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ああっ…
[振り向き様にネリーの右手をアルバムに伸ばす。が冊子はリックの手にしっかりと握られており、リックの意志に従いネリーの手の届かない所まで動いていく。
なりふり構わず手を伸ばしたことにより、踵から手の指まで全身が伸びきり、油断だらけになったネリーの全身は、もう一方のリックの手を身体で受け止めるには十分すぎた。
バランスを崩した事と頬をSLAPされた事によりネリーは勢いよく前のめりに転んだ。
あうっ!
背後を見上げると、あの形相があるような気がしてならず、すぐ後ろを向く事はできなかった。]
[窓をコンコンと叩く音が聞こえる。
天の助けとばかり、信じていない神に感謝する。]
た……助けてくれえ!!助け……。
[息も絶え絶えに、助けを求める。]
―1階・書斎―
[男は、引出からアスピリンを取り出し、1粒ずつ丁寧に噛み砕く。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……まるでラムネ菓子のように、味の無い粒を噛み砕き、ごくりと飲み込む。彼の傍らには、透明な液体が入ったワイングラス。アスピリンが舌の上に溜まったらそれをワインで流し込む。]
美味くねぇな。
………当たり前か。
やっぱり「ルーシー」じゃねぇと……ダメか。
[メモを取りながら、アスピリンを噛む。10個、11個、12個……]
[這い蹲ってでも逃げるべき? お姉さんを「ぶって」ごまかすべき?
ネリーは僅かな時間で考える。しかしどちらも首尾よく終われそう、とは思えなかった。
保身が故に、そのまま1歩、腰を抜かしながら前へ移動する。]
[いきおりよく振付ける雨の中、中でわめいているような様子も雨に掻き消え、肩を竦めて]
…ちょっと、失礼するわよ。
[少しのためらいはあったのだけれど、そのままアルファロメオのハンドル側の扉を開けて中を覗き込みながら]
…失礼、ミスター。
どうされたの?
[訝しげな表情のまま、中を覗き込めば彼の面にいつもかかっているサングラスはなく、漠然と彼が落としてしまったらしいそれを探して視線は車内に]
ダメだよ。逃がさない。
ネリー。狩人は、獲物に容赦したりなんかしない。
[宣言し、背後の抽き出しを開ける。
指先は即座に求めていた物体に触れた。
繋がった双つの輪。冷たい金属で出来た手錠]
[一瞬、触れたやわらかいものが口唇であるとわからなかった。
目を丸くして小さく口唇を開く。
頬に触れる手と、優しく回された腕に安心感と嬉しさをおぼえ、眉根を悲しげに寄せたままではあったが、微笑みを浮かべた。]
……ありがとう、ハーヴ。
大丈夫、私、目は良いんだから、道案内はまかせて。
それにあなたが事故を起こしたら、私だって一緒なんだから……。
[まだ震える指先をハーヴェイの指に軽く絡ませて、ガレージへ向かう。]
──バンクロフト家→ボブの事故現場へ──
[真横のドアが開く。それは、助けであったともに、
同時に、地獄の始まりでもあった。
ドアは、幸いにも遮光の役割を果たしていた。
しかし、今はそれが開け放たれている。]
う…うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!
[絶叫とともに、目を押さえた黒人が開けられた
ドアの方に飛び出していく。]
――雑貨屋 入り口――
[ようやく辿り着いた店の入り口。この災害の中でも店が開いているという事実は、わたし達消費者にとってとても力強いものだった。店の者には多大な苦労を強いる事はわかっているのだが。]
こんにちは…――
[わたしは静けさを保ったままの店内へと足を踏み入れようとして。何故か思わず立ち止まった。それは本能が察知した。そう思う程の理由の無さだった。]
[ネリーはそのまま動かず、必死に次の言葉を考える。
どうすればいい? リック、相手はリックなのよ。
ネリーはリックに向けて発せず、自分に言い聞かせるように言葉を発する。]
だ、駄目よリック!これは違うわ。
ノーマンは確かに、そんな事をする人だったかもしれないけど、あなたまでそんな事をしては駄目――
[ガレージへ向かう途中、ハーヴェイの中性的とも言える整った横顔を見上げ、ふと、ハーヴェイも1人家族を亡くしているのだと思い至った。]
……………。
[意識がぼんやりとしてくる。そして、吐き気。]
[アスピリンは失敗だった。
咳止めシロップにすれば良かった。
――男は心から後悔する。]
[ヘイヴンを繋ぐ道の遮断――それは即ち、彼を支える麻薬の数々の供給が止まるということ。彼が彼の書斎で、全知全能の「神」であるための「鍵」。それの輸送手段が絶たれることは、彼にとっては死活問題に他ならなかった。
だからこそ、彼はLSDの代用となるクスリを求めた。その実験として口にしたのはアスピリン。――だが、これは失敗だった。異常な倦怠感が、己の身体に広がるだけだった。]
[アスピリンを過剰投与した不快感を拭うため、男はさらにワインをあおる。最初はチビチビと、しかし徐々にそのペースは上がり、あっという間に瓶1本が空になる。]
……ちッ!くそ…………
?!
な、何?ちょっと、ミスター!?
[偶然にも踏まれなかった運転席の足元に落ちていたサングラスを拾い上げたところでボブと衝突する形になり、そのまま雨の地べたへと尻餅をついて投げ出される。
手にはサングラス、ちょうど彼がニーナの上に転がり落ちてくる形になるのだろうか]
[床に腰を落としたネリーを見つめつつ、近寄っていく]
今さら、確かめるまでも無いと思うけど。
ネリー?
あの写真に写ってたのって、君なのかな?
[カウンターに冊子は置き、代わりに右手で提げた手錠を突きつけた]
[軽く絡んだ指にふと視線を向けるが何も言わず、離すこともしないでそのまま一緒にガレージへ。
雨は大分弱まっている。これならそう走行の妨げにもならないだろう。
シャーロットの案内で、迷うことなく事故現場へとたどり着く]
今のリックが私の頬に当てたあの力…
凄い、力…
私、こんな力…
いつのまにこんなに…だ、駄目よリック!
[明らかにネリーに動揺の色が見える。]
[続く数時間のどこかで、今やハム音のように低く微かなものとなっていたノイズのうちの一音が、甲高く弾ける音を残して消えた。]
目が……目がァァァァ…。
[目を押さえながら、ニーナの上にのしかかる。
夜な夜なアルファロメオを乗り回し、
非力な女の子相手に、このようなポーズを取ったことは
何回もあった。だが、今回は意味合いが違う。]
目がァァァ……目がァ…。
[泣き声混じりに、そればかりを唱え続ける。
この姿を見られれば、ゴシップ好きに
どんな噂を立てられるかわからない。
今まで積み上げてきたキャリアという城が崩れ落ちる、
まるで滅びの呪文のように、そればかりを。]
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