき切って駆け戻って来る。苦しげに胸を押さえ、荒い呼吸の下からやっと声を出す。]
……二、三枚持ってきて下さるように頼みました…それから、先生のお手持ちの包帯だけでは足りないかも知れないと、この家に置いてあるものを探して下さるように、と……
……ああ。
もう何方か持ってきていたのね。
[ホッと安堵の溜息を付いた。]
……。
[夜桜はそれにこたえずに、詰めた呼吸を繰り返し行う。
左肩は熱をもっている。
縫合のために露になる肌。
傷痕が脈打つように疼く感覚。
縫合の針が一針一針、夜桜の目の前で皮膚をすくい、縫合糸で元の形を取り戻すために括られてゆく。「もう少し」と枚坂は言うが、手並みはとても鮮やかだ。包帯を巻き終え、テーピングを施すまで流れるようだ。まるで楽曲のような。]
──廊下──
[慣れた廊下を使用人用の階段を辿り、最短距離で湯を運ぶ。]
夜桜さんが死ぬ…──なんて事も。
…有るのか。
[冷や汗が背中を何度も伝う。]
……せんせい、ありがとうございます。
[礼を言うた。
施術を行い終え、夜桜より離れゆく枚坂。]
藤峰さん。
[そっと、見上げて言葉を続ける。]
『なんだろう、この匂いは』
[天賀谷の亡骸の傍らで焚いた伽羅。血の臭いをかき消すための香り]
『まさか何かをごまかそうと……』
由良さん……由良!
[バン、と力任せに部屋の扉を開け放った。むっと立ち込める大麻煙草の煙。
由良があわてて何かを隠した様子]
……屍鬼……!?
[流石にこれは銃声だと気付いた。
反射的に身を竦めた後、銃声のした方向……階段の上へと視線を向ける]
一体、何が起こった?
まさか……殺しあう気か?!
[反射的に杏の手を引いて、階段を駆け上がる。
それはあくまでも自己保身の為。]
由良様の、お部屋……ッ
[刀を片手に持ってきた。]
『望月様なら大丈夫だろう。
倒されることなどないはず。
人を殺す理由などもない。
無い。
無い――ない、ない、無いはずなのに!』
[何故か焦りが湧いてくる。
鍔鳴りを追いかけ、扉の前に辿り着いた。]
―三階/―
ああ。碧子さん!
そこに居たのか。
[安堵の息らしき物を吐いた。]
貴女の様な人は、あまり一人で動かない方がいいですよ。
ああ。だが……。
落ち着いていらっしゃる様だな。
[廊下を往復し乍ら、相変わらず背筋が凍る様だと言うのに、仁科は安堵している。]
──…夜桜さんを殺さずに済んだ。
―由良の室内―
[そういう望月自身、服は天賀谷の血に染まっている。手には刀。由良がとっさに身構えるのは無理もない]
おまえなのか。おまえが屍鬼で、今も誰かを食らおうと…。
[何か隠したらしい痕跡を見ようとする]
なんだって?
俺のこの血は違…。
[血の汚れに目を向けたその瞬間、心臓をそのままえぐろうとするかのような由良の手が]
……!
[飛びのくが服は千切れる]
[仁科が戻って来る。]
──…湯を持ってきました。
[湯をこぼさぬ様にと、夜桜の元へ運ぶ。
藤峰の咎める様な言葉が甦り、どうして良いか分からず視線を逸らした。
しかし、夜桜が何かを言おうとしている──。]
……。
[そして夜桜の言葉を受けてか、枚坂をも部屋を出て行った。
息せききって戻って来た大河原は、包帯までも探してきてくれることを頼んできたからと告げる]
皆…皆よくやる…、な。俺なぞはもう、俺自身さえ無事であればそれで良いと…そう、思っているのに。
…これじゃまるで、何もできない子供か。
[...は深く溜息をついて、夜桜の温かい手を一度だけ握り返した。
それから少しだけ名残惜しさを感じさせる様子で離れると、仁科の手から落とされた拳銃を拾いに行く。
引金をひけば弾が出る事くらいしか分からないが]
まぁこれくらいあれば…俺だって、見回りの一つや二つ、せぬでもないんだ。
…夜桜さんの言う通り、望月さんの後でも追ってみよう。
[急ぎ後を追うことよりは、周りの状況を確認しやすい程度の速さの足取りで扉へ向かい。
ああそうだと大河原へ振り向く]
入れ違ったかな…確か雲井さんは、大河原さんを探して出て行ったと思…
[ちょうど戻って来た雲井にふ、と笑う。
――皆が皆、自分のこと以上に人を心配しているように見えた]
[包帯を巻かれた夜桜の肩と、寝台の側から立ち去る望月を交互に見て、]
『こんな短い間に手当てを終えてしまうなんて……やはりこの方は天賀谷の言っていた通りの名医なんだわ…。
戦場で沢山の怪我人を看た、と言う以上の。』
『けれど、何故…この女(ひと)は望月様を行かせてはいけないと…?』
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