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[1ヶ月後、比較的大規模なコンサートへの出演が
決まっており、その関係の電話が来るはずだった。
しかし、いつまで待ってもベルはならない。
電力供給も不安定のようだが、光という明確な形さえ
関係ない彼がそれに気づくのは、後になってからだった。]
……おかしいな。ウンともスンとも言わない。
[何度フックを押しても、何も聞こえない。]
機械のくせに、この私に逆らいやがって。DAMN!
[落ち着かなくなってきた。不満が湧き上がった。
それに任せて、車に乗り込んで*出かけることにした*。]
[決意をした後の行動は、自分でも驚くほど早かった。
チェストから下着を引っ張り出し身に着けて服を着込み、全身にタオルを巻いてその上から外套を羽織った。
引き摺りだした下着が、いつものコットン製ではなく原色の派手派手しい物だったのは、無意識かそれとも――]
まずは…ローズの店に行ってから…ね。
[身支度を整えたわたしは、声に出して行動の確認を取る。初めの行き先を彼女の所にしたのには、複数のそれなりの理由があったから。そう自分に言い聞かせてわたしはようやく電気が安定した家を後にして、酒場アンゼリカへと向かった。役に立つかと僅かな嗜好品を籠に入れて――]
――自宅→酒場・アンゼリカ――
[ギルバートに助けを頼まなかったのはどうしてだろうかと、片づけにででいく背中を見ながら考える。
ギルバートがソフィーを抱き上げる…。
そんな場面を想像しただけで心臓が締めつけられる。
執着には懲りているはずなのに。今度は自分がそれをしようとしているのかと…]
[ローズマリーはそんな考えを振り払うように頭を振った]
ソフィーはまだ目を覚まさないわね。
ステラに連絡をしてみようかしら。
[受話器をあげ、耳に押しつけると、聞こえてくるのは空虚な音だけ。
ローズマリーは受話器受けの突起を何度も何度も押してみた]
…だめだわ…。
――酒場 アンゼリカ――
[激しい雨の中、ようやく到着した店の前には見知らぬ男の姿があった。どうやら店の前で誰かが酒瓶を壊したらしい。その片付けに負われている姿は、何故かこの酒場に属しているような。そんな雰囲気を感じさせた]
新しい従業員でも…雇っていたのかしら?
でも人の行き来を極端に嫌う町に…新しい人…?
[彼の存在を不思議に思いながらも、また新しい慰め人なのだろうかと醜い想像が脳裏を駆け巡ったのも事実で。
わたしは眉を顰めながら横を通り過ぎ、いつものように店のドアを3回ノックした]
ローズ、居る?わたし…ステラよ。
─酒場前─
[店の入口に散らばったガラスの破片をダストパンに掻き集める。水に浸かった大き目の破片はブラシでは取り難く、素手で拾って放り込んだ。
またもや衣服が濡れたがさして気にならなかった。]
[ローズマリーはステラの声に気づき、受話器をもどし、店の扉に駆け寄り、扉をあけた]
ステラ、いいところにきてくれたわ!
[ローズマリーは安堵したこともあり、ステラを抱きしめた]
[わたしはドアが開くのを待つ間、ふと引寄せられるように店前で片付けをする男の姿に視線を落とした。
散らばった破片を手で取る姿と、容赦なく降り注ぐ雨に濡れていく姿は、ローズの相手として認識するわたしにはあまりいい印象を与えてはくれなかったが、しかしそのまま見過ごす訳にも行かず――]
よかったら…傘をどうぞ?
[彼に近付き、差していた淡い色の傘を差し出す]
[そして雨音交じりに聞こえて来た足音に振り返り――]
ローズ!無事だったのね…。心配してたのよ?
[濡れる事も厭わない様子で抱きついてきた彼女の身体を、わたしは躊躇いがちにそっと受け入れ、回した腕に少しだけ力を込めた。]
嵐になったわね。
[ローズマリーはステラから身体を離すとステラを店に入るようにうながした]
ああ、心配してくれてありがとう。
それよりも、大変なのことがあって、あなたの助けが必要なの。
[ローズマリーは入り口でギルバートを振り返り]
びしょ濡れじゃないの、ギルバート。
…ごめんなさい、こんなに雨がひどくなってるとは思っていなくて。
大きなかけらがなくなったらもういいわ。
ありがとう。
[ガラスの破片が乗ったダストパンを手に、抱きあう二人の女性を見る。
「友達?」と、目線だけでローズに問うた後で、黒髪の女性に向かってにこやかな笑顔を向ける。]
そういや、ここに来た最初の日に店に居た方ですか?
俺、ギルバート・ブレイクと言います。ベアリングさんの家に厄介になってます。
[苦笑し、]
ローズが濡れるよりは良いだろう。俺は丈夫だからね。
……これ、捨ててくるよ。
[気を利かせたつもりなのか、ステラに会釈すると店奥に引っ込んだ。]
嵐に加えて雷まで…。折角立て直したのに一からまたやり直しね…。
[先の復旧作業を思い出して、私は疲労感に覆われた体から溜息を一つ吐いて促されるまま店内へと足を組み入れた。]
所で助けって…何かあったの?
[ローズの後姿越しに疑問を投げかけながら、件の男の名がギルバートということを認識する。]
『ギルバート…ねぇ…。好色そうな…男』
[昔培った感が働く。さぞかし淫らな一時を迎えたのかしらと、わたしは意地の悪い思考を二人の姿に滲ませて口嗤った。気付かれないようにそっと――]
[と、投げかけられた笑みにわたしは脳裏を過ぎるものを払拭するように微笑み返して――]
ここにきた最初の日…?
あぁ、そうかも…ね?多分入れ違いだったと思うけれど…。
初めまして、ギルバートさんね。わたし、ステラ・エイヴァリーと申します。貴方のような方がローズの傍に就いているなんて、彼女の友達としても少し安心したわ。
何かあったら、護って上げて?
[饒舌は本心でも無い言葉を唇に乗せる。会釈もそれなりに。この6年間で培われたもの。それは嘘だけが上達する事。]
[会釈をして立ち去っていく姿に、何故か胸はざわつきを覚え――]
なんだろう…あまり気持ちの良いものでは…ないわね…
[左腕を掴んだのは無意識だろうか。きつく締め上げるように指に力を込めながら、わたしはギルバートの後姿を見送った]
[ステラをカウンター席に座らせる]
ああ、ステラ、濡れていないかしら?
大丈夫?
あのね、ソフィーがうちの店で倒れちゃったのよ。
雨に濡れて…風邪でもひいたのかもしれないわ。
熱があって。
わたしの部屋で今、寝かせているの。
そんなに具合は悪くはなさそうなのだけれど、彼女のお父様が心配で…。
どうしたらいいかしら。
[私は室内へと入るなり、濡れた外套を脱ぎタオルを剥ぎ取った。お陰で私の服以下のものは全く持って無事だった。]
大丈夫よ、ローズ。それより…
[ローズの端正な赤い唇から滑る言葉に耳を傾け――]
ソフィー…が?
――そう。この雨ですもの…お父様の事も心配ね…。
[私は一瞬だけ思考を巡らせ――]
ねぇローズ、あなたはここに居てソフィーの看病をしていて?わたし…彼女の自宅へと行って来るわ。
状態と…場合によっては食事の介助も必要でしょうし…。
[思い立つと同時に、私は再び外套を身に着ける。重装備はそれなりに大変だけれど、身を護るには変えられない。]
[すぐに出て行きそうになるステラに]
ギルバートが車を運転できるわ。
わたしの車で行って。
たぶん、それが一番いいんじゃないかと思うの。
[ゴミ箱にガラスの破片を無造作に放り込む。掃除用具入れにブラシとダストパンを仕舞ったところで、掌に走る創傷に気付いた。ガラスの破片を拾った時に切ったらしいが、彼の苦痛閾はかなり高い為に分からなかったようだ。
じわりと赤い血が開いた傷口に盛り上がる。]
[手を握りこんで傷を隠し、そっと2階に上がる。幸い二人は話し込んでいて、こちらに注意は向けないだろうと思われた。
客室に入り、小さな洗面台で手についた血を洗い流す。
その頃には、傷口はほぼ塞がり、*細く赤い線となっていた。*]
車で行けば、ここにお父様を連れてくることもできるでしょう?
車椅子を積んでくるのは無理かもしれないけど。
その方が安心じゃないかしら?
──バンクロフト家所有の工場・事務所(回想)──
[『ネイ』が去った後。簡易キッチンには、二人の「女性」が仲良く並んで洗い物をした名残りのように、ティーポットとカップ&ソーサーが伏せられてる。天井には雨漏りの修理の跡。キッチンを背に、事務所の机に向かって細い背中を神経質そうにこわばらせているのは──…エリザ。
カリカリとペンを走らせる音が続く。時折、手元にある黒い帳簿を確認しながら、帳簿とよく似た黒い背表紙のノートに向かって彼女は何かを書きつけている。]
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