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[戻ってきたステラとソフィーの父親を車に乗せる。
ステラが少し上気しているように見えたのは重い男性の介助をしてきたせいだろうか]
ありがとう、ステラ。
車をだすわ。
[クラッチを踏み、車のキーをひねりエンジンを始動する。
ソフィーの父親はうわ言にもならないような声をあげ、ステラはそれにいちいち頷いたり声をかけたりしている。
わたしにはとてもできなさそうだわ…とローズマリーは素直にそう思った]
ステラ、あなたがいてよかったわ。
本当に助かった。感謝するわ。
―雑貨店、及び周辺―
これでいいのかしら?リック。
[ナイスミドルを振り撒くヒューバート。芸術の才にも極めて恵まれている、と思う。
もしヒューバートが芸術家でなく、発明家だったら世界を驚かせる何かを作り上げるのではないか、と感じるほど。
そしてその親をもってしてなかなかどうして、あのような粛々とした娘のシャーロット。 私が母親になる日があるのなら、優しい母親になりたいなと、ふっと思った。]
[車はじきにアンゼリカに到着する。
ギルバートにも手伝ってもらってソフィーの父親をローズマリーの部屋まで運びこむ。
ソフィーの様子は熱はまだあるものの、呼吸は整っており、緊急を要する感じではなかった]
お父様にお食事が必要よね?
[ローズマリーはステラをソフィーの傍に残し、みなの食事の用意のためにアンゼリカに降りて行った]
[ネリーはリックと他愛ない会話を交わし、バンクロフト家の父娘に笑顔を向けた。
その笑顔――自分に何か違うものが感じられないか。いや、違うとはまた異なる。ネリーは自分に問いかける。
この1〜2年で自分は変わってしまっていないか。いや、変わった。確かに変わった。だが何が――
自らが変わった訳ではない。人として魅力が欠けるようになったという事でも、むしろ増したとも当てはまらない。退廃的、虚無的になった訳でもない。ましてやこの表情が仮初め・・・の筈がない。
言葉が見つからない。でも、何かが違う。何が。
――敢えて言葉を探せば、それは無機質的と言うべき*ものなのか*]
[アンゼリカから戻りすぐにベッドの虫になった。
浅い眠りは様々な夢を見せたようだが覚えていない。
頭が勝手に拒否しているのか。それでもひどい寝汗だったのだが。
遠くに大きな音を聞き、思わず目を覚ます。
まだ日は高い時間のはずなのに、部屋の中は薄暗い。
電気をつけようとスイッチに手を伸ばすが、音はすれども電気はつかず]
あれ?電気…切れた?
電気料金払い忘れてるのか?
[カチカチと何回押しなおしてもうんともすんともいわない。
嫌な予感が頭をよぎる]
山崩れに気付き、慌てて掛けた急ブレーキにアーヴァインのピックアップトラックが軋んだ。
目の前で、アーヴァインの500ヤードほど前方を走る車に、スピードを出す事でギリギリ山崩れを免れた対向車がスリップしてきて衝突する。前方車は衝突箇所が悪かったのか、大破して炎上したまま崖下へ落ちて行った。
バックミラーを確認するアーヴァイン。
後方には幸い車影は無い。もし、後ろから車が来ていれば自分も玉突き事故で──。
ハンドルを握ったままのアーヴァインの掌に冷や汗が滴る。
もう一台の車は、崖と逆方向の森林に突っ込んだようだ。
…車内の人間は無事なのか。
状況確認のため、アーヴァインはトラックを道路脇に停車させ、無線を片手に降り立った。
雨は降り続いている。
もう一度、山が崩れる可能性がある。
後ろから急に車が来たらまた怖いな、と思いアーヴァインは振り返る。
何時も見えているはずの家々の光が──すでに無かった。
ぐるりとやや薄くなり始めた髪が気になる頭をめぐらせる。
電線が切れたか。
嗚呼、だがこちら側が全戸停電──では無いようだ。
と、アーヴァインは呟いた。
クラッシュし、山道へ突っ込んだ車へ近付いて行く。
懐中電灯で照らしたその車に、当然、アーヴァインは見覚えが合った。
この車に乗っているのは…──。
車内を懐中電灯で照らし、声を掛けようとする。
アーヴァインは言葉に詰まり、込み上げる嘔吐感に脇を向いた。
運転手に関しては確認するまでもない。──…死んでいる。
他にも外に投げ出されてる生存者の可能性を考え、確認してみたところ、助手席や後部座席や同乗者はさいわい居なかったようだった。運転手のものなのか、大破したフロンガラスに引っ掛かる様にして本か手帳とおぼしきものがぶら下がっている。
この雨ではすぐにびしょぬれになって読めなくなってしまうだろう。
アーヴァインはすでに「遺品」となったその本を回収し、ピックアップトラックに戻る事にした。
──大丈夫と思える範囲内での、山崩れの状況確認を。
──電話が無理ならば無線で救援要請を。
──事故者たちの遺族への連絡を迅速に。
[元来た道をUターン。アーヴァインは*車を走らせる*。]
──養鶏場の近く・車内(回想/山崩れの前)──
[元々、叔父の頭が弱かった事もあって、副主任がしっかりとしていた為、養鶏所での仕事はすぐに終った。
本の様に背表紙が厚く黒い手帳。日記の続きをエリザは綴っている。今、ここで全てをカミングアウトしなくてはならないと思っているかのように。
雨足が強くなった事に気付き、一度事務所に戻って自宅に電話をかける。家族が心配しているかもしれない。どちらでも良いわと言った際、マーティンが取り次いだのはシャーロット。]
…大丈夫、ママも今から帰るわ、ロティ。
本当に酷い雨ばかりね。
[車内に戻り、日記を書き終え手帳を閉じ、エリザは息を付く。
夫と娘の居る家に帰りたい、と少し彼女は思った。日記の内容が気になるのか、かばんには仕舞わず助手席に乗せたまま、車を発進させる。
その手帳が一時間もたたずに、アーヴァインに遺品として回収される事を*彼女は知らない*。]
──回想 - 7年前──
[事故の起きた時、私は寝入ってしまっていて、気付いた時には全てが終わった後だったから、何が起きたのか詳しくは知らない。
ただ、車はガードレールを突き破って崖を滑り落ち、途中の木の幹に衝突して爆発、炎上。母の遺体は見る影も無く焼け焦げて顔もわからないような状態だったとだけ聞かされた。
父はろくに話も出来ない程憔悴し、私は全員に負った打撲の治療の為診療所に入院していたから、母の命を奪った事故の原因が些細なハンドル操作ミスだとわかったのも、事故から一週間以上が経過した頃の事だった。]
[母の葬儀の喪主を務めるのは本来父である筈だったが、その父が一向に回復しないので仕方なく手を差し伸べてくれたのが父の叔父にあたる人だった。
食事も満足に摂らず部屋に閉じこもりきりの父に代わって叔父は手際良く葬儀の手配を進めてくれた。
葬儀の当日になっても部屋から出て来ようとしない父は、他人から見れば取るべき責任を放棄した情け無い男に見えたかもしれない。
しかし、生前の二人の仲睦まじい姿を最も間近で見続けて来た私には、父の深い悲しみが痛いほどに伝わって来る気がして、なんとかして父を葬儀に引っ張り出そうと口角泡を飛ばす勢いで開かない扉に向かって声を張り上げる叔父を制し、私は一人で葬儀に参列する事を決めた。]
[葬儀を終えて戻ったソフィーを迎えたのは、明かりの灯らない家と静寂だった。
父の部屋を覗くと、扉に背を向けオブジェのように座り込んだままの父の背中が見えた。
一言声を掛けようと思わなくもなかったが、ソフィー自身まだ母を失った悲しみから立ち直るには日が浅く、慣れぬ葬儀で心身ともに疲れ果てていた為、一先ず休息を取る事にした。
部屋に戻ったソフィーは、靴を脱ぐのも忘れてベッドに倒れこむと、数分と経たぬうちに眠りの淵へと落ちて行き、次に目を覚ました時、まだ辺りは暗いままだった。
腕時計を見ると、まだ2時間しか経っていない事が判る。
重い身体を引きずってキッチンに立ったソフィーが、数日間何も口にしていないだろう父の為、ボイルしたソーセージとザワークラフトをトーストに挟んだだけの簡単なものをトレイに乗せて再び父の部屋を覗いた時、居る筈の父の姿は*消えていた*。]
─回想─
[ローズマリー達を待ちながら、彼はまた独り思いに耽る。]
[ギルバートは、「人狼」が生来持つ音声を伴わずに発する「声」──同族間の微弱なテレパシー──は、野生動物の間で普通に見られる鳴声によらない意志伝達と同じと考えていた。
彼はその声を自在に発することが出来たし、また強制的に意識から遮断することも、「耳に入ってはいるが聞いていない」状態にすることも可能だった。
が、未熟な「人狼」は往々にして自分の発する「声」や「聴覚」を意識的に制御できない。その傾向は、成長してから「人狼」に転じた「先祖帰り」に最も良く見られた。
子供の時から段階的に発達していく生まれつきの「人狼」や、頭の柔軟な思春期前に血を開花させた幸運な者達と異なり、成長しきってからの「先祖帰り」はそれまで無かった感覚や能力を一挙に持たされた結果、非常に混乱してしまうのだ。]
──酒場2階 - ローズマリーの部屋──
[ローズマリーの部屋に運ばれたイアンは、
車上とはうって変わって落ち着きを取り戻していた。
人が来ても焦点の結ばれぬ瞳は相変わらず。
見慣れぬ部屋にも、目の前の娘にも一切興味を示さず、
ただ、普段座っている揺り椅子を揺らす如く、
一定の周期で酒場の床を足先で*押しているのみだった*。]
[それにしてもこの町には「血族」が多い。側に寄っただけで人狼の血を引いているとはっきり分かる者だけでも数十人は居る。それ以外にも微妙に感覚的に引っかかる者が多数居た。かつて彼が訪れたどの村々よりもその数は多いだろう。
更に近世になっては人間の移動が激しくなってからは、一地域で人狼の血が拡散せずに保たれるということが少なくなってきてきた。もはや一村に「血族」が固まって存在している時代ではないのだろう。
その代わり、ある一定人口以上の街ならば、何処に行っても「血族」が居た。非常に希少だが、「先祖帰り」に遭遇することもあった。]
[この町には一体どれだけの数の「血族」が居るのだろう。
町の横たわるこの谷間には、それらの放つ微妙な思考のノイズ、声にもならない音が満ち満ちていた。
そのために、本来の「人狼」が放つ「声」が拾えないでいる。変化しきっていない未熟な「人狼」の発する声は小さ過ぎて、ノイズにかき消されてしまっていた。]
[だがそのノイズも、時間が経つにつれ次第に薄れてきた。]
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