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―アンジェリカ―
ふぁ〜 ひどい雨だ。
[私は裏手に車を停めると、軒先で雨を払い落とす。扉の前にいたローズはclosedの札をちょうどopenにするところだった。]
グッドタイミングだ。
[私は彼女に微笑みかけ、扉の中へ入った。]
なんかないか? 喰えるもん。
ハラペコなんだ。
テイクアウトでいい。二人分な。
[肩からは革紐でつり下げられた革張りした羽子板状の文房具-ホーンブックだ-を揺らし、小脇に本を抱えている。カウンターに本を起き、早速注文を告げる。空腹からかいかにも余裕のないせわしなさだった]
[ヒューバートに気がつき、微笑みかける]
テイクアウト?
これからどこかにでかけるの?
じゃあ、サンドイッチがいいわね。
[手早くトマトをスライスし、レタスをちぎる。クロワッサンにナイフを入れ、トマトとレタス、生ハムを挟む。
これを二つ。
スクランブルエッグを作り、それもクロワッサンに挟む。
サンドイッチを作りながら紅茶を淹れ、ポットの準備をする]
紅茶もいるでしょう?
そうなんだよ。
[カウンターに置いた本を指し示す。ヘイヴンの地理や地誌、郷土史の本が積み重ねられていた。]
長い間かりっぱになってた本を返しに行かないといけないんだ。
いやさ、さっき車を停める前はclosedってかかってたもんだから。ダメもとでなにか作ってもらえないかってちょっと降りたんだ。
[待たせてるの?との問いかけにそう答えた]
[クロワッサンサンドを包み、ポットに紅茶をいれたものと一緒にヒューバートに渡す]
ポットは帰りがけにでも届けてくれればいいわ。
誰とどこにおでかけなのかしら?
[ローズマリーはヒューバートをからかい気味に尋ねた]
サンキューサンキュー♪
エクセレント!
[私はテイクアウトと頼んだことを忘れ、早速サンドイッチにかぶりついていた。一切れを飲み干すように食べるのに2、3秒ほどもかからなかっただろう]
むぐむぐ。
もちろん! 紅茶もくれ。
[ポットは帰りでいい、という彼女の心配りに感謝した]
いつも悪いな。サンキュ
誰と出かけるかって?
絶世の美人とさ。
[そう言って、あははと笑う]
……いや
[一旦言葉を句切り、悪戯っぽい笑みを向けた]
ローズも美人だが、ローズは女神だからな。
[ポットに淹れた分とは別にマグカップになみなみと紅茶を注いでヒューバートに渡した]
いい食べっぷりね。
欠食児童のようだわ。
あら、ありがとう。
褒めても紅茶ぐらいしかでないけれどね。
絶世の美女ってことは、愛娘のシャーロットちゃんとおでかけかしら?
[彼女の名前、ローズマリーの語源はラテン語ros(泡)とmarinus (海)から成り立っている。だから私は、時々彼女をからかってアフロディテと呼んだ。
その女神が男女関係に奔放だった……ということを私が意識して半分からかっていた――ということは口にしないほうが花というものだろう]
まあね。
うん、このサンドイッチすげーうまい。
できたらもう一個追加で頼むよ。
[パンをスライスし始めた彼女に、ふと思い出したように声をかけた。]
そういえば、裏に車留めたらローズの車がなかったぜ。故障でもしたのか?
[バスルームで着替えを終え、リックとニーナに礼と代金を渡すと、そのまま店を出た。
服は流石にサイズが合わなかったけれども濡れたものをそのままにするよりは遙かにまし。
先程よりは随分雨脚も緩んできたようで、このまま帰宅しても大丈夫だろう。
車を出し、自宅へ帰る途中に思い出す]
そういえば…メモ…ローズマリーさんとこ…
[すでに缶きりは入手している。別にあんなメモ程度の用事を済ませる為にあの店へ行くのは非常に気が引けたが、このまま足を遠のかせればあの場に居たことが疑われる。
こんな災害のときに自分から行き先を減らしていくのは賢明ではないはず。
散々悩んだ末、もし居たら挨拶すればいいかと車を返す。
後から気が付いたことだったが、あの雑貨店を出た…というよりも、ギルバートから離れた瞬間にあの寒気や頭痛は消えうせていた]
――昨晩 ルーサー宅前――
[自嘲は、カチカチとスタッカートを刻む歯の重なり合う音に遮られていく。だるさに加え恐ろしいほどの寒気がいよいよ身体を蝕んでいく。高熱の上がるサイン。危機感が滑稽なわたしの全身を素早く覆った。]
嗚呼…このまま深い眠りにつけたなら…。わたしはどんなに幸せな事でしょう…。
でも――主は決して天使の迎えなど寄越してはくれないでしょうけどもね…。
[もし神が死を以て罰とし、罪を償わせる事を考えで居るならば。わたしは当の昔に命を落としていただろう。この町にも、そして彼にも逢う事無く、苦しみを抱えて生きて行く事も無かったのだろう。
そう、6年前のあの日。死ぬつもりで訪れた海岸で援助者に拾われることも、異国の地でもある港町で、彼、ヒューバートにも逢う事もなかった筈なのだから。]
ああ、車?
ギルバートに買い出しを頼んだの。
あ、ヒューバートはギルバートは知らないわね。
弟が泊めてやってくれって、うちを尋ねてきた人なのよ。
[アンゼリカに近づくにつれ、また憂鬱になってきたが仕方ない。
期待したクローズの看板が…かかっていなかった。
あまりにも憂鬱だったしそのまま帰ろうかと思っていると見慣れない車が一台。
ここでこんな車を乗るとしたら思い当たるのは一人だけ]
もしかして…先生、いるのかな。
[さっきの憂鬱な気持が幾分和らぎ、寧ろ嬉しそうな表情さえ浮かべて雨の中ドアを開ける]
ギルバート? へえ……
[知らない男の名前を耳にして、好奇心が疼く。いや、好奇心を掻き立てられたのは、ローズの表情を過ぎ去った一瞬の気配に引きつけられたためだっただろうか。
瞳が悪戯っぽく輝いた。]
おっとローズさん!
もしかして? もしかしてーっ!?
[嬌声を上げたところ、後ろの扉が開いた。よく見知った年下の友人、ハーヴェイだった]
[ドアを開けると案の定、そこにいたのはローズマリー。
昨日の今日、流石に隠し切れず顔は少し引きつったが、同時にカウンターで勢いよくサンドイッチと紅茶を腹に収めるヒューバート。何か子供のように騒いでいる彼を目の当たりにして次はしばし呆然]
あ…と…先生…どうも…
[何となくこういうタイミングで入るのが多いのは何故だろうか]
もしかなんてしないわよ。
[笑みを含んだ口調でヒューバートにかえす]
ギルバートは旅人ですもの。
[ハーヴェイがはいってきたのに気づいて]
あら、ハーヴェイさん。
缶切りを取りに来たのかしら?
それとも、お食事?
[キッチンに置いておいた缶切りを持ち上げ、軽く振って見せた]
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