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[江原は同じことをよりどころとしていながら己とまるで違う結論にたどり着く。それを間違いとは言わないが]
……それはケンカに勝った者だけが言える正論に聞こえるよ。負けても、人は生きていかなくちゃならん。妻子を養い、親に尽くして生きていくには赤くも黒くもなろうよ。
それでも、己の大事なもののために生きることが、さぶらうことなのだと俺は思う。
[ラファエロ前派がどうこうと言う蘊蓄も、絵の魅力が分からないと言う仁科に十三は嗤ってその白塗りに頬紅を塗った随分と手の込んだ女装写真を見せた。運命の女──ファムファタアルは男の生んだ幻想だと言う。だから、その見方で、ある種の滑稽さを伴った状態で構わないのだと。
取りあえず、どう理由がついてもカツラを被り白粉を塗った女装の写真だった。
これまた鑑識眼やら文化的な美意識を持った男の難儀な性癖で──とは思った物の、ハイヒールや脚に関心を示すフェティシズムと何か通じる様な印象もあり、病的な印象は
また、其れとは別に、十三は碧子の事をファムファタアルなのだと言っていた。彼女に対する援助は、仁科の知る限りは至ってまともに見えていた。]
──…要約すると、以前見た白塗りは許容範囲内で、昨日のはあちら側だって事だ。
何が…アァ、カツラと…口紅が無い事と……。なんだ。
お早う御座います、先生。
今朝の飲み物はどうなさいますでしょうか?
……杏、先生――あの方を御席へ。お願いね。
[コーネルの声にその場から会釈を送り、傍らのメイドへと声を掛けた]
[やや憔悴した表情で天賀谷氏の部屋の扉を開いた。皆は食堂にでも集まっている頃合いだろうか。
異界に堕ちたというこの場所で時が意味を持っているというならばの話だが。]
――仁科さん。
[扉を開くと、運転手の仁科の姿があった。]
[ゆっくり聞きたいね、といわれ、はたと気づく。思想家と名乗るほどの人に、自分は何てことを]
ああ、いや。
ご大層なことを言って済まなかった。
[侍。その一言にこんなにもムキになってしまうなんて]
俺はサムライなんかじゃないって言うのに、偉そうなことを言って…恥ずかしいな。
君とは、一晩中でも語り明かせる気がするよ。
そもそも、私に真っ向から挑むだけの
論客に出会ったのすら久しぶりだな。
[彼が出会った日本人は、江原が米兵として
従軍経験があると知るや、露骨な媚を売ってきたものであった。]
君のような者を、真にサムライと呼ぶのだろうな。
このような山奥まで出てきた価値はあった。
日本もまだまだ捨てたものではないね。
―― 客間の一 ――
俺は、寝ていたのか…… 今は、何時だ……
[来海は喉の渇きを覚え、水を探したが見つからない。]
誰か、誰か、いないのか!!
[返事がない]
クソッ……
[来海は水を求めて部屋を後にした]
[][江原さん、と呼びかける望月の言葉に、さつきは彼の名を認識した。二人の遣り取りを自分の中で反芻する]
『サムライと戦って――ということは、あの方は米軍の?
ううん、元、なのかしら……』
『……大事なものを自分の手で守る。私には、望月さんの云う事の方が大事なことだと思えるわ……』
―書斎―
[鋭い視線で書斎を検分する。
書棚に列ぶのは、明らかに「上流階級の図書室用」に用意された無難で趣味の良い装丁の揃った本の類ではない。
床に散乱する巻物を、触れぬように覗き込む。]
これは……。
いや。後だ。
[一人呟き、天賀谷自室に繋がる階段へと向かった。]
[帽子と取って枚坂に礼をする。]
枚坂先生、有り難うございます。
…十三様の容態は。
アァ、今は眠っておられるのですねえ。
[そして枚坂が逃げたのではと勘違いした事が申し訳ないと思ったのか、遠慮がちに、]
異界へ…落ちてしまいましたね。
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