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そう。
この人を屍鬼だと、君は謂うのか。
随分、都合良く出来た話だな。
そうだな。
もう少し早く聞いたら、そのまま信じたかも知れないね。私も。
“屍鬼”ではない――
ええ、お話はゆっくりお伺いします。
[ゆっくりと碧子に近づいていく]
碧子さん、あまり情熱的ではない雲井君ではなく、私が貴女を“頂戴”いたしましょう。
ふじ、みねさ……。
[体が、千切れて。
首が、泣き別れ。
仁科が謂う。何か、謂っている。]
……どうして、
どうしてこんなことをするの……
屍鬼……
[声は、震えていた。
弔わなければ、そう謂っている、望月と
首を切ったのはお前かと問う、仁科が。]
[繊手が閃き、ドレスの裾が派手に跳ね上がった。
真っ白な太腿の、半ばまでが露わとなり……
その手の平に小さな拳銃が握られていた。華奢な女の手に収まるような、小さく冷たく固い金属の塊。]
近付かないで。
おもちゃみたいですけど、ちゃんと人は殺せます。
こう見えて、私、射撃の経験はたっぷりと積んでおりますから。
この銃の扱いにも慣れてますの。
この距離だったら、トランプのスペードのAだって撃ち抜けますのよ?
[そう言って屈託無く微笑んだ。]
『…供養は。
屍鬼を殺す事じゃないのか。』
[望月の様子に喉をせり上がって来た言葉を飲み込む。
無意識にポケットに仕舞った拳銃に触れた。
何も言わず、手を付いて立ち上がり…──仁科は部屋を出た。]
[拭っても拭っても、血は落ちきらない。それは、望月自身の手が血に汚れすぎているが故なのだが]
諸行無常、是生滅法、生滅滅已、寂滅為楽……
[経文を唱える。……二人の人間を手にかけた男が、涙をこぼしながら藤峰の死を嘆く]
おやおや――
[私は芝居がかった風に両手を広げ、おどけて見せた。]
碧子さん、悪足掻きはよすんだ。
私は屹度、貴女を大事に扱うだろうさ。
肌も、その下に張り巡らされた血管も、肉も、腸の襞の一つ一つまで。
誰よりも情熱的に愛するだろう。
雲井さま。
あたしを信じなくたっても構いません。
都合好い話なら、
あたしはあなたさまに選択を強いるような事は喋りません。
影見を、霊視をと、
探していたあなたさま、
あたしを殺すといい。
―3階自室―
[来海は大きく息を吐くと深く椅子に掛けた。
そして、永く断っていた酒に手を掛ける。]
『思えば此の世は常の棲処に非ず』か……
死んで何がある…… その先に何が……
天賀屋よ、そっちは何が見える?
冷たいか? 暗いか?
俺は、怖いよ……
おかしいか……
[来海は杯を飲み干すと、静かに目を閉じた]
私、この方達に殺されたくはありません。
醜い姿で死なせないで。
[激しい囁き。
微笑が張り付いた唇のまま、夜桜を凝視して。]
――二階/食堂――
施波さんが居ないなら、そうね……杏、貴女は文が読める?
読めるなら、立会人になって欲しいのだけど。
[其の問いに、杏は少し哀しそうな表情で首を振った。幾つの頃から十三の下で仕えてきたものかまでは判らぬものの、其らの教育を受けるゆとりまでは無かったのであろう]
そう……なら、まだ良いわ。
それよりも、もう一度さっきのお紅茶を淹れて下さるかしら。もう暫く、ゆっくりしていきましょう。
――二階/食堂――
「はい! ……いえ、かしこまりました、さつき様」
[弾んだ声で厨房へと向かっていく杏の背を目にしつつ、さつきの想念は屋敷の者達、客らの姿を思い浮かべた]
『影見、霊視、影封じ――屍鬼に相対する能力を持つ人々。
確かに、今この館に居るはず。
私の力は極く半端なものでしかないけれど――感じる』
“機”が、満ちつつある――
[仁科を目で追いながら低く呟いた]
止せ――。
[それは望月の声であったのだろうか?
鍔が震える音が響く]
抜かれた刀ならばここにある。
皆が皆、血にまみれることなど必要あるまいに。
[斑に血の跡が残る――それでも大分清められた首を、天賀谷の首に並べて安置する]
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