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―ナサニエル自宅・1階書斎―
[男は目を見開き、窓の外にいる青年を見つめている。]
まさか、ユーイン………
[彼が口にしたのは、かつての「契約」相手の名前。いや、だがおかしい。確か彼は3年前に自殺したはずだ――多分、3年前あたりに。ならば、昨晩からの幻覚が未だ残っているのかと思い、男は『今日は忙しいものだ』と思った。]
『いや………待て。待てよ。
もし目の前にいるのがユーインの幻覚なら、俺がひとりでこんなことヤッてんのを見て怯えたりするか?むしろ、弱み見つけたとか言って喜んだり、或いは自分がヤッてやるとか言って、俺の都合なんざお構いなしに部屋に入ってくるはずだ……』
[ましてや、この書斎にはユーインはおろか誰も招き入れたことがないからなぁ…と、余計なことまで頭を過ぎった男の口から、言葉が零れ落ちた。]
ユーイン………
…………………じゃ、ねぇよな?
─回想─
[この町にどれほどの「血族」が居たか定かではないが、彼らの上げる思念のノイズが消えゆく速度から、忌み子達が町にもたらした災禍の大きさが分かる。
たった一人の「先祖帰り」でも、備えのない人間が対峙すればその帰趨は明らかだ。]
『──見つけ出して、』
[「口」を閉ざしたのはこの決意を知られぬため。]
[と。思いに耽った後、]
あ、こうやってふかすと意外と……
[大分吸うコツが分かってきたのか、紫煙をくゆらし、闇に沈んだ町を*歩き出した。*]
[ローズマリーの息があがる]
はぁ、はぁ、ステラ…。
気持ちいい?
わたし、そろそろ…。
[ローズマリーの指使いが激しくなり、ステラの身体も震える]
ステラ、ステラ!
――酒場アンゼリカ 地下――
[羞恥を煽るような艶かしい音と言葉がわたしの耳許を舐め上げる。その言葉を聞きながらわたしは、突如与えられた視覚の交差にとある一つの答えを導き出していた。]
[導き出された答え。それはわたしの人生の歯車が狂い出す原因となった"あの人"との刹那であり、わたしが初めて愛した同性の…"あの人"との蜜会だった。]
[当時わたしは神に使える身でありながら、不徳にも礼拝に訪れる一人の年上の女性に心を奪われていた。それが恋という感情の一つであった事は、後に彼女自身から教えられることになるのだが。
しかしその時のわたしは湧き上がる感情を持て余し、どう解消して良いのか解らず、ただただため息に色を滲ませ日々をやり過ごしている子供で、彼女―シンシア―の姿を見る度に胸を痛める自分は、何処か病気なのだろうかとさえ思っていた。]
[あまりの胸の痛みに耐え兼ねて、ある日わたしはシンシアに自分の症状を包み隠さず打ち明けた。その頃にはわたしとシンシアは淡い秘密の共有をする仲にまで発展しており、誰よりも近しい関係になっていた。]
「ねぇ。わたし、あなたの事を考えただけで胸が痛くて祈りにも集中できないの。これって何かの病気かしら…」
[わたしの告白に、果たしてシンシアはどういう表情を浮かべていただろうか?
今となっては忘却の彼方、思い出すことも出来ないが、それでも彼女は確かに苦く苦しそうな表情を浮かべていたかもしれない。少なくてもわたしが彼女の命を奪った際に見せた、あの妖艶な笑みは浮かべていなかったように思える。]
[しかしどのような表情を見せたとしても、その後彼女と過ごした日々は紛れもなく性欲に裏付けされた行為であり、その赦しによってわたしは屈辱を受け、奈落の底へと落とされたのだから、今思えばそれは全てシンシアの罠だったように思える。出会いから全て彼女が仕組んだ大掛かりな退屈凌ぎの…。]
[今わたしが感じている二つの映像。それはシンシア自身がわたしとの目合わいの中で実際に感じていた物ではないだろうか。わたしは徐々に昂りへと昇っていく自分の躰に息を弾ませながら思う。
彼女は確かにわたしを愛し、わたしを求めていた。しかし彼女もまた今のわたしのように女を愛しながら同時に男を愛していた。
手練を施しているのは一人。でも二人の手によって溶かされる感覚。何もかも二倍に感じる快楽。一度味わってしまえばもっと求めてしまう。禁断の味――
その味を覚えてしまったシンシアは、いつからかわたしに抱かれながら別な人の夢を見るようになっていたのだろう。今のわたしがそうであるかのように]
あ…うん…気持ち良いの…っ…そこっ…そこが気持ち良…んっ…
[内壁を擦り上げられる気持ちよさに、わたしは頭を左右に振りながら上り詰め酔うとする様を堪える。
もっと欲しい――
貪欲さは声を上げる。でも何が欲しいのか何て言わない。言ってしまったら最後、最悪な結末が訪れる事はわたし自身、身に刻んでいる事だから――]
[わたしと別方向から聞こえる水音に、手を伸ばしてしまいたい衝動が込上げてくる。わたしは知っている。今誰に抱かれているのかを。右目のビジョンは相変らずバートのよく動く腕や肩甲骨を映し出しているが、躰はローズに抱かれている事は理解っている。ただ精神だけが。それを認めようとはしないだけ。ローズの太腿に伸ばそうとした左手は、脳によってその行き場を失い宙を舞う。精神的快楽がその行く手を阻むから。]
[荒い息遣いに相手の絶頂が近い事をわたしは悟る。歪む視界。ローズとバート、二人の愛しい姿がぐにゃりと変形し、マーブル状に溶け合っている。]
嗚呼…だめっ…私ももう…果てそうよ…?だから来て…わたしの中に…一緒に果てましょう…――
[ぐるぐると回るマーブル状の二つの顔。と、撹拌する渦がぴたりと止む。そして中から何かが浮かび上がってくる。それは人の顔に形取られて――]
『…っシンシア?!』
[わたしは思わず亡き人の名前を叫びそうになる。反射的に左手の蛇はわたしの口許を押さえてくれた。救われたと思った。何故そう思ったのかは解らないけれど。少なくても身に刻んだ子供達に救われたような気がした。
尤も、彼らにしてみれば親元が死すれば自らの死にも直結するという懸念から、自己防衛を計ったかのように思えるのだけれども。]
[しかし左手のお陰で、わたしの両目は達する直前に現実へと引き戻された。
今、わたしの両目に映っているのは豊かな碧髪の美しい女性。そう、わたしがヘイヴンに着てから恋して止まないローズその人の姿――]
[わたしは戻った意識で素早く右手を彼女の太腿へと伸ばし、彼女と自身の指との交換を図った。それは少し乱暴な動作だったかも知れないが、今の私に出来ることはこれ位しかないと思った。]
[ぬめりと引き出されたローズの指は、甘い芳香を漂わせていた。わたしはその指を嘗め尽くしたい衝動を押さえて、代わりに自分の指を宛がい、知っている限りの動きを彼女の中に与えた。]
んっ…ローズぅ…気持ち良いの…だから一緒に――
[わたしはそっと彼女に微笑みかけた。今迄で一番美しくも残酷な笑みで――]
果てましょう…?
[恍惚の扉へと手を掛ける。]
──自宅──
[あれ程疲れていたのに、朝日と共に自然と目は覚めた。
顔を洗い、寝る前に考えた通りの朝食を摂りながら、身体にだるさが残っていない事に気付く。念のため体温計で熱を測ってみたが、細いガラス管の中の水銀は平熱を示す地点で止まっていた。]
『良かった。これなら少しくらい遠出しても平気ね…。』
[一晩休息をとり落ち着きを取り戻したソフィーは、父の捜索には、闇雲に町を探し回るより誰かに協力を仰いだ方が賢明と判断し、品物の納品も兼ねてバンクロフト家を訪ねてみようと考えていた。
先に在宅確認も兼ねて連絡を入れたかったが、電話は相変わらず不通のままであり、いつ直るともわからぬものを悠長に待っている程の余裕は無かった。]
[食事を終えると、自室のクローゼットから取り出した半袖の白いシャツワンピに着替え、襟元の第一釦まできっちりと留める。
釦切り替えに沿ってギャザーの寄った、ジャガード織の清楚なワンピースは、裾が広がっている為動きやすく、余所行きにも適した上品なデザインのものだった。]
──…。
[クローゼットの内側に備えた鏡でおかしな所がないか確認したソフィーは、少し考えてから洗面所に向かい、めったにつける機会のない淡いピンクの口紅を唇に乗せた。]
─道路─
[閑散とした夜更けの道路を独り歩く。
真っ暗な中にぽつりぽつりと家の灯りが浮かぶが、それには夜闇を駆逐する力は無い。まるで今にも飲み込まれそうに心細く燈るのみだ。
こんな時間に通りを歩く人間は(自分の他には)居らず、通る車とて無い。
周囲の草叢から、虫の鳴き交わす音が聞こえるばかりだ。]
[その時前方の視界に、道路を横切って走っていく小さな人影が飛び込んできた。]
[ローズマリーは突然積極的になったステラの動きに驚きを覚えたが、自らステラの与える快楽に身を任せた。]
ステラ、いいわ、そこ、もっと!
[ローズマリーはステラの指使いに喜びの叫びをあげた]
[ローズの声が聞こえる。わたしはそっと彼女に隠れて舌舐め擦りをする。]
ここがいいの?ローズ?じゃぁもっと与えてあげる…
[指の関節を器用に曲げて、わたしは刺激を与え続ける。
扉が開き、眩い光が辺りを照らす。絶頂は近い。早く彼女も導かなければ…]
―回想―
[ナサニエルとの「契約」における約束事
1.「契約」に付随する行為の前には、必ず事前にアポイントメントを取ること。
2.「契約」を結んだ当人が、ナサニエル以外の者と性的接触を持つ場面に遭遇しても、ナサニエルは当人の行為には一切干渉しない。
3.ナサニエルが、「契約」を結んだ当人以外の者と性的接触を持つ場面に遭遇しても、その場面におけるナサニエルの行為に一切干渉してはいけない。]
[ユーイン・ドナヒューは、1.以外の項目に対してはたいへんに忠実な人間であった。アポイントメントのタイミングはいつも気紛れであり、時に「今から来て」という電話を寄越してくる人間であったが――ナサニエルが誰と交わろうと、自身が誰と交わろうと、それを心から愉快そうにナサニエルに話すような、そんな奔放な人間であったのだ。]
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