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[声にか気配にか睫毛が震え覚醒しきらぬ侭に身を起こし、視界の先で少女がベットサイドへと手を伸ばすのに寝惚け眼を瞬かせ、自身の足元へちらと視線を向けるも、目覚め始めた意識に漸く少女を認識し、落ちかけた毛布をそっと掴んでふわと微笑み]
「おはよう」
[唇が挨拶を紡ぎ]
「具合、悪い」
[伸ばした手の先にあるのが薬だとは認識している様子で、心配そうに少女を見詰め]
[視界の隅に動く菫の色。
目を覚ました様子の彼女に弱く笑んで]
おはよう……。起こしちゃった、かな。
[だったらごめんね。と付け加えながら、
掌に、薬を一つ、二つ、三つ――七つ。
洗面所の水道へ、水を求めて歩みながら]
いつものことだから。
薬を飲んじゃえば治るよ。だいじょうぶ。
[何処が悪いとは言わずに、そう言い残して洗面所へと。
錠剤を口内へ放り込み、蛇口を捻って両手をカップ代わりに水を飲む。乾いた喉に、どろりと溶ける感覚が吐き気を誘うが、口元を押さえて堪えた。]
……ナイジェル。傷はどう?
治ってきた、かな。
[備え付けのタオルで口元をぬぐいつつ、洗面所から顔を出す]
[気配で目覚めた割りに問いにふるふる首を振るのは、謝罪は必要ないと言う意味合いかも知れず、少女が部屋を横切りながら紡ぐ言葉に安堵してか頷き、立ち上がり毛布をたたみソファの隅へ置いて、洗面所から顔の覗くのに漸く自身の傷を思い出したのか見下ろして、殆どあかの散らぬ――とは言え前日までの染みは残っているだろうけれど――寝間着の胸元を摘んで眺め、少女へと向き直りもう一つ頷き]
「ありがとう」
[気に留めて呉れた事にか感謝の言葉を紡ぎクロークへと歩み寄り着替えを取り出すと、口許を拭う少女の様子を一拍だけ見詰めて瞬く]
ん。
[ナイジェルの姿を見ては、その服に滲む赤も過去のものだろうと察し、彼女の感謝の言葉に笑みを返した。]
わたしも着替えよ。汗かいちゃった。
[ナイジェルの後ろから覗き込むようにクロークを見て。洋装なんて特に拘らない。今の洋服によく似たワンピースを選んで取り出す。
ふと、ナイジェルの視線に気づいて、小首を傾げ]
な、なんかついてるかな。
[思わず口元に手を当てた]
[首筋も幾らか傷は癒えているだろうと包帯は外す事にして、黒いシャツブラウスと黒い上下対のパンツスーツを取り出し、服を抱え傍らで服を選ぶ少女を見詰めていたが、口許を覆うのにふるふる首を振って、けれどまた一拍は少女を見詰め、自身の口許を指し示し]
「零れたら、舐めては、いけないの」
[首を傾げ問うのは昨夜の男の様子を思い出してか]
[着替えを抱えたままナイジェルの唇を見つめ、
言葉の音は察しても、その意味を汲むのに時間が掛かる。]
舐め、る……?
自分で舐め取るのは別に、行儀が悪い、とかは思わない、よ?
でも手とかで拭った方が、早くないかな。
[相手に対して、という部分の発想が全く無く
どういう意味かな。と不思議そうに瞬いた]
[会話は僅かずれ噛み合わずとも少女の言葉にまた頷くも、困った様子で]
「手、舐めたら、駄目って」
[遠慮がちに伸ばした手は少女の口許を拭うふりをして、自身の口許へと指を引き寄せ、昨夜の所作をなぞってみせ]
[彼女の所作に、きょとんとして。
ようやく言いたいことを理解する。]
お母さんが、子どもにする、みたいなことだね。
いけないこと、じゃないけど
仲のいい人じゃないと、厭かもしれないよ?
あ、それと男の人だったら、ドキドキしちゃって困るかもしれないね。だって恋人同士がすることみたいなんだもん。
[そういうのって憧れるなぁ。と願望を付け加えた]
「そっか、厭、だったんだ」
[謝らないと、と唇は更に小さく呟き、続く言葉にきょとんと瞬き]
「恋人、同士」
[不思議そうに少女を見詰め]
………
[思案気に瞳を覗く]
普通はしない、こと、だから。
びっくりしちゃったのかもしれない。
厭だったかどうかは、わからないよ。
[けれど、謝らないと――その言葉には、小さく頷いて。]
そう。恋人同士。逆にナイジェルだって、相手が好きな人じゃないと、そんなことしたくないでしょ?
……ナイジェルはその人のこと、好きなんだね。
[誰かのかな。と笑みを浮かべて、
着替えを手にナイジェルに背を向ける。
彼女の見えない角度。
ふっと寂しげな表情を浮かべていた。]
[――普通はしない、こと]
[紫水晶の焦点は刹那遠退いて瞬き、頷く少女にこくりと頷き返し、続く好きなのかと言う問いにも頷いたけれど其れは一度目より何処か曖昧で]
「シャーロットも、好き
でも、厭なら、舐めない」
[誰かと問われれば隠す様子も無く]
「ナサニエル」
[少女が背を向けるのに服を抱えて其の様子を見詰め]
[――かたり。
グラスに指が触れる音で浅い眠りは破られる。
体を起こせば静寂を保ったまま誰もおらぬ室内を見渡し。]
――……何も無さ過ぎるのも、な。
[アーヴァインがあれから来た様子もなく。
体を起こすと、カウンターに追いてあった灰皿を引き寄せ。
細い紙巻煙草に火をつける。]
え、あ、ぃぁ……――
[ちら、と菫の少女を見ては、呟くように言う。]
わたしは、厭じゃない。
ナイジェルのこと、好きだから。
[――ナサニエル。
其の名に、複雑でありながらも、何処かで安堵。彼は良い人。彼なら。ナイジェルにも優しくしてくれると。そう思うから。]
わたしは。
ただ、ナイジェルに幸せになって欲しいだけ。
もう傷ついたりしないで。優しい人と一緒にいて欲しい。
ナサニエルさんなら……
[いいと、思う。
呟き。彼の多くを知っているわけではないけれど
印象はとても良い男性だから。――彼なら。]
[夕べの晩餐の残りを昼食にとり、ソファで食後のティーを飲む。
何をするでもなくただ時間が過ぎて行くのにため息をひとつ落とせば、鞄の中からオレンジのラベルの薬を取り出し水に溶かして飲み干す。]
――死なないから、生きてる。
仕事も遊びも、いつだって命を゙賭げてるのにね?
[自嘲気味に笑うと、食器類を片付けて昨晩持ち帰った皿を手に部屋を出る。]
[――ナイジェルのこと、好きだから]
[きょとん]
[紫水晶に浮かぶは驚愕か恐怖か]
「シャーロットは、傷つけ無いって、言って呉れた」
[自身へと向けられる好意は暴力だとでも思っているのか、其れでも目の前の優しい少女を信じたいと、何処か縋る様に身を竦めた侭に見詰め]
「幸せ」
[微かに脅えは残ってもまたきょとんとすれば、其れが何かも判らぬ様子で首を傾げ、一緒にいて欲しいと言う言葉にはふるふる首を振り]
「ナサニエルは、最初から、無ければ、良いって」
……どうしてそんな顔するの?
わたしのこと、こわい?
[悲しげにナイジェルを見つめる。
彼女の感情は、未だわからないことがたくさんあって
どうしたら笑ってくれるのか。一体何に怯えてしまうのか。
否定するように首を振り、唇が紡ぐ言葉。
思わず、声を荒げた]
そんなの――ッ!
ナサニエルさんが間違ってる。間違ってる!
わたしは幸せになりたいよ。でもなれなかった。
幸せにしてくれる人に会いたかった。でも会えなかった。
わたしはずっとずっと、幸せに、なりたいだけだった、なのに
――……。
幸せが無くなっちゃったら
何の為に生きているかすら、わからないよ。
最初から何も無いなら――ずっと幸せになれないよ。
[誰ともすれ違うことなく厨房へ皿を戻し、広間に少し立ち止まる。]
――そういえば、バーカウンターがあるとか言ってたわね。
[ぼんやりと思い出して、気まぐれに行ってみようかと歩み始める。]
[シガレットを咥えたまま、気紛れにキューを手に取ってみる。
これも結構上等のものだ――恐らく。]
……ビリヤードを嗜む人間もいないのに。
囚人に与えるには破格じゃないか?
[持ち上げてみれば腕輪がしゃらりとシャツの上を滑る。
ここで隠しても無意味だと判ってからは気にしていない。
ただこれを外されないということは、釈放されたというわけではないのだろう。]
「痛い事、しない」
[少女を窺う様に首を傾げ傷だらけの手は着替えをきゅうと抱き、急に声を荒げる様子に更に身を竦めるも、紡がれる言葉にか少女の様子にか服を掴んだ手は僅か動き、暫く逡巡してから恐る恐る震える手を伸ばし中空で頭を撫でるふりをして]
「シャーロットの、欲しいもの、もう、何処にも、無いの、かな」
[呟く言葉に幸せが何かも判らぬからか曖昧に首を振り]
「シャーロットは、優しい」
[ビリヤードがあった部屋だと思い出しながら、ノックもせずにノブを回し、扉を開ける。]
――あら失礼。先客がいたのね。
[咥え煙草でキューを持つ牧師の姿を認めればさして悪びれた様子もなくそう告げる。]
ビリヤード、お好きなの?
[首を傾げながらそう聞いて、ゆっくりと中に入る。]
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