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[乾燥機が止まる所を見計らって席を立つと、丁度窓から空が見える。あの豪雨から、傘があれば出歩ける程度の小雨に変わっていた。
丁度遠くからは陽光の筋のようなものも薄っすらと]
晴れた…のか?珍しい。
いや晴れてくれれば嬉しいけど。
[またいつ降り出すか分からない。今のうちに服を返却しヒューバートの所の模写を取りに行ったほうがいいか]
さて俺の車君、また汚れてもらうよ。
[恐らくこの中で晴れたことを恨んでいるとすれば筆頭は自分の車に間違いない。出かけようとカギを手にすると]
そういえば…と。
[ごそごそと荷物の中から取り出す小さな包み。シンプルに包装されたそれは手のひらサイズ。それを鞄に押し込み、車へと向かう]
[どうやら雑貨店の本来の主人はいなさそうだ。ぱっと見で目に入ってくる家具や調度品の具合で抽象的ながら浮かんでくる。
ネリーはリックのすぐ後ろで受話器を耳にあてたりしているリックを眺めていた。]
ねえ、どうしたのリック?
電話が繋がらないの?また?
――雑貨屋・店内――
[受話器を置き、取り上げてもう一度ダイヤル。でも結果は同じ。本体に戻す時のガチャンという音だけが空しく響いた]
……っ。繋がらないというより。何にも聞こえない。
[短く言ってネリーを振り返った。苛立ちや怒りに似た感情が僕の中で唐突に生まれ、渦巻いていく。別に彼女が悪いわけでも何でもない。理不尽だと、自分でも思った。]
『けど、それを言えばこの状況の方がよっぽど理不尽だ。こんな時に、一緒に暮らしてる母も妹も居ないなんて――』
――――――――――――――――
《ナサニエル・オリバー・メラーズの手記より》
【エリザ・バンクロフト】
197X/XX/XX
彼女との出会いは、誠に奇妙なものであった。
バンクロフト家の工場の前で、出会い頭に――彼女の運転する車に轢かれた。身体は無傷だったが、彼女はひどく困惑した様子だった。
噂に聞く所によると、このヘイヴンで知らぬ者はいないバンクロフト一家のヒューバート氏と、その妻のエリザは必ずしも円満な夫婦関係では無いらしい。……試しに双方の顔を覗き込んでみたが、「ああ、なるほど」というのが私の極めて素直な感想だった。
――これでは「何も起こらない」ではないか、と。
後から聞いた話によると、彼らには1人の娘がいるらしい。名は、シャーロットと言ったか。彼らのような結び付きの極めて薄い者たちが、ひとつの命を為したというのは、極めて奇跡的なことだ。
――こういう時、きっとヘイヴンの外の者は、「神の悪戯」とでも言うのだろう。ひとつ勉強になった。
――いや、重要なことはそこではない。
[腕を回してくるローズマリーの身体をそっと離し、]
少し外を見回ってこようか。
他に困ってる人もいるかも知れないし。
俺、ちょっと出てくるよ。
やっぱり駄目なの? あの時の水害と一緒だわ。困ったわね…でもウェンディは遠くまでは行ってないわきっと、これなら。
[自宅周辺の道路が通行できなくなり、帰るに帰れなかったらどうしよう。とネリーは気を揉む。
リックの感情をよそに。]
――雑貨屋・店内―ー
[パイプ足の丸椅子に座り、受話器を片手にネリーを見つめた。睨んでいた、と形容した方が多分正確だったろう。そんな意識は、僕の中にはまるでなかったのだけれど。彼女に向かって、手の中のそれを差し出す]
確かめてみなよ。どこでも――今ネリーが勤めてる先にでもいいから、掛けてみればわかるさ。
[意味も無く、挑発的な口調でそう言った]
えっ!?
[リックの『父さん』というフレーズに敏感に反応し、ネリーは主人が背後にでも現れたのではないか、と大きなそぶりで後ろを向いた。]
[何度目かこの酷い環境の中走らされる車はさぞ不満を募らせているだろう。それでも主人にそれを伝える術を持たない車は大人しくバンクロフト家へと主人を運ぶ。
いつもの所に車を止め、傘を差して正門へ、そしてチャイムを鳴らす。ヒューバートかシャーロット、どちらかが不在でも構わない。どうしても模写だけは取りに行かないといけない。学校の課題なのだから]
あ、う、え、ええ、そうね。
[明らかにネリーは平静を欠いている。ウェンディや天候、電話回線の供給もあったが極めつけは雑貨屋の主人であろう。少し冷や汗をかきながら電話を取ろうとする。]
[でるというギルバートを引き止めることもできず]
そ、そうね。
気をつけて、ギルバート。
いってらっしゃい。
車は必要かしら?
『嗚呼、私は──、
私はこの町に何を求めているのだろう。』
[父の首筋に顔を埋め、艶の褪せてしまった髪を撫でながらひとしきり物思いに耽っていたソフィーは、窓を叩く雨音が小さくなったのに気付いて、名残惜しげに顔を上げた。]
雨、止むかしら……?
いや、歩いていくよ。その方がかえって安全だろう。
[と階段に片足を掛けたところで振り返り、ニッコリと微笑んだ。
そして、そのまま彼女の思いには微塵も気付いていないように、軽い足取りで階段を上がっていった。]
[ネリーはリックから受話器を受け取ると、リックに背中を見せ、慣れた手つきでダイヤルを回す。
繋がるのなら、ボブがいれば必ず受話器を取る時間、コール音の回数は決まっている。あの音が聞きたい。しかしその期待は裏切られる。
もう一度かける、やはり徒労に終わる。
じりじり。じりじり。湿度が高い。自分の感情か。周囲の天候か。]
――――――――――――――――
重要なのは、彼らの「求めるもの」にある。
夫・ヒューバートの方と話をしてみたところ、彼は「家族を愛している」ことと「愛娘がいかに美しいか」、それから私にはおおよそ理解のできない美術の話ばかりをしていた。彼は娘の話になると、誰に対してもひどく饒舌になるのだが、妻に関してはあまり話をすることは無かった。
むしろ、結婚生活の話になると、彼はそれを「遠い昔の話」と置き換えるという試みを繰り返していた。――ついでだから、彼から私の過去についての記憶をいくつか聞いておいた(そちらについては別頁を参照のこと)。
――――――――――――――――
そして、妻・エリザ。
彼女の求めるものは、極めて特異なものだった。
――「私にとっての天使は、『ネイ』よ。」
後から調べてみた所(主にローズマリーから聞いた話だが)、「ネイ」というのは、私と同い年の少女だったらしい。そして、既に彼女はこの世に亡い、ということも。
ローズマリーから聞いたことを元に、私は私なりに「ネイ」の像を作り上げ、試しにエリザの元に現れた。
――その時のエリザの顔を、私は忘れることができない。懐かしい記憶が蘇ったのか、彼女はまるで少女の頃に戻ったような表情を浮かべていたのだ。
止むのなら、家に帰らないとね──。
まだヒューバートさんに頼まれた衣装を届けていないし、
ステラさんのツーピースも仕上がってないわ……。
第一このままじゃローズさんに迷惑を掛けっぱなし…。
[会話するように父に語りかけながら椅子の背もたれに手を掛けて、なんとか立ち上がったものの、まだ足元は覚束ない。]
一先ず服を着るのが先かしら。
[軽い苦笑を漏らし、ふらつきながら扉に向かう。]
[酒場を後にして、自宅へ車を走らせている。
アーヴァインから告げられ、血相を変えて飛び出した。
ペット、いや家族のみんなは大丈夫なのだろうか。]
DAMN...こんなときに限って…。
[焦るあまりに、道を間違えてしまったようだ。
こっちは、バンクロフト家の方である。]
こっちじゃねぇっての…!?
[Uターンしようと思ったそのとき、雨によって
タイヤがスリップしたようだ。思わず急ブレーキ。
その音は、あたりに聞こえたかもしれない。]
……ぐ、ぐぐ…ぐおぉぉぉぉぉぉ…。
[うめき声をあげる。すんでのところで、転落は避けたものの、
サングラスが外れてしまったようだ。
アルファロメオの中から、うめき声が響く。]
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