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修道女 ステラ に 1人が投票した
酒場の看板娘 ローズマリー に 2人が投票した
旅芸人 ボブ に 2人が投票した
書生 ハーヴェイ に 1人が投票した
牧師 ルーサー に 3人が投票した
美術商 ヒューバート に 1人が投票した
見習いメイド ネリー に 2人が投票した
新米記者 ソフィー に 1人が投票した
牧師 ルーサー は村人の手により処刑された……
今日は犠牲者がいないようだ。人狼は襲撃に失敗したのだろうか?
現在の生存者は、流れ者 ギルバート、修道女 ステラ、酒場の看板娘 ローズマリー、旅芸人 ボブ、冒険家 ナサニエル、書生 ハーヴェイ、美術商 ヒューバート、見習いメイド ネリー、新米記者 ソフィー、見習い看護婦 ニーナ、村長の娘 シャーロット、双子 リックの12名。
[ソフィーは物陰で息を潜めて二人の様子を見ながら、
罪悪感に胸が締め付けられるのを感じた。]
『嗚呼──、如何して私は、
こんな場面にばかり遭遇してしまうのかしら。』
[綺麗なものを、いつまでも綺麗なままだと信じたいだけのに。
たったそれだけの事が侭ならない。]
[二人の女性が意味深に抱き合う姿を見ながら
ソフィーは浅い呼吸を繰り返した。
収縮を繰り返す左胸の器官に急かされたように、
耳元を音を立てて血流が流れて行く。]
『駄目。とにかく一旦此処を離れなければ──。』
[床に杭打たれたかのように張り付いた足を引き剥がし、
物音を立てないよう慎重にその場を離れた。]
[玄関扉の前に立ち、ドアノブを回す。案の定鍵が掛かっている。
男を支えて自力で立たせようとし、]
鍵出してくれ。無いと開けられないだろ。
──車内──
もう、ホントにだめよ──パパ。
[運転席のヒューバートを軽くぽんと叩く。]
あれ、同性愛の印って右だっけ、左だっけ…。
外の学校に通ってたときの先輩に、教えてもらったはずなのに忘れちゃった。
[何かを思い出すように瞬き。そして、ホッとしたように小声で。]
教えてくれた人が言ってたのだけど。
ゲイの人って相手が<男性だからこそ>好き、なんでしょう。相手がどんなに美形でも<女の代償>なんかでは絶対にありえなくって、ソフィア・ローレンのバストより自分と同じ平らな胸板、同じ構造の身体を持っていて、髭がはえることも分かってるからこそ、それがいいんだって、その人は……。
もし、ハーヴがそうだったらどうしようかなって少し思ってしまった。だって、それだと私とは友達以上にはなれないから。
[「教えてくれた相手の事がその学校で最初に好きになった人だったの。」ともっと小さな声で呟いた。]
[2階に戻ったソフィーは、すぐに部屋に戻る事はせず、
物干し場から淡いブルーのワンピースを発見すると、
バスローブを脱ぎ、まだ乾き切らぬそれに袖を通した。
ローズマリーの部屋を覗くと、イアンは穏やかな寝息を立て、
ロッキングチェアーの上で眠っていた。]
ひとまず薬を買いに行こう──…。
[目の当たりにした聖女の痴態から逃げるように、
それが正常な思考でない事にも気付かぬまま、
ソフィーはまろぶように酒場の裏口から外へとよろめき出た。]
―車内―
ええっ! そうなのかっ
[シャーロットの言葉に、思わず運転操作を誤りそうにさえなる。
シャーロットがハーヴェイを気にかけていることも、初恋の相手というのも初耳だった]
誰なんだ。
パパに紹介しなさい。
[つい声が上擦る。
ヘイヴンの町の家々の存在する範囲はそれほど広くはない。ラング牧師の家が町外れとは言っても、さほど時間はかからなかった。
彼の家が目に入る。
(あーあ)
シャーロットを問い詰める間もなく、目的地についていた。]
[シャロのつぶやきは聞いていたのか聞こえていなかったのか、はては聞いていなかったのか。
なのに突然ヒューバートが大声で驚くものだからそちらにこちらも大いに驚く]
な、なんですか先生!驚くなら車止めて驚いてくださいよ!
[急ブレーキで頭をぶつけた身としては少し寿命が縮む思い]
─ナサニエルの家─
[鍵が開いたのを確認し、ドアを開けて家に入る。
雑然とした家の中を見回し、]
……とりあえず、寝かす場所。
何処連れてけばいい?
[と、相変わらずしゃっきりしない男を引っ張って*奥に入って行った。*]
[玄関の鍵を開け、かなり不安定な足取りで家の中へと入る。]
……………すまねぇ。
[殺風景な廊下と階段。キルトとピンク色のレースが掛かった電話。鍵が掛けられた書斎と冷蔵庫の中以外に、この家における生活感らしきものは見当たらない。]
[ソフィーの身体はまだ重く、立っているだけで汗が滲んで来る。
しかしそれにも構わず、懸命に両の足を前へと進め──。]
──着い、た…。
[しっとりと足に絡みつくワンピースの裾を払い除けるように、
視界に映るブランダーの店への道のりを消化した。]
―雑貨屋、地下室―
[ネリーは意図的に身体をかがめ、息を小さくしている。これまで幾度となく受けた仕打ちを少しでも和らげるために、自然に身についたものか。]
[ギルバートに引き摺られるまま、男は階段を指差した。]
………2階。
廊下の奥に寝室あるから、そこ………
[酩酊状態でありながら、彼は書斎の鍵を開けるという選択はせず(単純に、書斎鍵を開けるのが面倒だったからかもしれないが)、2階の寝室――先ほどまでニーナとの「契約」を遂行していた真っ白な部屋へと、男を*案内した*]
―ラング牧師自宅前―
[ラング牧師の自宅には、どこか違和感があった。以前見た時とは異なる点がある。窓の下に火箸が転がっており、窓ガラスは割れていた。
車が近づいた刹那、暗がりから突然無灯火の乗用車が鉄の獣のように躍り出てきた。]
あぶない!
[私は咄嗟にハンドルを切る。対向車のフロントガラスは泥に汚れ−それは不自然に汚されたものだっただろうか−ナンバープレートも目に入らなかった。
荒れた路面にかけたブレーキの制動は著しく問題があり左右に激しくシボレーはブレる。軽く路肩の楡にバンパーをめり込ませ、停車した。]
[普段は軽く開く雑貨屋の扉が、今日はやけに重く感じた。
半ば肩で押し開けるようにして店の中へ進むと]
御免下さい──…。
[人気のない店の奥へと、遠慮がちに声を掛けた。]
すまない!
怪我はないか?
[ブレーキによって充分減速した後の衝突だったためむちうちになるような衝撃はなかったのだが、私は二人を振り返り安否を確かめた]
それにしても運転トラブルの多い日だな。
今日は厄日のようだ……
[一言なりと、対向車に文句を言いたかったがその姿は掻き消えている。路肩に乗り上げたこの車で追いかけるつもりも当然のようになかった。]
[結局、その先輩(演劇部の先輩だった)には失恋したものの、意気投合し、退学した今でも友人として文通を続けている。シャーロットのヘイヴン外での学生生活はまたいずれ。
それよりも、シャーロットには漠然と、将来自分に正式なボーイフレンドが出来る状況や、ロストヴァージンに至る過程が想像出来ない理由に、シャーロットを性的に求めない(あるいは最優先に求めない)相手を──自分は、好きになっているではと言う疑念があったためだ。ハイスクールにてすでに「俺はゲイとして誇りを持ち、マイノリティとして生きるんだ」と宣言していたその先輩はもちろんのこと、否定通りゲイで無かったとしてもハーヴェイもまた違う意味で…と、少しの疑念を。ハーヴェイの過去やユーインとの約束など、シャーロットが知るよしもないのだが。
好きになって良いのかな…。
背中の傷を見てしまった所為か、勘ぐるつもりはなかったが、シャーロットは、慎み深く中性的で美しい貌を持ったハーヴェイに、自分達の知らない過去が大きく横たわっているのではないかと思えた。]
友達よ…パパ。
[大声には慣れているのか、くすくす笑いながらも少し憂いを帯びた声で返した。]
あの──、誰かいませんか?
[入り口で声を掛けてみたが、答える声はない。
勝手に商品を持って行くわけにも行かず、困ったソフィーは店の奥を覗き込もうとカウンターへと近づいた。]
[やっと目的地についたか。ヒューバートの気まぐれな運転はいつ乗ってもひやひやする。恨まれていても自分の車に乗っていた方がまだ安心できる、と思った矢先にまた急ブレーキ。
つんのめり、もう少しで前座席背もたれへまた頭を打ち付ける所だった]
先生…何か俺に恨みでもあるんですか…
[恨めしそうに額の傷を抑えながら顔を上げる。
しかしヒューバートの怪訝な顔を見、そして前方の何か尋常でない様子に顔を顰める]
あれって…ルーサーさんの家…ですよね?
なんであんなことに…
──…え。
…何、今の車。
[ルーサーの診療所から飛び出して来る車があることに、シャーロットはまず驚いた。ひそかに夜中に自転車でルーサーの元へ通う事もあったシャーロットは、この診療所への訪問者が少ない事を知っていたので。
眉根を顰め、左手を口元の添えた瞬間、シャーロットの手首のチェーンが繊細な音を立てた。暴走車が去った後の周囲は異様に静かだった。]
災害後にリックのお店のすぐ傍で暴漢が出たって…マーティンが言ってたわ。ネリーが襲われたらしいって。
[ネリーと言う名前には一瞬微妙な顔をしながらも、]
まさか、この診療所にも…──。
ヘイヴンは……平和な町のはず…なのに……。
ハーヴ。
かわいい愛弟子に恨みなんてある筈ないじゃないか。
君がシャーロットのダンナになるなら、可愛すぎて石膏に塗り固めてしまいたくなるくらいだっていうのに。
厄日だよ。
今日は厄日なんだ!
私はだいたい、本来なら運転は随分と手慣れてるんだぜ?
[と軽口を叩くが、ハーヴェイの表情を過ぎ去った憂患と同様の感情は私も抱いていた。]
様子が変だ……な……
[ラング牧師の住処は奇妙な閑寂の中にある]
[そこは酷い有様だった。
ガムやライター等の小さな商品が周りに撒かれ、床には無造作に脱ぎ捨てたかのような女物の衣服が散らばっていた。]
───…、これは…。
[強盗でも入ったのだろうかと、更に辺りを見回すと、衣服に混じって落ちている一冊の冊子が目に入った。
軽く首を傾げながら、冊子を拾う。
冊子を小脇に抱えて更に店内の様子を調べると、どうやら商品の荒れは店の外まで続いているようだった。]
[ヒューバートの本気っぽい冗談にも今は笑えず]
先生、様子見に行ってみます?
ルーサーさん、中にいるかもしれないし。
[何となく嫌な予感が胸をよぎる。
今ここであの家に行くことが何かとてもまずい気が。
しかし無視するわけにもいかない]
『確かお店の隣は商品倉庫だった筈──。』
[もしかしたら隣に誰かいるかもしれない。
そう思ったソフィーは、冊子をカウンターの上に置き、
倉庫の様子を見る為、一旦店を出た。]
[ネリーが? と一瞬眉を曇らせたが、今気がかりなことは目の前の出来事だった。]
ハーヴ。ロティと一緒に、ラング牧師の自宅の外側になにか異変がないか見ていてくれないか?
私は、中を見てこようと思う。
[ダッシュボードから、二人の目に入らないようにTシャツにくるまれた重みのある“なにか”を取りだし、声をかけた。]
シャロと?危なくないですか?
俺一人で…
[先程の怪しい車、もしかしたら一人残すのは逆に安全ではないのかもしれない]
わかりました。先生もお気をつけて。
シャロ?大丈夫かい?行ける?
[先程の曇った表情が心配で、労るように問いかける]
[外に出たソフィーは、時折壁に手を着いて休憩しながら、
店の裏手にある商品倉庫を目指した。
途中、窓の下に落ちているカードケースを見つけ]
これは、ステラさんの……。
[呟いた途端、酒場で見た光景がフラッシュバックのように脳裏に浮かび、それを振り切るように頭を振ったソフィーは、カードケースを拾う事無く、裏手の倉庫の大きな金属扉の前へとやって来た。]
[軽く触れた手には優しい笑顔を返し、車を降りる。
大学の休みなどの短い間に数回しか訪れたことのないルーサー宅。
診療所をかねた簡素な邸宅は落ち着いた雰囲気を与えていたけれども、今は見るも無残な状態になっている]
酷いな…何のために…。
足元気をつけて。ガラスが飛び散ってる。
一人や二人のじゃこんなことできないよな…
[ネリーは絶望感を全身に抱え、両手を冷たい金属の手錠に持ち上げられ、壁際に座り込んでいた。
幅の広いアイマスクも被せられ、表情はなかなか窺い知れない。
何かの足音が聞こえてきた。扉の音がなる。急速に緊張し、全身がこわばる。]
……!! だ…誰かいるの…!?
誰…!? こ、来ないで…!!
[怯えるネリー。目の見えないネリーは、またリックが戻って来たと思いこみ拒絶の言葉を並べ立て、身体をくねらせる。]
―教会内―
こいつはひどい……
[本来なら聖域と目されるその場所−私は全く信仰を持ち合わせていなかったが−には悪意の籠もった暴力の爪痕が残され、荒れ果てていた。]
[ローファーにじゃりじゃりとしたガラスの感触が当たる。
外にガラスが飛び散っていると言う事は、内側から破壊したのか。よく見れば、すべてのガラスが割られている。確かに1人2人では……。ハーヴェイに頷く。そのとき、]
──パパの声だわ。
行ってみましょう…。
…なんだか酷く不吉な予感がして怖いけれども…。
──教会内部へ──
「…れ…!?…、──…で…!」
[扉越しに、微かに人の声が聞こえた気がした。]
……中に、人がいるのかしら…。
[勝手に開ける事は憚られたが、聞こえた声に只ならぬ雰囲気を感じ取り、躊躇いながらも巨大な金属扉をスライドさせた。]
うわ…なんだ、これ…
[ヒューバートに呼ばれ、駆けつけてみれば内部は外部以上に酷い有様]
先生…これってやはり先程の車の連中でしょうか…。
[一歩踏み出す。ジャリ、と何かの破片を踏む。
その瞬間、胸がドクリと鳴った気がした]
…?
[不可解な鼓動は何だったのだろうか。一瞬背筋を駆け抜けた見に覚えのある寒気は?]
[金属音がなり、扉が開く音が聞こえた。耳がより鋭敏になっているのだ。
ネリーは壁際でまるで視線を彷徨わせかのように座りこんでいる。
白い下着だけを纏った姿、しかも胸を覆う下着はずり下げられ、形のよい乳房が露わになっている。
これは――人の見方によっては絶好の機会ではないのか。
相手は目が見えない。証拠を残さずに遂行できるのであれば、女性に手を出せるまたとない好機ではないのか。
今のネリーはあまりにも子羊すぎるのではないか。]
──診療所・内部──
[室内の通常の様子を3人の中で一番よく知っていたのはシャーロットだろう。ごく簡素な家具と整った医療設備、窓がたたき壊されているのと同様にそれらが破壊されて、用途の分からない紙片がびりびりに裂かれ散乱していた。よく見れば、それは聖書だった。
……教会はまだこれから設立される予定だった。]
…──パパ。
ルーサーさんは。
[金属扉の向こうはどうやら地下へと繋がっているらしい。
ソフィーは地下特有のひやりとした空気に肩を震わせた。]
ブランダーさん?
そこにいるんですか?
[光に慣れた目は地下の暗い景色をすぐには映さなかった。
ただ、そこに人の気配があるのを感じ、再び声を張り上げる。]
……ああ。おそらくは。
[ハーヴェイの言葉に、肯く]
ラング牧師の活動によからぬ感情を持っている連中は少なからずいた。怖れてはいたが、まさかこんなことになるとは……
[シャーロットの言葉に、痛ましげな眼差しを向ける。]
あまり見ない方がいいが……
[たたき壊された祭壇の影から覗いている二本の脚を指さした]
[シャーロットは、ローファーが踏みしめるガラスとは違う感触に、思わず足元を見る。見慣れた色の角材状の金属片、それはルーサーが室内に置いていた十字架だった。キリスト像もなにもないただシンプルな十字、その先端が折れ、床に転がっていたのだ──。]
ブランダーさん!?
[リックでもノーマンでもない…!?
ネリーは顔を上げ、少し大きめの声を発した。]
だ、誰かそこにいるのね…? お、お願い…たすけて…
[返って来た声は何かに怯えたような女性の声だった。
何処かで聞いた事がある気もするが、すぐには思い出せない。]
ブランダーさんじゃないんですか?
勝手に入ってすみません、ソフィーです。
助けてって、どうしたんですか?
[慎重に階段を下りると、目はすぐに暗闇に馴染んだ。]
[祭壇の影によじれたように転がる黒衣の人型。
その胸に──十字架が突き刺さっている。
何度も何度も突き刺して殺したのか、胸は穴だらけで、その穴からまだ血がこぽこぽと小さな音を立て滴っていた。
ルーサーの身体がよじているのは、痛みに耐えようとした結果なのだろう。踏まれ不自然な方向に曲がった右手に何かを掴んでいる。]
そんな…あの人が何をしたっていうんですか!
こんなことをされる理由なんか何もない!
[珍しく声を荒げる。彼が親切に自分に宗教について説いていたことを思い出す。それに別の意図があったにしろ、純粋に自分には知識を与えてくれる恩師のような人だった]
ルーサーさん…あそこ…なんですか?
[落ち着きと取り戻そうと、ヒューバートが指差した方へ振り返る。
─静かに、ナニカが覗いていた]
[どうやら此処へ来たのは女性のようだ。ネリーにとって馴染みのなさそうな声。声の大きさ、発する所から、どのぐらいの間合いかを探りながら答える。]
あの…悪い人に捕まってしまって……
[何故かしどろもどろになるネリー。]
ルーサー…さん?
[見ても見なくても、恐らく一生後悔する瞬間だったろう。
そこに転がるのは血まみれのルーサーの死体。
苦痛の表情が、いかに苦しめて殺されたのかを物語る。
今まで感じなかった血の匂いが一気に襲ってきた]
あ…ぁ…!
[瞬間、脳裏に何かがフラッシュバックした─]
[祭壇の影に身を横たえるラング牧師の体には、凄惨なリンチの後が残されていた。
止めとばかりにその胸には十字架が突き立っている。]
ラング牧師……
[シャーロットの視線を辿ると、彼は右手に何かを握りしめているようだった。]
…ラング牧師、失礼するよ……
[私は、ゆっくりと一本一本の指を解してゆく]
大丈夫だ。ロティ。
[シャーロットを抱き寄せながら、力づける]
あぁ……
[ラング牧師の掌に握られていたのは、滑らかな光を放つロケットだった。]
[圧倒的な血の匂い、親しんだ人物のあり得ない、凄惨な光景…──吐き気と目眩をおぼえる。父親にしがみつきながら、それでもルーサーの遺体から*目を離せずにいる*。]
[壊さないように、また傷をつけないよう叮嚀にロケットを開いた。
そこに封じられていたのは、一人の女性の肖像写真だった。服や格好からはおそらくは中年女性なのだろうとさせられたが、その面は不思議と年齢を感じさせない。
その姿はそこに居た二人の目にも入っただろうか。]
悪い人──?
[矢張り誰かが押し入ったのかと考えながら最後の一段を降り切った時、狭い階段から差し込む細い光に照らし出された、現実離れしたその光景に、ソフィーは我が目を疑った。]
こっ、これは………。
[手枷に繋がれた半裸の女性が、壁際に蹲っている。]
酷い……。
一体誰がこんな事を──?
[すぐに何が行われていたのかを察し、足元に注意しながら駆け寄って顔を見ると、以前酒場で見かけた事のある女性だった。]
[ルーサーの死体。真赤な死体
しかし今この目に見えているのは自分と同じ顔をした死体。
腸を引きずり出され、真赤に染まったユーインの死体]
に…い…さん…!
ソフィー……聞き覚えがあるような、ないような……?
[ネリーは小さく呟き、少し自分の頭の中を整理したが、明確なものは浮かび上がらなかった。アンゼリカで見た事のあるかもしれない人、程度であろうか]
ごめんなさい、誰がそこにいるのかは分からないのですけど…
ここは危険です。私の事は構いませんから、早く……逃げて…
[状況が理解できず、自分の事よりも知らない人の事を優先してしまうのは、ネリー自身の性格によるものだろうか。]
……?
ハーヴェイ、顔色が悪いが大丈夫か?
[なぜ、ユーインのことなのか――彼の死に様を詳しくは知らない私には知る由のないことだった。
ただ、目の前の年若い友人を案じてその名を呼ぶ]
[ガタガタと震え、血の気が引いたような土気色の顔。
目は見開き、冷や汗がとめどなく流れる。
ヒューバートの視線も、彼に抱きつくシャロも
今は何もかもが自分の思考から消えた]
違う…俺じゃ…俺じゃない…
兄さんは…ユーインは…自分で…
[自分の罪を認めない罪人のように、青い唇は必死に何かを紡ぎだす。
アレキサンドライトのピアス、太陽の光もないのに一瞬だけ紅く光った─]
[女性の目は厚手のアイマスクで覆われており、
冷たい金属の手枷がその身体を壁へと繋ぎ止めていた。]
あなた、以前ボブ・ダンソックと一緒に酒場に──。
……あ、待って。
今助けるから、待って下さいね。
[声を掛けながら女性に近寄り、怯えさせぬようそっと片手で剥き出しの肩を抱き起こしながら、視界を覆うアイマスクを外した。]
[肩を抱かれ、少し上を向く形になる。
アイマスクを解かれ、見上げると優しそうな金髪の女性が目に入った。年齢はネリーとほぼ同じ、あるいはやや年上か。]
あ……
[ネリーはお礼も言うのを忘れて、焦点が定まりつつあるソフィーを見上げている。]
[シャーロットを支えながら立ち上がらせると、ハーヴェイに近づいた]
ラング牧師の遺体は安置所に運ぶことになるだろうか……。
この町に土着の人ではなかったが、外との連絡がとれない今、おそらくはそうなるのだろうな。いずれ人を呼んで頼まなければならないだろうが――今はひとまずここを引き払おう。
ロティも君も、随分と顔色が悪い。
[二人を車に促した]
[ヒューバートの呼び掛けも恐らく殆ど聞こえなかっただろう。
呆然とした態でただ体は震えるだけ。
死人のような顔で促されるまま車へと歩む]
──雑貨屋・地下倉庫──
大丈夫、大丈夫だから……。
[何かに怯えるように逃げてと呟いた女性を安心させるように言葉を重ね、露わな乳房を元通り下着に隠してやる。
何か身体を隠す布は無いかと辺りを見回したが、地下倉庫にはそれらしき物は見当たらなかった。]
これを外す鍵はどこかしら──…。
[手枷も外そうとしたが、鍵が見つからない。
何処にあるか知らないか尋ねようと下に向くと、ぼんやりと自分を見上げて来る女性の不安そうな瞳と目が合った。]
[焦点がはっきりしてきた。かなりの美人だ。
無造作になっていた髪を優しくかきわけられ、ネリーは申し訳なさそうに顔が紅くなった。]
あ……ありがとうございます。
[目を背ける事の出来ない光景。
ロケットペンダントがくるりと回転する。
──…裏返る女性の笑顔。]
[シャーロットはヒューバートの提案に、無言で頷いた。]
待っててね、今鍵を探して来るから。
大丈夫よ、周りには誰も居なかったから、人は来ない筈。
[頬を染めて恥らう女性の背を一度力強く撫で、
身体を隠すものと鍵を探しに1階へと上がって行った。]
[力なく座席にもたれかかり、それでもまだ虚ろな目で何かを呟いていたが少し後、静かに目を瞑り死んだように眠りに入った。
バンクロフト邸にて少しだけ覚醒しても、また暫くは昏々と*眠り続けるだろう*]
[倉庫の1階は雑然と物が並んでいた。
その中から薄手のブランケットと金鎚を見つけ地下へと戻る。]
これで何とか……。
[ブランケットで女性の身体を包み、金鎚を手に立ち上がる。
手枷に繋がる鎖の付け根、
少し古くなった金具に金鎚を振り下ろすと──]
『ガキンッ!』
[金具は少し緩んだようだった。
何度か繰り返すと、鈍い音を立てて鎖が根元から外れた。]
ガキッ!
[金属の外れる音が響いた。久しぶりにネリーは自由を取り戻せた。5年前と同じ状況だったが、少しだけ後ろめたいものを感じてしまったのは何故だろうか。]
あ…ありがとうございます。助かりました。
──車内──
[…………あんな事…あり得ない…わ。酷い。
ハーヴェイが眠った後も続く重い沈黙を割って、口唇を震わせていたシャーロットが口を開く。]
ねえ、パパ。
一度、アトリエに戻る前に、レベッカ叔母さんのお店に寄って欲しいの。もしも、リック達に何かあったら…。
──診療所…→雑貨屋──
大丈夫…
ネリー、ネリーよ。ネリー・ウィティア。
知ってるかもしれないけど…ミスター・ダンソックの所にいつもいます。
[少し血行はよくなかったが、気丈を振る舞い、立ち上がる。]
──雑貨屋──
[最初に店内に足を踏み入れたのはシャーロットだった。
…人気が無い。勝手知ったる従兄妹の家をリック達の姿を求めて歩き回る。ニーナの部屋はノックをしても応答は無い。]
──…リック、ウェンディ。
何処かへ遊びにでかけてしまったの?
それともまさか──、
[シャーロットが青ざめ、口唇に片手を当てたその時──。
倉庫の方から、ガキッ!と鋭い大きな音が響いて来た。]
リック、そこに居るの?
[シャーロットは倉庫へ向かう。]
ネリーさんね。
酒場でボブさんと一緒に居る所を見た事があります。
[同意を表すように頷いて]
それじゃあ、行きましょう。
一先ずブランダーさんのお店へ。
[ネリーのペースに合わせ、ゆっくりと地上へと向かった。]
──地下倉庫→雑貨屋──
[生身の女性の肌が最初に視界に入り、意味が分からず硬直した。]
…ソフィさん。
それにネリー!!
[階段の日の当たる場所まであがって来たネリーは見るも無惨な姿をしていた。ソフィの言葉に慌てて駆け寄る。]
一体、何が……。あのリックやウェンディは無事なのかしら。
あっ…シャ……ロティ……
[ネリーはシャーロットの姿を認め、少し困惑した。
彼女は人の、人間の性的な神秘さと言う部分には聡いと言うには程遠いとネリーは思うからだ。
自らの痴態を推測されるのではないか。
きまりの悪い笑顔をシャーロットに向ける。]
シャーロット、どうして此処に──…。
──いえ、今はそんな事より、
ネリーさんに何か着る物をあげたいのだけど……。
[言いながら、後ろをついて来るネリーを支えようと
手を差し伸べる。]
[リック、ウェンディとネリーにとって敏感な単語が連続して飛び出し、ネリーは肩が一瞬震えた。ソフィー、シャーロットには寒いからかと思われただろうか。]
ごめん…分からない…私、お父さん、ノーマンに襲われて、気がついたらここにいて…
[何故かリックを庇ってしまうネリー。ノーマンへは同情の欠片も持ち合わせていなかったので咄嗟にノーマンと言葉をつく。]
―雑貨店―
リックー
ディー
いるかい?
[雑貨店を覗き込んでいた私は、倉庫から出てくる三人の姿に目を丸くさせた。若草色のお下げを揺らしながらソフィーに寄りかかり、なんとか歩みをすすめるその女性は下着姿だった。]
ネリー、君……
その、どうしたんだ。
[今更女性の下着姿に戸惑う年ではないが、あまり正視してよいものではない。ネイビーのブレザーを脱ぐと、肩からかけた。]
>>76
私が来た時、ウェンディはもういなかったわ。電話も通じないのに、雨も降っていたのに飛び出した、と言うことは近くにいるかもしれないけれど…リックは、ごめんなさい、全然分からないの。
[ネリーはシャーロットに語った。]
[明るい場所では、ネリーの露出した素肌に刻まれた傷跡が細い筋のように幾つも赤く浮かび上がっていた。それらは傷口であるにも関わらず、ネリーの肌を上気させてみせる。下着は、剥ぎ取られた後無理矢理着直したのがすぐに見て取れるような具合だった。
何故そこでネリーは笑顔を向けるのか…。シャーロットには不可解だった。慌ててソフィを助け、ネリーを支えるために近付き、ふとネリーの胸元に視線が行く。
(結構おおきいのね…)
一瞬そんなことを考え、ソフィについ今しがた自分達が目撃した出来事を話した。暴漢が心配で雑貨屋を見に来たのだと。]
着るものは…。
ニーナさんの部屋は鍵が閉まっていたのだけど、ウェンディの服がある場所なら多分分かるわ。
[ネリーに、]
…ノーマン?
叔父さん、帰って来てるの?
ヒューバートさん。
その…
どうしたも、こうしたも…ないです…
[男性の目の前では恥ずかしいのか、若干的を得ていない言葉を発してしまう。ネイビーのブレザーをかけられて、少し嬉しくなる。]
──ノーマン叔父さん。
災害以後、ずっと連絡が無くて……。
ネリーを襲うって一体……。
ネリーは、確かつい最近、この近所で暴漢に襲われたって聞いたわ。……まさか、それもノーマン叔父さんだって言うの…?
ノーマン?
……参ったな。
彼もいい年なんだから、落ち着いてくれりゃいいのに。
[髪をかき上げながら、横を向いた。煙草を吸う習慣があったなら、吸いたくなるのはこういう時だっただろう。
リックやウェンディの姿がそのあたりにないものか視線を宙に彷徨わせながら、ソフィーとシャーロットの対処を見守っている。]
[今のネリーはボディラインがくっきり浮かび上がっており、地下でつけられた細かい傷も明るい所ゆえ多少目立つようになっていた。
それを心配してくれるシャーロット。全身を、特に乱れた下着を診られているようでこそばゆい。]
ノーマン!? あ、え、ええ。ええと…
[自業自得とは言え、シャーロットの『ノーマン』とい言葉に過剰に反応してしまう。]
[シャーロットから話を聞くと一歩ふらりとよろめいた。]
なんて事──…。
[ルーサーという人の話は噂には聞いた事があった。
少し胡散臭げな宗教家、といった程度だったが。
それでも、同じ町に住む人が惨殺されたという事実は、
ソフィーの顔を蒼褪めさせるに十分なものだった。]
それで、その暴漢は今もまだ町に……?
[不安げに尋ねる。]
[実際、ノーマンに襲われた回数は数知れない。使えていた年数、頻度を考えれば、0が2つ後ろにつくぐらいはくだらない。
だが本当のそれを知っている人は極めて限られている。本人か、或いはそう、あのフォトアルバムを見たことのある――]
ノーマンは…
あっ…
[そこでネリーは思い出した。カウンター周辺にフォトアルバムがなかったか。
あんなものを誰かに見られては堪らない。あれだけは周囲の人々に見られる前に処分しなければならない。そう思った。]
え……、ノーマンさんが、殺人を?
[少し混乱しているのか、視線をヒューバートへと向けて。]
どういう事、なんでしょう。
何か、詳しい話をご存知ですか?
>>86
暴漢? え、ええ…よく知ってるわね。
あれはノーマンじゃないのよ。うだつのあがらない、明らかにヘイヴンの人じゃない人。安心してシャーロット。
[庇う相手が二転三転し、それが不信感をさらに呼ぶだろうか。]
[しかし、ソフィとシャーロットが支えるネリーの膝は長時間拘束されていた所為か、ガクガクと震え足どりがおぼつかない。
また、ヒューバートのノーマンの行動をさも当然と肯定するような言葉に、シャーロットは表情を硬直させた。
(…嘘じゃないんだ。)ネリーは何か、急に焦り出した様子で不信は止まらなかったのだが。]
…ええ、ソフィさん。
私達の車と入れ違いに、診療所を飛び出して来た車があって…──多分それが…。
[ちょうど階段を登り終える。]
分かったわ。何か服を選んで来ますね、ソフィさん。
ネリーは、一緒に来て自分で着替えたり出来る…のかな……?
[最後の言葉は不信がりながらもかなり心配そうに]
[ソフィーの言葉に、不可解そうな表情を見せた]
いや、私もノーマンが帰ってるなんて話は初耳なんだ。
だが……ラング牧師は……
シャーロットの話した話がほとんどすべてだが、亡くなっていたよ。
[私もソフィーやネリーにルーサーの診療所の有様と遺体発見の状況について語った]
[ネリーはシャーロットのほうを見た。リックやウェンディとほぼ同じ年齢、血も近い者同士。なのにこれほど、特にリックとは持っているものが違うのだろうか。やはり親という存在は大きいのだろうか。]
ソフィーさん、あ、ありがとう…
[ネリーはずっとソフィーに寄りかかりっぱなしの状態で階段を上がりきった。
ヒューバートはいろいろ考えこんでいるように見える。]
[すっかり疲弊しきった面持ちでシャワールームから出てくれば、当然のように着替えを用意していないことを気だるい意識が思いだし]
…。
[大判のバスタオルを纏うと脱ぎ捨てたスカートのポケットから鍵を取り出して自室へ向かう]
[ノーマンのことを思い出す]
彼はどこでなにをしてるのかよくわからない人物だからなあ……
[ネリーから突然、ノーマンと言われても現実感がなかっただろう]
[何故か言動の定まらないネリーを訝しげにちらと見やるが、まだショックで混乱しているのだろうと判断し、それ程の恐怖をネリーに与えた出来事を想像し、痛ましげに眉を寄せた。]
ネリーさん、立てる?
着替え、一人で出来そう?
[心配そうに話しかけながら倉庫の外に出ると、
シャーロットと入れ替わるようにネリーの傍を離れた。]
ラング牧師を襲った暴漢自体は、たぶん彼の教えに反感を持ってた連中だと思うんだが……
なにしろ、町がこんなことになって、人の気持ちが浮ついていても不思議じゃない。ソフィーやネリーも気をつけてくれ。
[不審な車が走り去ったこと、シャーロットの気持ちを暗くさせないために話していなかったが所有の工場に不法侵入や損害のあった養鶏場・農場で盗難があったことも併せて語った]
[誰の心配をしているのか自分でも解らないネリー。少なくとも自分より人が先、ぐらいしか思いつかないのだろうか。
]
あ、はい。大丈夫です立てます…
着替えは…その…疲れたり身体中が痛くて自信ないかも…
[シャーロットとヒューバートの登場に緊張が緩んだのか、ネリーをシャーロットに預けると、激しい眩暈に襲われ2〜3歩よろめいた。]
──…、…あ、はい…。
[注意を促すヒューバートの声が遠い。
無意識に雑貨屋の入り口へと歩き出したソフィーは、数歩も行かぬうちにヒューバートの腕に寄りかかるようにして倒れた。]
[精神的に余裕がなかったので、そう言えばソフィーはどうして雑貨店へ来たのだろう?と今更ながらネリーは思った。
そしてヒューバート。年輪と共に身につけてきたものがある、とネリーは感じるのだった。]
ソフィー!
[触れたソフィーはひどい熱だった。声が僅かに緊張を帯びる。
ともかくも抱き上げると後部座席に運び、ハーヴェイの隣に横たえた]
──ウェンディの部屋──
[「ノーマン」と言う言葉は実感が沸かなかったが、ネリーの言動の矛盾は混乱なのだろうと言う結論にシャーロットも達した。
「座って待ってて」と言ってからクローゼットを開け、適当にネリーが着れそうな衣服を探す。ウェンディはかなり華奢なため、シャーロットでも衣服のサイズがあわないのではと思う。幾つかをひっぱりだし、座っているネリーの傍へ持って行く。
いくわねと言って、頭からゴムウエストのフレアスカートを被せる。身長が違うため、丈がやや短かったがこれは問題が無いだろう。]
ウェンディはあの通りの体型だし、ネリーは胸があるからちょうど合う上着があるかどうか。
[幾つか、上着をネリーの肩に当ててみるものの、やはり合うものが見当たらない。接近したシャーロットは、ふと気が付くとネリーの首や腕にある傷口を撫でていた。]
──…それにしても沢山の傷だわ。
こんな傷、一体……どうやって。
―ウェンディの部屋―
[雑貨屋の商品が陳列されている所に本来のネリーの衣服はあったが、乱暴に引き裂かれており、再び使うには無理があった。
ネリーはシャーロットと共に、ウェンディの部屋に入った。
年頃の子らしく、可愛らしい部屋だ。]
あ、シャ……ロティ、無理に選ばなくていいからね。黙って勝手に人のものを取ってるから。
[ネリーは下着姿のまま、仁王立ちになっていた。シャーロットが服を選ぶためにクローゼットと私の所を行ったりきたり。やがてシャーロットの足が止まった。息がかかりそうな所にシャーロットがいる。]
あ…な、何…?
[本気で私の傷の心配をしてくれるシャーロット。
傷がどんな意味を成しているのか、ああ、彼女はまだ全然知らないのだな、とネリーは思った。
思えば、私がシャーロットと同じぐらいの年だった頃、そういうものへ対する知識は彼女とはそうそう変わっていなかったのだから。]
[思い立って水を堅く絞った布を取って来ると、シャーロットはネリーの肌に沁みないように丁寧に拭いた。]
……………。
でも、そのままの姿で帰ろうとしたら、また襲われちゃうわ。何か合うものを探さなきゃ。
[やや呆れたように。変質者には自分も遭った事があるが、ネリーは無防備過ぎるのでは無いか。]
[変質者に会った回数は数知れない。無防備すぎるのもあるだろうが、何か…彼女自身、もしやすれば「そういう人」を近づけるフェロモンか何かを持っているのかもしれない。]
あ…うん。何かは着ないと駄目よね。
[シャーロットと密着しそうな距離。不意に、ネリーは自分の右手でシャーロットの顎を優しく掴んで軽く持ち上げた。]
ねえ…ロティ?
[どこか、妖しさを持った声だ。]
[ネリーはシャーロットの顎を優しく持ち上げ、驚くシャーロットの意をよそに、口唇が開いている事をいいことに、自分の指を1本、シャーロットの口の中へ滑り込ませた。
中切歯や側切歯の具合を指で確かめている。]
…ねえロティ。人は、間違えると取り返しのつかなくなる時があるの。
人間はね、丈夫だから、簡単な怪我や傷は元に戻るわ。今の私の身体もすぐ治る。きっと。
でも、度が過ぎると駄目なものもある。
あなたは…それを間違っては駄目よ。
[そう言い終えるとネリーは静かにふっと笑い、そっと指を抜き取った。]
[ネリーの指が、シャーロットの口内の粘膜を滑り、何故か歯に触れる。不思議なあやしさを含んだ声色に、何故か肌が粟立った。]
…ん、ネ…リー、いった……、
どうい
[無防備な様子はそのまま、指を抜き去ったネリーを呆然と見つめている。ネリーの指がシャーロットの唾液で濡れていた。]
ネリー、あなた一体……。
[首を横に振る。
今のシャーロットにはまだ分からない。]
[シャーロットの口元とネリーの指に濃密な唾液のラインができる。
じっとり濡れた自分の人差し指、唾液を慈しむように、今度は自らの口に静か入れてくわえ、拭き取った。]
知らないなら知らないほうが幸せだ…ものね。
[顔を背けて服を選ぶシャーロットを後ろから目を細めて見つめている。
ネリーは…ノーマンから受けた仕打ちゆえ、オーラルセックスに極めて深いトラウマを持っているのだった。]
[下方に円弧を描いた透明な唾液のラインに羞恥心を覚えた。]
…あ。
ネリーは、何を。
[何を知ってしまったの。地倉庫に閉じ込められても平気なの──。と、言いかけた言葉は舌に登り切らず止まる。]
……怖いわ。
ううん、それよりも着替えの続きを。
[慈しむように人差し指を口唇で拭うネリーから目を背け、もう一度クローゼットへ向かう。]
[得体の知れない空気を追い払う様に、コットンなら伸びるだろうと、Tシャツをネリーに着せた。
やや豊満なバストを生地の中におさめるのに、まるで手の中で逃げるビーズクッションを弄ぶかのような具合になってしまい、シャーロットは更に赤面した。いくらなんでも、こうも露骨に胸を揉みしだくような真似をしてしまっては。]
──…あ、ごめんなさい。
でも、もうちょっとだから我慢して……。
[なんとかネリー胸を収納し、着せ終えた姿を一歩下がって眺めてやはり呆れた。
ネリーはすでに成人しているにも関わらず、短くティーンエイジャーらしいデザインのフレアスカート(、それも、ゴムウエストだけにややチープで、すぐにひらりと捲れて、太腿やヒップがあらわになってしまいそうな薄い生地。上着はブラのレースが透けそうなほどぴったりと生地が張り付き、上半身のボディラインを強調したTシャツ姿。
──下着姿よりはマシだったが、意図せず随分と扇情的な姿になってしまった。]
やっぱり、ウェンディの服じゃ無理があるみたい。
これじゃ…道歩けないわ…ね。
あ、これ、バスタオル。被っていれば少しはマシかもしれない。
[おそらくこの子はまだ知らない、あるいは慣れていない子。ならば真っ直ぐに伸びて欲しい。穢れを覚えることなく。
逆に「穢してはいけないもの程、穢したくなるのが人情」であり、「私の見てきた道に引きずり込みたい」と感情も全くないでもない。
私って駄目ね…と、少しだけ葛藤するのだった。]
ウェンディが華奢すぎるのがいけないのよ……。
私だって入らない服がいっぱいあるに違いないわ。
ネリーはなんて言うか、大人だし…ほら「セクシー」だから。
[「扇情的」と言う言葉が浮かんであわてて「セクシー」と言い換えたものの。白い素肌に刻まれた薄紅色の傷口を撫でた時、何処かでシャーロットは、傷を含めた──ネリーが無防備でいて、随分といやらしい存在なのではと感じていた。
それについ今の言葉…──。
以前から感じていた明るいはずのネリーに対する違和感と相まって、シャーロットは混乱を感じつつ心の中で眉根を寄せた。]
でも、それが彼女の服の中ではベストチョイスなのよ…多分。
どうしよう…。
ボブさんに迎えに来てもらうか、パパに送ってもらうか。
まさか、その恰好で歩かせるわけにも……。
[*言葉尻を濁す*。]
ウェンディはウェンディのいい所があるから、ほら。
私ってセクシーじゃないわよ。ローズさんのほうがよっぽど…
[ネリーも意図的か無意識的か、少し乾いた笑みを漏らす。
ネリーは元来、黙って素敵な笑顔を振りまいていれば女性的――と言うよりも人間として非常に完成されたものに見えたかもしれない。
だが、身体についている無数の傷跡に、明らかに慣れすぎてしまっている事、ネリー自身に染みついた性的なものが、普段のネリーとはあまりにもかけ離れて見える事は、やはりネリーをそれなり以上知る人にとっては、どうしても垣間見えてしまうものか。]
ちょ、ちょっとこれは…恥ずかしいかな…
誰かに送ってもらったほうがいいかしら?
[腰のくびれや胸の形がはっきりわかる姿。
扇情的になっていて人目を引くのは勿論だったが、ウェンディの服を着ている所をリックやノーマンに見られるのが怖かった。]
[部屋の錠を開けて、紺のゆったりとしたリネンのワンピースに袖を通す。
スクエアネックで七分のラッパ袖、ウエストを共布のリボンで緩く絞ったそれは、寝間着にもなるようなもので。
一息入れようと紅茶でも入れようとしたところで隣の部屋から複数の声がすることに気付いて、いぶかしむ表情を浮かべながら扉を出て隣の部屋の扉を叩く]
…ウェンディー、いるの?
開けるわよ?
[少し時間を開けてから扉のノブを捻る]
─ナサニエルの家─
[入って感じるのは、この家には何となく荒涼とした気配が漂っている、という事だ。
殺風景な廊下にぽつんと置かれた電話の、女性的な色合いの手作りと思しいカバーが、違和感を伴って侘しささえ感じさせる。
空気も何処か埃っぽい感じがするのは気のせいだろうか。]
[指示された通り、階段を上って奥の寝室に男を運び込んだ。]
―ウェンディの部屋―
>>119
は、裸よりはましに違いないわ。ありがとう。
[Tシャツやフレアスカートそのものにはそんな土台はなかったが、全てを組み合わせてネリーが纏うと、それはまるで男を誘っているかのようであった。
本来ウェンディが纏う時とはまた一風趣が異なる。]
!…ニーナ?
[ドアノブが突如開いた。頬を殴られた跡をはじめ、全身の傷は隠しきれてない上にウェンディの衣服。ニーナは何と*思うだろうか*]
─ナサニエルの家・2階寝室─
[寝室もこれまた殺風景な部屋だった。ベッドと少しの家具しか置いていない。
室内に入った時に、彼の鋭い嗅覚は少し生臭い臭気と仄かな汗の匂いを嗅ぎ取ったが、それは口にせず。]
ここでいいんだな?……ほら、座れって。まだ寝るなよ。
[蹌踉く男をベッドに腰掛けさせ、汚れた服を脱がせようとワイシャツのボタンに手を掛けた。]
[ギルバートに運ばれている間、男の脳内には、先ほどとは別のヴィジョンが流れ込んでくる――]
[柔らかな陽射しと、銃弾が飛び交う大地の狭間。
後光を背負ったキリストの像――以前、どこぞの文学研究書で見たことのあるそれ――と、リヴァプールからニューヨークにやってきた男が奇妙な指先を掲げてシュプレヒコールを上げて居る。いや、後光を背負う男と、リヴァプール出身の髭の男の身体は腰から下でひとつに繋がっているのかもしれない。光に包まれて曖昧な形をしているのだから、区別の付けようは無い。]
[黒ずくめの男が、その光の向こう側で、穏やかな笑みをたたえる女に抱かれている。目を閉じ、手を取り合い、静かに眠る男の姿。――そして、黒ずくめの男は、翼の生えた女に導かれ、極彩色の光の渦を形成する。
きらり、きらり、きらり。
――光は三度瞬くと、四方八方へ拡散していった――]
…貴方たち、何をしてるの。
[あきれたようにため息をつくとネリーを見やる。
その視線はひどく険しく、殺気のようなものすら感じられようか。
上から下まで視線が一往復して]
…まったく。
飼い主が飼い主ならペットもペットね。
[未だないくらいはっきりとした嫌悪を口にしてから一度自室へ戻り]
…こっちの方が、その格好よりはましでしょう。
さっさと着替えて、出ていって。
[辛子色のシャツと茶色のロングスカートを手に戻って来ればそれをネリーへと。
流石に投げつけるようなことはしなかったが]
ルー……
[琥珀色の男に促されるまま、ナサニエルはベッドの上に座る。]
う………頭痛ぇ。
気持ちわる………
[服を脱がされることに対してはひどく無抵抗で、ただ意味不明のことをぼそぼそと繰り返している。]
シー……
見えた………ルー………
ん? ルー……何?
[問い返すがまともな返事は返ってこない。俯きがちの目は焦点がまるで合っておらず、どこかのワンダーランドを逍遥していると思しい。
諦めてギルバートは、ブツブツとうわ言じみた意味不明の呟きを繰り返すナサニエルから、手際よく衣服を剥ぎ取っていった。
男は特に抵抗もしない代わりに、自発的に脱衣に協力ということもなく、されるがままに促されれば手を上げたりするという程度。この手のことに慣れていなければ、結構大変な作業だ。
漸くズボンまで脱がせてベッドに転がすと、改めて男をまじまじと見詰めた。]
[車の中、深い眠りから一度だけ目を覚ます。
自分の隣に金色の髪が見えた。あぁ、これは確かソフィーという人だったか。
最後に会ったのは…そう、アンゼリカ。
魂の抜けたような表情のない顔でその寝顔を見下ろす。
そっと頬に触れたのは何か意図があってではなく、本当に無意識]
……
[アンゼリカ、久しぶりに彼女に会ったその場所で行われていたこと。頭の隅に押しやっていたのに未だに消えていなかったローズマリーの声。
この人も、シャロも、誰かの前ではあんな風に鳴くのだろうか…。
頬に触れた指はそのまま唇をなぞる。
自分よりも年上の、何か不思議な香りがした]
…駄目ですよ…体は…大事にしないと…
[あの時の風邪が治っていないのだろう、浅い息を繰り返すソフィーの体は熱かった。
ふとつぶやき、そのままもう一度意識を手放す─*]
何をしてるのって、着が…あっ、ニーナ。
[飼い主も、ペットが指す意味がまるで分からず、悪態をつかれ続けるネリー。]
あっ、こ、これ、誰の…?そんな悪いわ。
ロティ、どうしよう。
[既にウェンディの服を着ていてまるで説得力のない言葉を発するネリー。
困惑しつつ、ニーナの好みそうな露出度の低い服を押さえつけられるように渡される。]
[興味をそそったのは、男の上半身に描かれたタトゥーだった。
ワイシャツを脱がせた時に、左腕に散った赤い薔薇の花びらに気付いたのだが、よく見ればタンクトップの襟ぐりからもちらりと何かの図柄の断片が覗いている。
好奇心にかられ、タンクトップの裾を捲り上げた。]
[ギルバートの唇から、ほう、とか、へえ、というような声が洩れた。
男の胸に広がるは、"Dusty Angel"の文字が躍る白いリボンと薔薇の蔦が絡んだ、脈打つハートマーク。ハートの後ろに広がる放射状の後光は良くある意匠だが、この手のデザインに付き物の十字架は描かれていない。]
[しばらくして、思い出したように捲ったタンクトップを元通りに着せると、シーツを引っ張って男に被せた。
そして、脱がせた衣服を拾い上げて邸内の探索に向かった。]
[あちこち扉を開いて、探し回って見つけた洗濯機に汚れた服を無造作に突っ込む。
ついでに洗面台でレインコートに飛んだ吐瀉物の飛沫を洗い流して絞った。は良いが、これをそのまま着る訳にもいかず、しばし思い悩んだ末、シャワールームのフックに引っ掛けておくことにした。後で帰る時に取りに来れば良いだろう。
ギルバートは男の居る寝室に戻った。]
[男の服を脱がせた時に、所持していたものは全てテーブルにぶちまけておいた。
その中から、メンソールの匂いのする煙草を一本取ると、]
……一本貰うぜ。
[ベッドサイドに引き寄せた椅子に座り、ふかし始めた。]
──ウェンディの部屋──
…良かった、居たのねニーナ。
あの後、ちゃんと戻れてるか少し心配だったの。
[ルーサーの死をはじめ、一連の出来事をニーナにかいつまんで伝えながら、義理の叔父が目の前に居るネリーにこんな仕打ちをしたとはやはりまだ信じ難く、その事をシャーロットはニーナに伝える事が出来なかった。
何故かネリーもノーマンの話をしようとしないようだ。
ニーナの「飼い主」と言う言葉には、意味が分からなかったらしく、不審そうに首を傾けたのみ。]
あ、ネリー。
ニーナの服の方がずっと良いわ。
遠慮せずに着ちゃいましょうよ。
[と言ってまた着せ替えをはじめる。]
[ニーナの長袖の服を着せようとして、今度は手首の内側の擦り傷の酷さにびくりと身をすくませた。
一瞬、もしかしてネリーがノーマンの元を離れた理由に、先刻の地下室への監禁の様な出来事があったのでは──と浮かばなくも無い。けれども、それは目の前のネリーを持ってしても、シャーロットには非現実的な出来事に思えた。手枷、足枷、首輪に口輪。地下室で拘束され、視界の自由も奪われ、言葉で、指先や舌で、道具で──あるいはもっと…。昼夜も分からず非人間的な扱いで嬲られる。そんな世界があるとは思いも及ばず。]
…ホントに痛そうだわ。
電話が通じたら、ボブさんにすぐ迎えに来てもらえるのに。[自分がボブに会うのは少し嫌だなと思いながらも]ダンソックさんの家では、よくしてもらえてるの、ネリー?
[ネリーの着替えを終え、後の事をヒューバートに相談しようと*移動を促そうとして、ニーナの顔色も随分と酷い事に気付く*。]
…ニーナも、まさかノーマン叔父さんに?
そんなわけない…わよ……ね。
──居住部→雑貨屋へ──
[シャーロットがネリーに着替えさせる様子を見ながら]
その服、返してくれなくていいから。
[わずかな苛立ちを含む声。
大きくため息をついて、ボブが自分を送って帰っていったと吐き捨てるように小さく告げると、ネリーを僅かに睨んでいたがシャーロットの呟いた人名だけ耳が音を拾い]
あら、あの人帰ってきてるの?
[今更、と冷めた表情のままシャーロットに同行する。
彼女の傍らを歩けばかなり小さい声で]
…シャーリィお願い、ダンソックの話はしないで。
あの男に近づいてはだめ。
なるべくなら、彼女とも関わってほしくないわ。
[睨むような青い視線を少しだけネリーにむけ]
あー……煙草か。別に構わねぇよ。
[そう呟く男の肌の上には、微かな震え。幻想の世界から寝室に舞い戻って来た意識の表層には、先ほどよりも微妙に感じる涼感。]
……………?
[男はその時、自分の服が剥ぎ取られていることにはじめて気付いた。]
[煙草をふかしながら男の顔を見下ろす。
あの医師に委ねて、薬物を吐かせるなりなんだり適切な処置をした方が良いというのは分かってはいたが、彼はその方法を取る気は毛頭無かった。
彼は彼なりに男の選択を尊重していた。この男が自ら望んでこうしているのは間違いなかったからだ。]
どうもこの煙草は口に合わんな。
ああ。服が汚れてたんでね。脱がした。
……寒いのか? 着替え、持って来ようか?
どっちでもい………
[ぼんやりとした視界の中に、テーブルの上の様子が入る。煙草、メモ用紙、財布、そして3本の鍵。]
なっ………!?
[それまでの緩慢な動きからは予想できないほど早く、ナサニエルはテーブルの上にある鍵に手を伸ばした。]
[テーブルに手を伸ばしたはいいが、酩酊状態であることには変わりはない。ナサニエルは身体を支えていたバランスを崩してしまい、ベッドから勢いよく転がり落ちた。]
…………っ痛…………!
[頭を思いきり床に打ち付けたにもかかわらず、それでもテーブルへと這ってゆく。]
返さなくてもいいだなんて、そんな、悪いわ。
[口から出ている言葉の単語は日常的でも、会話以外の全身からのほうがより強い意思が発されている。ニーナも、シャーロットも。
特にけんもほろろなニーナの声。青い視線、宛ら青い炎。緑のネリーは気圧されそうだ。何もなくてもニーナは機嫌が悪そうな人だったが、今日は輪をかけて酷い。何かあったのだろうか。]
あ、二度手間になっちゃったわね、ごめんねシャーロット。
[ネリーはシャーロットに着替えを手伝ってもらう。酷い疲労がまだまだ残る身体で、両手を伸ばしてTシャツを脱がせてもらう。
シャーロットが自分の身体を気にしているのが分かる。人の気持ちに疎い私でも分かる。シャーロットの指先の器用さを考えれば容易に察することができる。
何を見られているのだろうか。裸よりも違う何かを見られているような気がする。
単に私の髪や肉付き、胸の大きさなのか。
手首に浮かぶ擦り傷をはじめ、無数に散らばる細かい傷なのか。
そう……リックの指す獲物、ニーナの指すペット、という意味なのか。]
[それは反射的にやったことで深い意図は無かったのだが、ナサニエルが転倒したことで、手ではなく鍵の方を掴んでしまった。]
>>137
ダンソックさんはとても素晴らしい方よ。彼の持つ音楽の世界を理解しようとする人が少ないのは、大陸にとってマイナスだわ。
[「あんな男(ノーマン)と比べるまでもないわ」と誰にも聞こえないように続ける。
ニーナの視線がどことなく痛い。]
[必死に手を伸ばすナサニエルを見遣り、]
この鍵がそんなに大事なのか?
[ちゃり、と指で摘んで鍵をぶら下げた。
琥珀色の瞳には、少し面白そうないろが浮かんでいる。唇は笑いと素面の中間で歪んでいた。]
[男はギラギラと見開いた目をギルバートに向けた。]
それは、俺の……………!
[ギルバートがヒラヒラと動かす鍵に手を伸ばした。]
躾 の な っ て な い 犬 は
糞 ほ ど の 価 値 も な い
――――
重々しい叢雲が空を圧する湿原を、父は右手に銃を携え猟犬を引きながら歩みを進める。
それは、成犬になればかなりの体高となるはずのアイリッシュ・ウルフハウンド。しかし、未だ幼犬だった。猟犬は力ない泣き声を漏らしながら徒労にも似た努力で、待ち受けるであろう運命に抗うかのように脚を踏ん張る。しかし、分厚い筋肉とその周りを鎧のようにまといついた脂肪で重々しいほどの威容を誇る父の豪腕に、為す術もなく引きずられていった。
「なにをしている。早くついて来い」
気乗りしない私の足取りは重くなっていたのだろうか。父は私を叱咤する。ふと、通り過ぎた脇の直立した喇叭のような植物が目に入った。食虫植物、サラセニアの長い壺状の葉の中はじっとりと潤い、捕らえた蝿を溶かしていた。
バンクロフトの邸宅が灌木と木立の影に隠れた頃。芦原の開けた場所で、父はウルフハウンドを放り出した。
「よく見ておけ」
猟銃を構えフォアエンドを引く。ショットシェルがチャンバーに送り込まれ、カチリと音を立てる。装填の正確な機械音が張り詰めた空気の中で明瞭に耳に残った。
こちらを見つめる子犬はもはや逃げようとはしていなかった。父の爛々と燃える瞳に射すくめられたかのように。ただその円らな瞳は絶望に黒々と塗りつぶされていた。
大気を振動が震わせると同時に、対峙していた絶望は粉微塵に砕かれた。
「次に同じ事があれば――」と父は言う。「お前が同じことをするんだ」 私はうんざりとしたように首を振り、天を仰いだ。OK、ダッド、となんとか気の入らない返事を返した。
「いいから、よく聞け」 父はほとんど握りつぶすほどの力で私の上腕を掴み、睨みつけた。
「我々は、“獣”を飼い慣らして“家畜”にしなければならない。それができなければ、滅びるしかない。
これは、何よりも重大なことなんだ。
家族を守れ。
妻に文句を言わせるな。
子供を聢り躾けろ。
口で糞をたれる前に、己の義務を果たせ」
父は、「わかったか」と言うように腕を打ち据えた。
Yes、ダッド。
――それが、父の教えだ。
――――
―雑貨店―
[発熱しているソフィーの頭をせめて冷やすことができるものはないものかと、私は雑貨店の中へと足を踏み入れていた。
食料品をクーラーボックスで運搬される際に用いる冷媒が冷凍庫の中で冷えている。私はタオルを一時拝借し、氷嚢の代替とさせてもらうことにした]
これ……は?
[冷媒とタオルの代金を、レジに残しておこうとカウンターに近づいた時だった。一冊の見慣れぬアルバムに目が留まる。それは、商品のように陳列してあるわけではなく、不規則な並びから誰かの忘れ物かと察せられた]
誰のだろう。持ち主の名前はあるかな……
[パラパラとアルバムをめくりかけた手が止まり、双眸は凝固する。そこには予想だにせぬ嬌態に彩られた情景が映し出されていた。戦慄く指先で慌ててページを繰る。下着で発見されたネリーのことといい、写真の内容といい、よく見知っている筈の雑貨店が突然異界に堕ちたかのようで現実感が遠のいていくのを感じていた。
「躾だ」
父の言葉が頭蓋にゥワンゥワンと響動する。
「内なる獣を飼い慣らすんだ」
喉がカラカラに乾いていた。]
ロティ、まだかい?
ソフィーが、熱が出ているみたいなんだ。
早いうちに送り届けた方がいいと思うんだが。
[店の奥に声をかける]
ネリーはどうだい?
一緒に乗っていくかい?
五人までなら大丈夫だから、送ってくぜ。
――酒場 アンゼリカ――
[ローズから施される愛撫にわたしは戸惑いの声を上げるけれど。でも彼女は撫ぜる手を止めようとはしない。
やわらかく押し倒される躰。背中越しに感じる革の感触が吸い付きそう。軋むスプリング。外は雨が上がり、差し込む光に虫達が騒ぎ出す。静かだった。何もかも。]
「穢れているとは思わないわ。少なくともわたしは…」
[ふいに耳許を掠めるローズの甘い声。蜂蜜よりも濃厚にブランデーのように強くわたしを酔わす。嗚呼神様、あなたは意地が悪いお人…。わたしの心を惑わすような誘いを、どうしてこうも容易く振り掛けるのですか…?
今彼女に一つの禁忌を赦されてしまったら…。わたしは更に欲深く求めてしまうではありませんか。
犯した罪も受ける罰も、そして未だ誰にも言えない心の闇を、彼女には全て曝け出し、許しを請いたいと――]
―雑貨店―
[ソフィーの頭に氷嚢をあて再び雑貨店に戻ると、奥の部屋から店の中へとシャーロット、ネリー、そして店に居たのかニーナが顔を覗かせていた]
ニーナ、帰ってたのか。随分静かだったから……
[言いかけ、ボブの名前に過敏にすぎる彼女の反応に目を瞠る]
なにか……あったのか?
えっいいんですか?ヒューバートさん。
お言葉に…甘えてしまおうかな?
[足取りはおぼつかないようにも見えるが、れっきとしたネリー。シャーロットと共に外へ姿を見せ、ヒューバートに促されてシャーロットの後ろをついて行き、ヒューバートの指すほうへ*足を歩み始めた*]
嗚呼ローズ…、わたしはあなたのその言葉だけで、今とても幸せな気分に浸っているわ。世界中の人がわたしの事を嘲笑(わら)ったとしても、わたしにはあなたが居てくれさえいれば、何も怖くはないの…。
[ゆっくりと押し倒されていく躰のまま、わたしは純白の本心を唇に乗せた。今此処に嫉妬も傲慢も色欲もなにも無い。欲に裏付けされた心ではなく、ただ素直に彼女へ抱く紛れも無い真実をあなたに――]
でもね、ローズ…。まだあなたはわたしを知らなさ過ぎるの…。だからさっきの言葉は――
[そう言ってわたしは緩やかに彼女の体を起し、自らもまた上体を起こすと]
これを見て…それでも穢れないと思うのなら。もう一度口付けをして?今度は…あなたから――
[シャツの釦に手を掛け。するりと上体の着衣を乱していく。そして全て剥ぎ取ったその姿を。彼女によく見えるように。
――晒した。]
[ローズマリーはステラの曝した背中の入れ墨に見入った]
ステラ…。
[ローズマリーにはその入れ墨の意味することはわからなかったが、これを入れることでステラが死ぬほどの痛みを味わったのであろうことは容易に想像ができた]
かわいそうに、どうしてこんな…。
[ローズマリーはステラの両肩にそっと両手を乗せ、ステラの入れ墨を丁寧に舐めあげた]
[入墨を晒す事。それは私自身が犯した罪を晒す事を等しかった。せんせいには宗教絡みの罪への罰としか言っていなかったけど。そんな生易しい物なんかでわたしは一生背負って生きていかなければならない罰なんて背負わない。
そう、これは――]
「ステラ…」
[ローズの息詰まった声が聞こえる。わたしはその声には答えずに、彼女の視線をただ黙って受け止めていた。
意味など解らなくてもいい。でも、わたしが思う以上に穢れていることを、罪深き人間である事を、知ってもらいたい。
その上でのあなたからの裏切りなら、わたしは喜んで嚥下しよう。そしてまたわたし自身も裏切りる前提がある事を、あなたにも与えてあげる――]
「かわいそうに、どうしてこんな…」
[同情の声が背筋をなぞる。通り過ぎる実に人間らしき感情に、わたしは身動ぐ。
さぁ、あなたは何に対して同情をしたの?]
[でも答えはすぐ与えられた。柔らかな風が露にした素肌をを掠めた。肩に置かれた手の感触。
――温かい。
そう、思った次の瞬間――]
――んっ…ロー…ズ…?あっ…そんなっ…どう…して…?
[一瞬だけ戸惑う口内の水音。そろそろと落とされた生温かいやわらかい感触が]
[罪の色を舐め盗るかのように滑る。勤勉に。]
[ローズマリーの舌が入れ墨をたどる。上へ下へ。
輪郭を。入れ墨をいれた時のステラの痛みをそぎ取るかのように。
入れ墨をたどりながらローズマリーは涙ぐんでいた。
やがて、ローズマリーはステラを後ろから抱きしめ、耳元に囁いた]
痛かったでしょう、ステラ。
こんな…酷い…。
[文字通り傷を舐めあう行為。愛撫とは違うそれだとは解っていても、躰は震える。気が…触れそうになる。
嗚呼、わたしはなんて罪な羔なんでしょう。救いにすら欲情してしまうなんて――]
[舐め盗る行為が一通り終ると、ローズはわたしの背中をそっと抱き、耳許でそっと囁く。
でもそれはわたしの欲しい言葉では…ない。]
いいえ…わたしが犯した罪に比べれば…これ位の痛み…なんてこと無いの。
――酷い?どうして…?わたしはただ、望んで…――
[と、その時肩に雫が一つ落ちた。あたたかい雨。]
――なっ…やだっ…なんで?何でローズが泣かなければならないのよ?
[後ろを振り向こうとしても、抱きしめられていて振り向けない。泣かせるだけ泣かせて、涙を拭う事もできない自分が。いま凄く憎らしい――]
罪?
こんな罰をうけなければいけないような罪なんてありえないわ。
人を殺したわけでもないのでしょう?
[ローズマリーは涙に濡れた頬をステラの頬によせた]
あなたの肌はこんなにも美しいのに…。
[ローズマリーの後ろからまわした手がステラの乳房をさぐった]
−雑貨店−
[そのまま終始無言で伯父達のやり取りを見ている。
ヒューに何かあったのかと尋ねられればゆるりと視線を彼のほうへと向けてから微かに間が空いて]
…いえ、何も。
すみません、先ほどまでバスルームにいたので。
それだけです。
[何もなかったかのようなふりをして微笑む。
ただ、決してネリーのほうを見ようとはしなかった]
[わたしはローズの言葉に戸惑った。]
「人を殺したわけでもないのに――」
[そして嘘をつく
今までで一番優しくそして残酷な嘘を――]
えぇ…人は…殺して居ないわ。でもっ――…
[続けようとした言葉は、重なり合う頬の柔らかい感触に奪われて]
美しいだなんて…そんな…ローズの方がよっぽど…あっ……
[後ろ手から包まれる胸。その行為はわたしの一番の好みでもあり弱い感触――]
嗚呼…ローズ…だ…め…駄目なの…我慢できないのっ。
お願い…もっと…もっとわたしに…触れて?あなたが知っている快楽を。
わたしにも…教え…て――
[気がつけばわたしは以前男達にそうしてきたように、彼女にもまた感情の昂りへと誘ってくれるように哀願していた。]
―雑貨店―
[ニーナの微笑みに、そうか、と答える。だが、彼女はネリーの方を見ようとはしなかった。
彼女はネリーと仲が悪かったのだろうか?]
タオルと冷媒を1パッケージ、買わせてもらったよ。
代金はレジの脇に置いておいた。勝手に済まないね。
[シャーロットと共に車に歩みを進めたネリーは、少しだけ離れた位置にいる。聞くか聞くまいか一瞬の躊躇があったが、やや声を低めて質問を口にした]
ニーナ。その……アルバムが誰のか知らないか?
あら、別にこれくらいもっていってくださってよかったのに…って、こんなことを言っていたらリックに怒られてしまうかしら。
[小さく肩を竦めながらマネートレイの上の代金を確認してから仕舞う。
そもそも店にはあまり来ない自分がアルバムがどこにあるかなど知る由もなく]
…アルバム?
伯父様、こちらにアルバムを置き忘れていかれたことでも?
[幾分感情の起伏が薄いまま、ぱちぱちと何度か瞬きをして店の中をくるりと見回す]
鍵………は、
[眉をしかめて考える――が、ナサニエルは何も言えずにしばらくその場で立ち尽くしている。
あの部屋にあるのは、たくさんの本、おびただしい数の『記憶』の『兵士』たち――メモ紙。それと、少々の薬物。それ以外には何もない。何もない、が――]
何だっていいだろう……とにかく、返せ。
そういうわけにもいかないよ。
[持っていって――という言葉に微笑みながら言葉を返した]
……そうか。
ニーナのではなかったのか。いや……
[彼女の返答に迷う。ニーナのネリーに対する忌避の感情は、あのアルバムに由来するものではないかと邪推したからだ。
となれば、彼女のネリーへの感情にはまた別の理由があるのだろうか。]
私のアルバムではないんだが、さっきここに置かれていたんだ。
[目線が、レジの影にこっそり立てかけられたアルバムを示す]
中は……人のアルバムはあまり詮索しない方がよいものだろうね。
[自分がつい中身を見てしまったことをさておいて、そのようにつけ加えた]
[ギルバートは鍵を求めて手を伸ばすナサニエルを揶揄う視線で見下ろす]
へえ。アンタの背中、羽根が生えてるのか。
[面白そうに笑った。]
[拾い上げると、それは『ステラのカード入れ』だった]
ニーナ、ありがとう。
リックとディーが戻ったら、よろしく言っておいてくれ。
また来るよ。
[着替えを終えたネリーから返してもらったブレザーのポケットにそれを滑り込ませた]
[鍵を渡すまいというそぶりを見せているギルバートが、自分の背中に刻まれた羽根のタトゥーを見てさらに笑みを大きくした。]
………だから、どうした。
[口から突いて出た言葉とは裏腹に、自分の肩の裏にチラリと視線を向けた。]
……私?
[自分の後方に向けられる視線に僅かにいぶかしみながら]
…ええ、伝えておきます。
[そういえば二人ともどこにいったのだろうと小さく頭の端で考えながら頷いた]
天使の羽根みたいだなと思ってさ。
[ニィと嗤うと、手にした鍵をナサニエルに向かって放り投げた。]
──悪かったな。アンタがあんまり必死なんでつい揶揄いたくなったのさ。
―車内→アンゼリカ―
ネリー、悪いな。
ソフィーが熱が出ているものだから、先にアンゼリカに寄らせてもらっていいか?
[彼女に断りを入れて、アンゼリカへと車を巡らせる。ハーヴェイの両脇にはソフィーとネリー。両手に花だな、と私は笑いかけたが彼は眠ったままのようだ。
やれやれ、と私は思う。みんな満身創痍じゃないか。
理不尽にもルーサーを恨めしく思った頃、アンゼリカについていた。
だが、そこで見たものは、雑貨店で見たもの以上に私にとって*衝撃的なものだった*]
[ギルバートから鍵を投げ返され、男はそれを手で受け止める。鍵が手元に戻った安堵で、男はふと溜息をついた。]
[そして、背中に刻まれた羽根のタトゥーの話に及ぶと、唇を歪めて言葉を放った。]
「天使みたい」じゃなくて、本当に「天使」だ……と言ったら?
……天使?
[おどけてわざとらしく目を丸くして見せる。笑いが止まらないというように]
アンタはどう見たってせいぜい草臥れた堕天使ってところだろ。
………まあな。
[ポケットに鍵を押し込み、煙草を手に取る。火のついていない煙草を口に咥え、さらに言葉を続けた。]
ま、俺は別にキリストやらブッダやらの使い走りじゃねぇし。そういうお偉方の元で働くのは、性に合わねぇしなァ……。そういうんじゃなくて……だ。
[さらに、テーブルの上に置いてあったライターで火を付け…]
っと。ここから先はちぃとばかし込み入った話だ。アンタが心寂しくないなり、俺に興味を持ってないってんなら、この先を話す必要は無いんだが……どうする?
―車内―
はい、ヒューバートさん。
私がお世話になってるんですもの。
[ネリーは促されてヒューバートの自動車に体を滑りこませた。隣ではハーヴェイが、そのまた隣は私を助けてくれたソフィーが静かに息をしている。
それにしてもニーナの執拗とも言える私への視線はなんだったのだろう。]
どういう意味だそれは。
まあ興味はあるさ。でなきゃ拾ってここまで連れて来ないだろ。
で? どんな話だ。
[テーブルの上の灰皿を引き寄せ、煙草をもみ消す。]
……不味いなこれ。自分の持ってくりゃ良かった。
他人の吸っておいて「不味い」はねぇだろ、おい……。
[不快そうにくしゃりと髪を掻き、窓際に寄り掛かる。]
ま、アレだ。あんたの言う「草臥れた堕天使」ってのは、案外言い得て妙かもしれねぇけど。俺は「相手の好きなように抱かれる」という使命を持った「天使」って寸法さ。
満たされない人間の元に現れては、そいつが満たされるように身体を捧げる。そいつの「失った相手」や「手に届かない相手」の変わりになってみせたり、或いは俺の中に「自分の理想」を投影するも好きにすればいいわけだ。そいつの欲求を満たすための「契約」を結んで、俺は相手の好きな通りに抱かれるなり抱くなりするわけだ。
俺が殺されたり身体切り取られたり改造されなけりゃ、何やっても文句も言わねえし、俺は相手が満たされるように「何者にだってなってみせる」。そういうモンだ。
勿論、金は要らねえよ。そこら辺のがめつい売春婦とは違うからな。天使は奉仕作業を常とするわけだ。……ま、金を払いたいってんなら話は別だけどな。
―車内→アンゼリカ―
ネリーはいい娘だなあ。うちにもネリーみたいなかわいくていい娘が手伝いに来てくれてたら助かるんだが、なにしろうちの家政婦ときたら……
[それなりの年数勤めてはいるものの、一向に物覚えのよくない我が家の家政婦を思い出して苦笑いした。
ネリーが離職した時に我が家で雇い入れたかったものの、ノーマンと我が家の縁戚関係を考えると角が立ちそうで遠慮した経緯を思い出す。今の主人がよい主人なら、それにこしたことはないのだが。
そこで、ニーナのボブへの先程の反応を思い出し僅かに表情が曇った。
ソフィーを運び入れやすいように、アンゼリカの玄関側に一時車を停める。その音は通常なら中にも聞こえたことだろう]
ギルは居るかな。
おーい、ローズ……
[ステップを上がり、扉から中を覗き込んだ]
[ステラの懇願にローズマリーは自分の下腹部が暑くなるのを覚えた。
ステラの胸の頂きをそっとつまんだり全体をやわやわ揉みしだいたりとステラに柔らかな刺激を与え続ける]
ステラ…ここじゃ…。
[店を覗き込んだヒューバートには二人の背中が見えただろうか]
そんな、やですよ。
誉められても軽い夕食ぐらいしか出ませんよ。
[ネリーはヒューバートやシャーロットと明るい会話を交わした。
ややもすればアンゼリカが見えてくる。ヒューバートが先に降り、ネリーは車から降りた所でアンゼリカの方を見た。]
それが「天使のお仕事」ってヤツか?
[椅子を引き寄せて座ると、ククク、と愉しそうな嗤い声を上げた。]
……奇遇だな。俺も似たような仕事をしてンのさ。
ただし俺は天使じゃないけどな……。
『なな、なななっ なんだーっ!?』
[ローズに向けかけた声は発せられる間もなく、尻つぼみに消えた。扉の中がチラリと見えた刹那、慌てて扉を閉める。
扉を背にしながら、そのまま中の人物に気づかれないよう、じりじりとカニ歩きで扉を離れようとする]
ふぅん……
ま、世の中には似たようなことを考えるヤツはごまんといるわけだ。
[紫煙を吐き出しながら、喉の奥から搾るような声を上げてわらう、琥珀色の男の目をじぃっと見つめた。]
[きっと怪訝な表情を向けているであろうそこの皆に、苦笑いした。なんと説明したものか。
(おとりこみ中だ)と唇は形作ったかもしれない]
『ステラとローズが……』
[それだけでも充分に衝撃だったが、ステラの体は私の知らぬ紋様で彩られていた。
ステラはあのように刺青を体に彫るような女性だっただろうか。
私は改めて、彼女のことを何も知らないのだと、悟った]
[椅子の背もたれに両手を乗せ、座面を跨ぐようにして座り、ナサニエルの視線を真っ向から受け止める。]
どうしようか……
生憎と俺には特に叶えて欲しい願望はない。「会いたい相手」も居ないじゃないが、アンタじゃそれは役不足だ。
──俺はそれより、アンタ自身が欲しいな。
[琥珀色の瞳の奥に、黄金の光輝が瞬いた。]
[ローズの細くしなやかな指が、わたしの素肌を行き来する。
それは何かを奏でるかのように弾いたり宥めたり。形を変えしかし止まる事無く繰り返される。]
[夢にまで見たローズの手管。嗚呼何度契約の内容に組み込もうかと考えた事だろう。でも出来なかったのは、ナサニエルが幾ら常軌を逸脱していたとしても、この村の人間である事には変わりが無い事が、どうしても引っ掛かったからだった。]
…ぅ……
[時間の流れなど忘れたように眠っていた瞼が開く。
どれだけ時が経ったのかまるで分からないが、先程はソフィーだけだったのに反対隣に誰かいたような様子]
…俺…は……
[青い顔はやや血色を取り戻したか、前の座席にいるシャーロットがこちらを心配そうに見ている]
…大丈夫だよ、ありがとう。
先生は?
[シャロが指差す先はアンゼリカ]
……?
[わたしはいつも恐れていた。ローズへの密かなる思いから全ての破綻が起きることを。一度は捨てた表世界での平穏な日常。しかし運命の悪戯によってわたしは再びこの世界に足を踏み入れる事ができた。だから守り通したかった。胸に咲いた百合の如く芳香(かお)る恋情なんて踏みにじってでも。]
[しかしそれは先の契約時、ナサニエル自身に嗅ぎつけられ。そして今――ローズ本人にも暴かれてしまっていた。
でも良いと思った。何もかも投げ出してしまっても。それ程までにローズの誘惑はわたしを満たしてくれる。
ほら、いまだって…。
わたしの躰は彼女の指先によって溶かされる。]
ここじゃ…なに…?わたしもう…我慢できないの…。
ローズが欲しいの。だから頂戴?あなたの指を。わたしの中に――
[オクターブ高い上擦る声は、嬌態を滲ませる。我慢できなかった。中断される事も…ソフィーが寝ている二階へと移動する無駄な時間も、そして、彼女に聞かれてしまうかもしれない危惧も併せて。
しかしわたしは失念していた。ここは人の外来する酒場。いつ来訪者の訪れがあってもおかしくはない場所ということを]
[隣で眠るソフィーを起こさないように動く。
シャロには彼女を看ていてほしいと頼み、車の外へ。
そこにいたのは翡翠色の髪をした少女─]
ネリー…さん?なんでここに…?
[彼女とは初対面ではないはず。しかし送る視線は、見慣れている者を見るというには違和感のあるものだった]
あ、は、はい。
[と、口の動きだけでヒューバートに答える。ネリーの顔から無機物的なものが覗いたかもしれない。
ネリーは自動車とヒューバートの中間ぐらいのあたりで立っている。]
[ローズマリーはステラの手を取って地下のワインセラーへと導いていく。店内には誰の姿もなくなった]
[セラーの奥に扉があり、ローズマリーはその扉をあけた]
ふぅん………
ま、あんたからは、寂しさも感じなければ、俺に対して「何かの代理になって欲しい」というものもまるで感じねぇからなァ。……そういうモンを持ってる人間の目は、もっと必死だ。縋って来るあの目は、独特の恐ろしさがある。あんたとはまるで違うさ。
[カラカラと笑い声を上げて、男は笑う。]
………で?俺が欲しいって?
勿論、「そういう意味」だよなァ?今さら違うって言うとは思えねぇ。
[ナサニエルの分厚い唇が歪む。]
面白ぇ。
あんたのその申し出、のってやろうじゃねぇか。
ちぃとばかし変則的だが……「契約成立」、だな。
[紫煙を吐き出し、煙草の先を灰皿にぐっと押し当てる。
濃いブルーグリーンの瞳に、金色の光が一筋走った。]
ハーヴェイさん気がついたのねよかった。
私、ずっと雑貨店にいたのだけど、なかなか帰れなくて…
ヒューバートさんがきりのいい所まで送ってくれるって言うからね、つい。
[雑貨店の奥で何をされていたのかは伏せるネリー。]
―酒場―
[周囲をぐるりと一周して戻ってくると、店内には人の気配がない]
あれ……?
[二人はどこへ消えたのだろう。怪訝だったが、ソフィーを抱き上げると二人と鉢合わせしないよう気配を探りながら、二階へと上がってゆく]
[セラーの奥の扉には古いあまり広くない部屋があった。
中はベッドひとつだけで、しばらくぶりに開けたために、よどんだ空気の匂いがした]
[わたしはふいにローズに手を引かれ、着る物で胸元を隠しながら導かれるまま後を付いて行く。
案内された場所は地下。開け放たれた部屋からは湿気を含んだ埃の匂いが漂っている。]
ここは…?
[わたしはひんやりとした空気に身震いをしながら彼女に訊ねる。]
──ローズマリーの部屋──
[開け放たれた窓から弱い陽射しが差し込む。
雨上がりの湿った風を受け、カーテンがひらとはためいた。]
[其処に居る筈のイアンの姿は消え、
主を失った椅子だけが、直前まで人が居た事を示すように、
ゆらりゆらりと静かに揺れていた──。]
先生はソフィーさんを抱えていったわ。
ソフィーさん、ここで暮らしてるのかしら…あの雨の後だものね。帰れなくなっているかもしれないし。
[ネリーはアンゼリカの2階を見上げた。]
―酒場・玄関―
[ソフィーを抱いたままローズの部屋に入る。そこにイアンの姿があると思ったのだが、誰も居なかった。椅子が静かに揺れている]
あれ…… この部屋でいいのか?
[ソフィーをベッドに横たえ、どこかにイアンが居ないか二階をしばし探し求めた]
ここはね、ステラ、昔、アンゼリカおばさまが使っていた隠し部屋なの。
隱していたけれど、おばさまは自分の身体を売っていたのよ。
それに使っていたのがこの部屋なの。
今は誰も使っていないけれど…。
ここで「ダメです、はいさようなら」ってな具合であんたを追い出したら、俺は「天使」の称号を返上しなけりゃいけねぇだろ?……返却場所は天上だかゴミ箱だか、或いは図書館だから知らねぇけど。
[ククッ…とひとつ笑い、ベッドサイドにある小さな棚を親指で示す。]
あそこの棚にはコンドームもローションも入ってる。必要なら好きに使って構わねぇよ。
[おどけたような表情を浮かべる男に近付き、息がかかるほどの至近距離で黄金色の瞳を見つめる。]
[でも、そんなことはどうでもいいと言うように、ローズマリーはステラを引き寄せ、口づけをした]
ステラ、かわいいわ…。
コンドームねえ…俺は生が好きなんだけど。
[息の掛かるほど近付いた顔に、軽く唇を合わせて離す。]
一応ご同業の誼で天使のアンタに忠告しとくと、俺が払うのは金じゃない。ま、払えって言われても金がないんで払えないが。
もっともっと──スゴい、「取り返しのつかないモノ」だ。それでも良いか?
[笑んでいる筈の琥珀の瞳に浮かぶのは、誘惑のいろ。
だがそれは、むしろ血の契約に誘う悪魔の笑みだっただろうか。]
あなたの…おば様が?
[身体を売っていた。その言葉にわたしは僅かに眉を動かす。
今彼女がどういう理由でその事実をわたしに打ち明けたのか。そして何故この場所に連れて来られたのか。
わたしには正しい答えが見つからない――]
―酒場近くの道―
アイツ、誰かに言いはしないだろうか…。
[金という負い目によって、心に枷を付けるのが
彼のいつものやり口であった。
しかし、ニーナは受け取らなかった。
しばらく思案したが、犯されたなんて経験談を
好き好んで人にすることもあるまい。]
あわや、命を落としていたかもしれない直後に、
おバカな子猫ちゃんが舞い込んでくることもあるもんだ。
オウ、これはグッドなラックが舞い込んできたのかな。
[助手席の、愛犬ゴライアスを撫でながらご満悦。]
―酒場・二階→玄関―
妙だな……
[ソフィーを横たえたベッドサイドにダッシュボードに常備してあった小さな薬箱の中の解熱剤を置き、グラスを探すと水を汲み置いた。
少し迷ったが、「イアンを別の場所へ運んだか?:Bert」とローズ宛のメモをカウンターに残し、玄関から出た]
[僅かに混乱を来たしながら、わたしはローズを見つめた。きっと子犬のような縋るような目で見つめていただろう。
そんなわたしに彼女は唇を寄せる。からかうような言葉を乗せて]
可愛いだなんて…そんなことっ――
[やわらかい感触を素直に受けながら、戸惑いを隠せないままわたしは視線を伏せる。]
ヒューバートさんだけ先に行っちゃったけど…どうしようハーヴェイさん。
ソフィーさん軽そうだから任せちゃった。
待ったほうがいいのかな…
[ネリーはハーヴェイのほうを見た。]
「もっとすごいモノ」……ねぇ。
もちろん。言うまでもねぇよ。
俺は金よりかは、もっと観念的なモノを好むタチでね。常日頃から「人間を超越した何か」を追い求めるのが仕事みたいなモンだ。……あんたがそれをいとも簡単にくれるってンなら、むしろ好都合。
[琥珀色が、ゆれる。
男はそれをじぃっと見つめたまま、ギルバートの唇に舌を当て、その表面を湿った感触でなぞった。]
改めて………いや。これで正式に、「契約成立」だな。
いいえ、あなたはかわいいわ。他の誰よりも…
[ローズマリーはステラをベッドに誘いよこたわらせ、その上におおいかぶさろうとした]
―酒場・外―
やあ、ハーヴ。もう起きれるか?
しっかりしろよ、男の子。
[意識が戻っているハーヴェイに声をかける。そして、中の様子を簡単に話した]
誰か、イアンをどこかで見かけたか?
行きたいのなら行けばいいし…
何かあればとにかく叫ぶ人だから、大丈夫じゃないんですか?
[我関せずといわんばかりに突き放すが]
…戻ってきてるし。
[ヒューバートの呼び掛けに、図らずともため息]
[自分のことが満たされたために、
ネリーのことが、脳裏を過る。]
そういえば、帰ってきてるかなあ。
まだ、どこかにいるかもしれないけどなあ…。
まあいい。見かけたら、乗せてってあげよう。
[衝動的に、押し倒してしまったこともあった。
しかし、今の彼の表情は過保護な親のよう。]
とりあえず、酒場でキツケに一杯飲むかな。
[ここから、酒場は近い。走らせる。]
[耳許で囁かれる賛美に近い言葉。でもどう対応して良いか解らず、わたしは乙女のように頬を赤く染める。
男との愛の無い馴れ合いや、同性とのやり取りは過去何度か行ってきた事はあったけれど。これほど優しく愛しむように可愛いといわれた事が無いわたしは、どう対処して良いか戸惑ってばかりで。]
あっ…ローズ…
[そのままベッドへ身を横たえローズの身体を素直に受け止めた。]
イアン? イアンってソフィーさんのお父様の事かしら。
ごめんなさい…ちょっとわからないです…
[ネリーはイアンの事は名前程度しか知らなかった。よもや親子で禁断の関係を作り上げ続けている事はまったくの想定外だ。]
[琥珀の瞳が瞬いた。]
……なるほど。確かに「契約成立」だな。
[舌を閃かせ、今度は自分が相手の唇を柔らかくなぞる。
ナサニエルの腕を掴んで引き寄せた。]
なっ! ハーヴ、ひどい言われようだな。
[とにかく叫ぶ人、という言葉に思わず吹き出した。
その時、酒場前に滑り込んでくるアルファが目に入る]
おや。
お出ましだ。
血には慣れてないんで。
見苦しい所ばかりで恥ずかしいですよ、ホント。
男の子がいくら倒れても可愛くないですしね。
こんな顔に生まれるならなんで俺女の子じゃなかったんだろう。
[苦笑しながらも]
イアン?え〜と…ソフィーさんのお父さん…でしたっけ?
俺が見てる限りここからは誰も出て行ってませんよ?
[酒場前に来ると、先ほど見た車が見える。]
ん、あれあれあれ…奇遇じゃあないの。
[車を停め、にこやかに降りる。]
あれぇ、ダンナぁ。もう聴きに来てくれたの?
[ヒューバートやハーヴェイと話をしていると、遠くから自動車が音を鳴らせてやってきた。ネリーにとって最も馴染みのあるエンジン音だ。]
だっ…旦那様!
やあ、ボブ。
ダンナはやめてくれ。
[そう言って微笑む]
酒場にちょっと人を送りに来たんだ。今はどうやら閉店中みたいだ。
[後ろ手に目に入らないように、店の札をclosedにする]
途中でネリーも見つけたものでさ。
お宅に送る途中だったんだ。ちょうどよかった。
[ネリーの服がボブが最後に見た時とは違い、おそらく見慣れない-なぜならニーナのものだからだ-ものだということは説明の難しいことに思えたが、ともかくもそのように説明した]
[聞き覚えのある、というよりも最も心に染みる声。]
あれ、ネリー!
[どこかで見つければ、と思った矢先のことだったので
非常に驚いてしまった。]
どうしたのさ、ダンナに遊んでもらってたのか?
[ギルバートの琥珀色の瞳から目を逸らさず――否、目を逸らせぬまま、ギルバートの唇の奥に舌を捩じ込む。ギルバートが悪態をつきながら吸っていた、きついメンソールの臭いが残った唾液を自分の舌に絡ませ、その中を貪る。]
[唇の端からは、呼吸と共に、飽和量を超えたが故に零れ落ちる唾液。――それがどちらのものかは、既に分からくなっている。]
………っ……はァ。
[唇を離し、ニヤリと笑う。]
あんたの場合、こんなんだけじゃァ子ども騙しも甚だしいってヤツか?唇だけで満足できるクチにゃ見えねぇ。
さぁ、どうするよ。
……なんてな。答えはひとつに決まってるよなァ?
[ギルバートから身体を離し、ナサニエルの胸板を覆っていたタンクトップを床に脱ぎ捨てた。]
ああ、そうだったの。
[ネリーがここにいる事情と、酒場が閉店だったこと。
この2つのことへの感想を兼ねた発言。]
やあやあ、うちのネリーが世話になってしまって。
[まるで、ネリーが我が娘であるかのような態度を見せる。]
先生!痛いです、ギブ、ギブ!!
[額の傷も忘れているのか、思い切り掻き混ぜられる髪に結構本気で抵抗したが離してもらえず]
ボ…ブさん…犬今日は外にださないで…くださいよ…!
[首根っこ引っつかまれながら途切れ途切れに]
旦那様!
[ボブはいつもと変わらなさそうだ。それがネリーを安心させた。
雑貨屋にいた時間があまりにも長すぎ、時間の感覚を狂わせていたからだ。]
遊んでいてもらったなんてそんな。
[あそ――ばれていたほうが正しいのか。]
ハッハハハハハ、ニィちゃん。
親はね、我が子が家に閉じこもっているよりも、
外の光に当たる方が健全だと思うわけよ。
私が光ダメだから、余計にね。
[ニコニコしながら。]
暗い暗いところに閉じこもっていると、
その子も暗く暗くなっちまうからねえ。
な、ネリー。そう思わない?
[ニヤリと笑って椅子から立ち上がり、ナサニエルに歩み寄る。
向かい合った右手の指を、胸のタトゥーへと彷徨わせる。それはゆっくりと焦らすように膚に描かれた図像の上を動いていく。]
[フ、と唇が綻んだ。]
[知っているのか知っていないのか、ネリーはボブの言葉に『えっええっ!?』と目を丸くした。そして当たり障りのない言葉を紡ぐ。]
あ、は、はい。そうですね。
明るい子は明るい所で育ちますもの。
[突如として右手をナサニエルの後頭部に腕を回し、噛み付くような口接けを唇に幾度も加える。
その間も左手は忙しく立ち働き、器用に自分のシャツのボタンを外していく。]
ネリーはもう帰れるかい?
[呼びかけながら、運転席のドアを開け――]
なにかあったら言ってくれよ。
[“なにか”の内容はボブの与り知らぬことだっただろうが、そう言い残して車に乗り込む]
ボブ、今日は生憎だったが、また唄を聞かせてもらうよ。
[ナサニエルの右の目元が微かに歪み、ブルーグリーンの瞳が半分だけ瞼に隠れた。
胸を這う指先の感触。女達のそれとは明らかに違うざらついた質感を、膚の下に挿れた色素の影響でほんのりと隆起した皮膚の上で受け止める。]
ふぅん……そんなに珍しいか?このタトゥーが……随分とありふれたもののように思っていたんだがなァ。
[ギルバートのシャツの中に指先を滑り込ませようと、ナサニエルは手を伸ばす。]
あいよッ。もちろんもちろん。
[アルファロメオの運転席に、同じように乗り込む。]
ネリー、ダンナどっか行くみたいだけど帰るかい?
[やはり、ダンナと呼んでしまうようだ。]
どうしましょう旦那様、どちらでもいいですわよ。
家も片づけないといけないですし。
[ネリーはおまかせしますわ、と言わんばかりに答えた。]
う……………ッ!
[ギルバートに唇を噛まれた瞬間、その痛みに思わずカッと目を見開く。]
……痛みを与えるのが、……テメェの、やり口か……?案外いい…趣味、してんじゃねぇか……
[指先の動きのせいか、或いは唇に与えられた痛みのせいか、ナサニエルは「はぁ…っ」とひとつ、溜め息をついた。]
先生?もう用事は済んだんですか?
[結局ソフィーを送るだけだったのか、運転席に向かうヒューバートへ視線を向け]
俺は…自分で帰りますね、自宅近いし。
で、もしよかったらお願いがあるんですけど…
あらゴライアスちゃん、こっちにいらっしゃいな。
[ネリーは膝の上にいらっしゃいとでも言うかのように促す。ニーナの服なのに、既に半ば忘れそうになっている。]
[一度顔を離し、ふふん、というように唇を歪めた。
再度顔を近付け、今度は唇の間に舌を差し入れ、口腔内をまさぐるようにかき乱す。
ボタンが外れたところで、頭に回した手を外して肩を揺するようにして脱ぎ、床に落とした。]
[ボブがアクセルを踏むとまたネリーの背中が揺れる。
既に慣れきっていて、指摘するのも飽きたと言うべきなのか、ネリーはそれについてただ苦笑するのみだった。
しかしネリーに少し気になる事が。]
あら…旦那様? 香水か何か買ったんですか?
――町のどこか――
[どこからどう歩いたのか、憶えていない。
我に返った時には僕は豪雨の中、ずぶ濡れになって町のどこかを歩いていた。シャツもズボンも靴下も下着も、雨に打たれ全身がぐっしょりと濡れ、身体にへばりついていた。水を吸った生地が冷たく肌に纏わりつく気持ち悪さに全身を震わせる]
……ここ、どこだよ。
……なんで僕は、こんなところに……。
[滝のように降り注ぐ鈍色の雨水。目の前にレースのカーテンを
引かれたように視界はぼやけていた]
……なんだ、これ。山崩れか……?
――町のどこか――
[眼前には巨人が手押し車をひっくり返したような土と泥の山があった。へし折れた樹木の枝がところどころに突き出ている。足元を見つめてようやく、自分が今いるのは町の中心部へ向かう道路だったのだと確認した]
……ああ。ここ、町役場に続く道なのか。これじゃあ……
[戻れる場所はなくなっていた。
記憶がしだいに戻ってくる。
映像と音が僕の脳裏に甦ってくる。
艶かしい肌と肉の動き、嘲笑う声と哀願する声、肌から直に伝わってきた柔らかさと温もり。そうだ、あれから僕はずっと一人で、この雨の中を歩いて――]
――崩落した道――
[――そこまで思い出して僕は鈍い痛みに気づく。知らないうちに頬の内側をぎっと噛み締めていた。犬歯に破られた粘膜から血が零れ、唇の端からたらりと流れていく]
『……温かい』
[血の温度。身体の温度。顎へと伝っていくその熱はけれど、降りしきる雨に吸い取られてすぐに消えていった]
自宅近いですからここから歩いて帰ります。
結構先生の所お邪魔してたから、家も少し片付けないと。
先生の家に課題の模写おきっ放しなんで、またすぐお伺いしますけど。
で、この災害なんで…図々しく無理を承知でお願いしたいんですけど、2〜3日先生のとこにお邪魔させてもらっていいですか?
俺の家電気は通ってるんですけどやっぱり電話が駄目みたいで。
一人だと何かと怖いんですよね、こういう時。
――崩落した道――
[舌で口の内側と流れ出た血を舐め取る。鉄錆の味に混じって、どこか甘いような浮き立つような奇妙な感覚が僕の中に沸き起こってきた]
『……変な、味。血なのに。
自分で自分の身体から流させた血でしかないのに』
[ぼんやり考えながら崩れた山に近づいていくと、泥土に埋まった車が眼に入った。大破したフロントガラス、力なく項垂れた運転席の死者。彼の頭部は割れており、中には血と泥の色が入り混じっている様子が見えた]
無理もなにも、遠慮しないでくれ。
泊まってくれると、私もありがたいんだ。
娘一人だと、私が留守の時に心配だし。
[とは言っても、ハーヴは暴漢避けにはならなそうだなあとこっそり思ったのは顔には出さなかったが。]
いいから、乗った乗った。
うちに泊まるなら、着替えとか画材とか荷物もあるだろう?
車で運んだ方が早い。
ん……ああ…気のせいじゃあないの?
[あのときだ。あのとき以外、ネリーの知らない匂いが
移ることは考えられない。少々困った顔をして、
適当にはぐらかそうととした。]
ところでさ、今日はどこに行ってたの?
過保護な親みたいな質問で悪いけどさあ。
[何とかして話題を変えようとする。冷汗。]
――崩落した道――
……運、悪かったね。
[犠牲者にはもちろん見覚えはあった。たしかまだ独身で、犬を何匹か飼っている牧畜を営む男だった。けれど、それ以上の事は何も思考の上にはのぼってこなかった]
そ、か。
……じゃあ、戻るしか、ないのか。
[覗き込んでいた車を離れ、僕はピックアップの轍を辿ってもと来た道へ踵を返す。足元で、ガラスの破片がぱき、と割れた。雨音に紛れてその音は聞こえなかった。たった今目にした死体の様子が、僕に何の感慨ももたらさなかったのと同じように]
うーん…旦那様が気のせいと言うのなら、気のせいかしら…
[よもやここで情事が行われていた事は全く浮かばないネリー。
それよりも続けられた言葉に焦りの色が浮かんだ。主人同様、何とかして話題を変えようとするネリー。]
今日ですか?ウェンディが気になってちょっと見てきたんですけど…
リック達はいたんですけれどね。
[いざという時の為にノーマンという言葉を出すため、わざわざ『達』をつける。]
いいんですか?そんなにあっさり了解して。
俺いたらシャロ襲うかもしれませんよ?
[冗談まじりに]
ですけど…すみません、本当にご迷惑ばかり…。
ではお言葉に甘えて。画材は油絵具だけだからいいんですけど着替えがほしいんで少しだけ。
[主に下着類…とはいえなかったが恩師の優しい言葉に
──父親とはこういうものなのだろうか──
と暖かい感情がにじみ出てくる。
返事を返した顔はそれこそ母性本能を擽る様な、柔らかい笑顔だった]
ああ、ウェンディちゃんねえ。生きてた?
あの若造、いつか大切な人殺しちまうよ。
前の雇い主さんとこの、悪口言うの良くないだろうけどさ。
ろくでもねえよ。本当に。
[ウェンディの不安を煽るようなことを、
自分で言っておきながらリックへの批判を
軽い口調でネリーに語る。]
―――――ドクン。
[突如として与えられた痛みのせいか、口の中を探索するように撫で回すギルバートの舌の感触のせいか、或いは、唇に広がる己の血の臭いのせいか――ナサニエルは徐々に感覚が鋭敏になってゆくのを感じていた。己の器官や粘膜の感覚――視覚、嗅覚、触覚、味覚、聴覚――ありとあらゆる感覚が、ギルバートの舌、膚、仕草によって研ぎ澄まされてゆく。
先ほどまでの虚ろな表情を忘れ去ったかのように、ナサニエルは目を細めて全身の感覚を確かめる。]
ああ……すげぇや……
なんか……やばいモンが見える……
[いつもの「契約」相手との性行為とは明らかに異なる、脳裏に貼りついた極彩色のヴィジョン。ギルバートが脱いだシャツが落ちると、その微かな空気の流れが、ナサニエルの鼓膜をビリビリと刺激する。]
あ……い…い、ギ……ルバー…ト……
[かつて彼が接触した膚よりも、或いは身体に流し込んだクスリよりも鮮やかな――極上のトリップ。性的昂奮も、五感も、何もかも失わない麻薬の味――
その「極上の痺れ」を全身でするかのように、ナサニエルの性器は硬く、タイトフィットのズボンを突き破らんとする勢いで勃起している――*]
──車内──
[車内にひとり残ったシャーロットは待つ間、気になって車内に持ち込んでいた母の手帳をなにげなく開いた。そこには工場の記録や日々のスケジュールが記載されているのだろうとシャーロットは考えていた。
──今、開けたそのページに書かれていた内容は…]
[ネリーは膝のスカートを両手で強く握った。
ボブの言うことは正論である。もし水害がなければ、官公署へそのまま行けば事態は変わるかもしれない。だがそれが出来ないのがネリーの弱さだった。]
彼女は――わかりませんでした。行方不明になってるかもしれません。
彼も――いちど見ましたけど彼女を追って出ていきました。
────────────────────────
『死体ごっこ』で遊んだ短い時間、そう言えばミッシェルは熱を出し寝込んでいた。姉妹は全員性格も違っていたが三人平等に仲が良かった。子ども時代の思い出はレベッカのものの方が多いのが不思議だ。
ミッシェルは──不幸な事故で夭折してしまったけれど、事故の直前の彼女の相談が忘れられない。
「うちの子ども達──おかしいのかもしれない。」
「私の思い違いだと信じたい。けれど。けれど。」
「ニーナと………──嗚呼、あの二人は血の繋がった兄妹なのにどうして。」
両手を顔覆ったミッシェルの姿。
ミッシェルもあまり泣かないコだったのに。
────────────────────────
―酒場→ハヴ自宅―
そんな甲斐性、あったのかい?
[と笑う。ハーヴェイが乗り込むのに安心した笑顔で車を発車させた。
年若い友人の彼は、私にとって家族に近いものだっただろう。
ハーヴェイの自宅にはすぐに辿り着いた]
[ネリーの本心は、地下室で嬲られるのも大部分では望んではいない。
だが、あると言うのなら、それがネリーの弱さなのだろう。]
――道――
[戻る道を進むにつれて僕の身体から体温が奪われ、足取りが重くなっていく。それは単に肉体的な疲労というよりも――]
『これから戻って、いったいどうするんだ、僕は?
父さんは居ない。
母さんは死んだ。
ウェンディも行方不明だ。そして――』
[――ネリーにあんな事をしてしまった。後悔と罪悪感とが心の中で荒れ狂う渦を巻いていた。この数日来、空を覆いつくしていた嵐雲のように激しく何もかもバラバラにしてしまうような、全てを吹き飛ばしてしまうような力を持った、それは]
――道――
[――そう。それは精神的な疲労なんかじゃなかった]
……後悔は、してる。
……罪悪感も、ある。
[僕はふと足を止めて、呟く。
シャワーを浴びたみたいに濡れそぼった頭髪から、眉や顎を伝ってぽたぽたと滴が落ちる。けれど、その感触も無視した。
僕の中にあるのは、嵐にも似たなにか。それ以外の全てを無視させてしまうような力の源]
――道――
……それは、
[目を閉じて、見開いた。紗の幕がかかったような景色は変わらなかったけれど、それを捉える精神は変わっていた。認識が実感になり、おぼろげだった記憶が輪郭の鮮明さを取り戻す]
欲望を満たせなかったことへの。
『……後悔で、罪悪感だ』
────────────────────────
──…近親相姦。
私はバートとロティが何時かそうなってしまうのでは、と妄想にも似た恐怖を抱いている。そして、愛する家族のどちらからも、私が完全に必要とされなくなる日が来るのでは無いかと。
子どもはやがて自立し、母親を必要としなくなり、親元から去って行くもの。だから、ロティが将来健全な形で私から離れて行くのはむしろ好ましいのだ──けれどバートは。
ああ、私はやっぱり、バートの二つの事が許せない。
勿論、先に夫とのセックスを避ける様になったのは私だ。
でも、許せない。
いいえ、私自身が許せないのかもしれない。
だから、『ネイ』との遊びは麻薬のような現実逃避なのだろう。
────────────────────────
病気で伏せっているというならともかく、
行方不明なんて……あの若造なにやってんだい。
[その響きは、心配というよりもどこか
残念だという意味合いを含んでいるよう。]
私ならね。ネリーに何かあったら、
自分の身を犠牲にしても救い出したいね。
もしも。もしもだよ?ネリーに危害くわえるような
ヤツがいたら、私はそいつを殺してやる。
お手伝いさんに対して、思う感情じゃあないよね。
[苦笑する。]
悪かったよ、前に押し倒しちゃったことがあったろ。
もうしない。もうネリーには、そういうことしない。
俺のさりげない男性アピールを甲斐性なんかで流さないでくださいよね。
ていうか愛娘と同じ屋根の下に安心して放り込める俺って一体先生から見て何なんでしょう。
[苦笑いしながら肩をすくめ。しかしそれは決して嫌な物言いではなかった。まもなく車が自宅につくと]
っと。それじゃ俺荷物持ってくるんで少しまってて下さい。
[荷物といってもほんの少し、適当に衣類をまとめ、車に戻る]
──車内(停車中の回想)──
……嘘。
なにこれ……ニーナが兄妹で近親相姦?
私とパパがいつかそうなるって…馬鹿な。
『ネイ』ってだあれ?
[書かれた内容はまったく意味が分からなかった。一瞬、他人の日記で自分の母親は死んでおらす、山崩れで分断された向う側で足止めをくっているだけなのではとさえ考えた。
けれどもこの筆跡は明らかにエリザのものだ。
それにバートやロティと言った名前の人間は他にヘイヴンにはいない。
震える手で続きを読もうとした時──。
ボブのアルファロメオが酒場に近付いて来る事に気付き、手を止めた。]
そんな…確かにいきなり押し倒されたこともありましたけど…
別に…そんな。怒ってないです。どうしてかは解らないのですけど。あ、お金を多くいただいたからではないですよ、本当に。
[ネリーはボブに少し諭すように答える。
ネリー自身にとって、ボブが矢張り自分の身を心配してくれる事が嬉しい。
私は自分を犠牲にしてでも誰かを救う事ができるのか、或いはそのような人はできるのか。 そう思うと如何に自分がちっぽけで、自分が弱い土台の上に成り立っているのか、と思った。]
――途上――
[僕は歩きながら、地下室の光景を幻視する。まるで降りしきる雨をスクリーンにするみたいに、ただ前を見つめながら。僕自身が映写機となって、脳裏に結んだ映像を視線の先に投影しているようなイメージ。そこに映っているのは――地下室]
……そこには僕がいた。
……そこにはネリーがいた。
彼女はそれまでの彼女じゃなく、
僕もそれまでの僕じゃなかった。
何かが変わった訳じゃない。
ただ隠れていたものが出てきただけだ――そう、欲望が。
[欲望の光景を鈍色の映写幕は映し出す。
手錠を嵌められた女と冷ややかに見つめる少年の姿]
[壁から下がる鎖と手枷に戒められた女は半裸。白い下着だけを許され、だがそれも彼女が隠したいと望む場所を隠すべくもない。豊かな緑の髪を顔に垂らして絶望と悲哀の表情で俯いていた]
……でも、ネリーはそれを望んでたんだろ?
……心の奥では。どれだけ押し込めていたとしても。
[僕は映像の中の彼女にそう呟く。
簡単な算数の計算式を言い聞かせるように]
―車内―
「愛娘と同じ屋根の下に安心して」ってそんなに自信がないのかい? 君自身の自制心に。
ハーヴは少なくともいきなり相手を押し倒したりするようなタイプには見えないさ。
いくら、うちの娘が魅力的だと言ってもね。
[そんな冗談交じりの会話をしながらも、私は先程からシャーロットの様子が気になっていた]
ロティ、なにかあったのか?
さっきから上の空なんだが。
[それは、彼女以外の皆が降りていた酒場からだっただろうか]
[ニーナはボブにもニーナにも近付くなと言った。]
[先刻の雑貨屋の廊下で、ニーナの言葉>>138に、車内でボブに脅されたり殴られそうになったのではと、一瞬固まった事を思い出す。過去にシャーロットがスクールバスで運転手にされた事。ニーナを見ても、パッと見える場所に怪我は無いようにみえた。
ニーナの小声はネリーには聞こえなかっただろう。ネリーは「ダンソックさんはとても素晴らしい方よ。」と言っていた。
ニーナにそれ以上を聞けなかったのは、ヒューバートがソフィの容態の話をはじめた所為だろう。透き通るように白く妖精のようなソフィ。]
そのことの証明は簡単だ。
ねえ、ネリー?
[映像の中で、まだ乾いた服を着たままの僕がネリーに触れる。憐みを請うような緑の視線が僕の方に向けられ、けれど、それは僕の指先が触れると同時に黒革のアイマスクに遮られて閉ざされた。目隠しに覆われた彼女の瞼の上を、愛撫するように何度も僕はなぞり続けた]
ネリーが結婚するとか、そういうことがあったら、
泣くんだろうなあ。私、身よりないからさ。
……娘みたいなもんだと思ってるんだよ。
娘を押し倒す親が、どこにいるんだよ。
[母親が亡くなって、わかっている血を分けた
人間はもういなくなってしまった。
結婚も、機会に恵まれなかった。]
ネリーのハピネスは、私のハピネス。
苦しみも、私の苦しみも同じことだよ。
何かあったら、言えることは私に言ってくれると
それは、私のハピネスになるから。
これからもよろしくね。
[ボブは時折暴力を振るったりするのかもしれないと思った。
シャーロットが犬に噛まれたのも、犬に何か怯えの要素があったからではないだろうか。
バンクロフト家ではあり得なかったけれど、使用人に手を付ける主人も居ると聞いた事が無い訳でもない。ボブがニーナを強姦したのでないのだとしても、ネリーにはそう言った行為があるのかもしれない。
シャーロットが以前からネリーに苛立ちを感じる理由に、そう言えば、ネリーが殴られたり襲われたりと言った事があっても、それを受け入れてしまいそうなところがあるから、と言うものがあるような気がした。勿論、口や態度で抵抗はするかもしれないが、最終的には許容していると言うのか…。]
…そんなの受け入れていいわけないじゃない。
馬鹿じゃないの……。
そんなのネリーだって不潔だわ…。
[ネリーの柔らかで大きなバスト。無数の擦り傷。口にさし込まれたネリーの指の感触。ネリーのあやしげな声色。
シャーロットは首を横に振った。]
──車内(現在)──
[ボブの出現で読む事を断念した母親の日記。ハーヴェイとヒューバートが車内に戻って来る直前に日記を隠した。ネリーとボブの事、日記の内容──、ぶっきらぼうだが優しいニーナの顔。(並ぶとシャーロットと面差しが何処か似ている)
それに何時か、自分とヒューバートが……。
様々な事が渦巻きすぎて、頭痛を覚えた。
常のシャーロットらしくない態度で、ハーヴェイとヒューバートの会話には上の空で相づちを打っていた。]
[ネリーのクラスメイトは早い人は既に結婚をぽつぽつとはじめている。けれどネリー自身にはまだまだ遠い先のように思われた。]
そんな、旦那様、今更な事はおっしゃらないで。
旦那様は光が見えないかもしれません。けれど光を感じることができる、その事が素晴らしいんじゃないですか。
私、どれだけハピネスになれるか…解りません。
けれどハピネスになるのは私だけではないですよ、ほら。旦那様も。
[アルファロメオの中でなければ飛びついているのは間違いなかった。]
──車内・自宅近く──
[ヒューバートに声を掛けられてハッとしたように]
ううん、何でも無いの。
色んな事がありすぎて…疲れちゃったみたい。
犬の噛み傷は──たぶん、熱も無いし大丈夫だと思うんだけど…。でもまだ、潜伏期間すぎてないから用心しなきゃね。
ネリー…嬉しいこと言ってくれるじゃあない。
[ネリーに、ニコっと笑いかけて見せた。
その笑顔は、ニーナに向けられたものとは
性質がまったく異なっていた。
ニーナを使って、ハピネスを感じていたときとは。]
そうだなあ…まず、帰ったら何か食べようか。
ちょっと疲れちゃうことがあったからさあ。
悪いけど、何か作ってくれないかな?
そして、一緒に食べよう。
ネリーの料理で、ハピネス感じようじゃあないか。
[アルファロメオのアクセルを踏む彼は、
非常に嬉しそうな*表情をしていた。*]
そうですね旦那様、じゃあ、今日は腕によりをかけて素敵なディナーにしましょう。
今日は素敵な日。毎日素敵な日。それはなんてハッピーな事なんでしょう。
[ネリーはボブのいろいろな種類の笑みを知っていたが、今浮かべている笑みこそが、ネリーを幸せにさせる笑顔に違いなかった。
それは今はグラスで目を隠していても言うまでもない事であり、今は水害に見舞われていてもきっと未来は楽しいものなのだ、と思った。]
―アトリエ―
[トランクからハーヴェイの荷物を取りだし、鞄の一つを肩に担ぐ。
疲れた、というシャーロットに肯いた。]
今日は色んなことがあったからね。
疲れているなら、早めに休みなさい。
ああ、怪我のことだが……
[ブレザーのポケットから、幾つかの薬瓶を取り出す]
牧師のところから抗生剤を持ってきている。
あとで処置しよう。
[抗生剤の処置と言う言葉に頷いてから、ハーヴェイに、]
…ハーヴ。
なんだか何もかもが非現実的すぎて。
[首を傾ける。]
ねえ、ハーヴ。
ニーナの事どう思う?
ニーナ?
さぁ。俺彼女とそう親しいわけでもないし。
少し気が強いだけで普通の子じゃないか?
[親族であるシャロが何故ニーナについて意見を聞いてくるか、特に接点のない自分には不思議だったがとりあえず返答を返す]
―自宅―
[ネリーは自宅へ戻り、ニーナからもらった服を着替え、シャワーを浴びようと思った。あの時以来、いい汗は流していなかった。ネリーはボブに伝えるとシャワールームに入り、コックを捻った。]
―アトリエ―
[アトリエに入ると、話をする二人から少し離れて家庭用の医療辞書をめくりながら持ってきた抗生剤の種類と投与方法を確認した。
シャーロットに投与を済ませると、やっと一大事を解決した安らぎが訪れた。
言われてみれば確かに、色んなことがあった日だった。私自身も様々な出来事を前に心に重い倦怠がまとわりついているのを感じる。
ひどく、酒が呑みたくなった]
ハーヴ、君はもう呑めるよな。
できたらつきあってくれよ。
なにがいい?
[リビング脇の小型のバーカウンターにある冷蔵庫を覗き込む]
そうよね、ニーナはニーナ。
ヘンな事聞いてごめんなさい。
──非現実は。
……何もかもよ。
地下倉庫にネリーが閉じ込められていた事も、ルーサーさんやママの死も、山崩れも、……何もかも。
何時ものように遠慮なく客室を使ってね、ハーヴ。
ロティはあまり強くないものなら……っと、傷にさわりそうだな。
[シャーロットには、彼女のマグカップにミルクティを注いだ]
[ネリーが?
彼女のことについては預かり知らなかったことだが、よもやそんなことが]
…大丈夫だよ。
少なくともこの家の今は現実。
君の一番大事な場所はちゃんと現実どおりだよ。
[不安と疲れが入り混じった表情をするシャーロットの頬に触れ]
俺は何もできないけど…そばにいてあげることならできるから。
君のお父さんじゃないけど、頼ってくれてもいいよ。
[勿論ヒューバートには見えない角度…いや、見えていてもかまわない。額に優しいキスを落とすと、そのまま荷物を部屋へ入れに行く。
リビングに戻り、ヒューバートの自棄酒にこれからどれだけ飲まされるか分からないが、とりあえず死んでも良い様、付いたばかりの部屋で身辺整理をしなければならないのは勘弁だったが]
え〜っと…俺はビールくらいでいいですよ。
あんまり飲めないし。
──アトリエ──
[抗生剤の投与を受けるシャーロットの頬は赤く、態度はいつもより少しだけ、ぎこちなかったかもしれない。
日記の続きが気になる──と思いながらも、同時に読みたく無い、これ以上何か現実が変質してしまうのが怖い──と言う相反する気持ちもあり、その場を立ち去り難く、頬笑んでお気に入りのマグを受けとった。]
パパったら、怪我が無くてもお酒なんてママがなんていうか──。
[いや、母親は事故で死んだのだ。
目を伏せて言葉を止め、ソファに並んで座った父親に一瞬だけそっと首をもたせかけた。]
[シャーロットが客室の扉を開けた時に、ハーヴェイが額にキスをしてくれた。それは別の意味──で、シャーロットには夢のように感じられた。荷物を入れるため、部屋へ入って行くハーヴェイの腕を軽く引いて、頬にキスを返したのだった。]
──ありがとう、ハーヴ。
[今は、ちょうどヒューバートの隣りがシャーロット、彼女の向かいがハーヴェイと言った構図でソファに座っている。車の移動であまり意識はしなかったが、また、軽く雨が降ったのか、外は濡れていた。]
[妻のことはただ、考えたくなかった。居なくなってしまったことに、ひどく現実感がなかった。いつものようにその扉を開き――
グラスにアイラ・ウイスキーを注ぎ、煽る。
先程はぎこちない表情だったシャーロットが、そばに来てくれることがただ嬉しかった。誰かがそばにいなければ過ごすことのできない夜だっただろう。そっと彼女の肩を抱く。
今は、ただウイスキーが言葉であればと思いながら、ガラスの向こうに広がる茫漠とした闇の中を*見つめていた*。]
──シャワールーム──
[ネリーは全身でその汚れを洗い流そうとした。それは無理かもしれないけれど、ただそうしたかったのだ。緑の髪がゆるやかに流れ、翡翠の瞳は何を映すのだろうか。
瞳──いろいろな視線が私を貫いた。
シャーロットのあの複雑な瞳。
リックの狩りを楽しむかのような瞳。
ニーナの気だるそうな瞳。
ソフィーの優しい瞳。
ボブの隠された瞳。]
[短い間にヒューバートに起きたことを思えば慰めの言葉も何も見当たらない。
この優しい恩師に対してできることがこんな酒の付き合いだけだとはとても情けないように思えたが、それでも付き合って相当量を飲んだ。
そう、ギルバートから貰った頭痛を始め今回の災害、あのルーサーの死体、ユーインのこと等頭にこびりついて離れないどす黒い何かがあるのだ。
酒で洗い流せるならいくらでも飲んでやる、と自身も半ば自棄であったのかもしれない。
どれだけ飲んだのか分からないが、確実にヒューバートより先に潰れたことだろう。
昨日ではなく、明日を忘れたいと願いながら─*]
[シャーロットにあって私にはないもの。
私にあってシャーロットにはないもの。
どちらも挙げようと思えば幾らでも積み上がっていく。だが――
私に2度着替えを促し、手伝ってくれた時の無言の感想。私の胸回りへの視線、手首を初めとする傷口への賞翫。私の声。指の動き。
自分から見せる事は殆どなかったのに、彼女には少し垣間見せてしまった。
否定しようのない何かが私の中である。そして何故、飢(かつ)えるのだろう。]
[リックにあって私にはないもの。
私にあってリックにはあるもの。
こちらはもっと明確だ――
認めたくない。歯軋りがする。
しかし何故見抜かれるのだろう。隠し通していたかったのに――]
[自分が性急になっていると感じる。
男の身体から受ける快い刺激をもっとじっくりと味わいたくて、なるべく手を緩めようとするのに、頭の芯が熱くなっていく。
それは、血の聖餐の齎す陶酔を味わった直後だからか、それとも唾液に混じるナサニエルの血の甘さの所為か。
舌先に感じるそれは、強力な媚薬となって作用した。]
……天使サマは、もう、音を上げた、の、か?
し、てくれよ。もっと、気持ちよく。
[零れた唾液でぬれぬれと濡れた自分の唇を舐め、熱い吐息と共に*囁いた。*]
──アトリエ・リビング──
[杯を傾けている二人に少々酔いが回って来た頃に、シャーロットはぽつりとこんな事を尋ねた。]
──…ねえ、もし。<もしも>の話よ。
身近な人や、よく知ってる人が……想像も出来ないタブーを犯していたり、もしかして…もしかして殺人者だったら。どうする?
例えば、……本当に例えばだけど、ソフィさんに酷い噂があったじゃない。実のお父さんと…関係があるって。あれが本当だとか。
ネリーは自分を襲った暴漢はヘイヴンの人じゃないって言ってたけど、ネリーは怖がらせまいとしてそういう事、嘘を付く方が良いって考えたりしそうだし。ルーサーさんを殺した人って…町の人の可能性が高い…んでしょう。
もしも、他の人がどうにかなってしまっても、パパやハーヴは変わらない…わよね?
ヘンな事言ってごめんなさい。
さっきの薬が効いて来たみたいな感じがする。
私、先に眠るわ──。
[そう言ってシャーロットは先に自室へ*引き上げていった*。]
音を上げるだと……?
そんな簡単にヘタレるわけねぇだろ、おい。
[ククッ…とひとつ笑いギルバートの目を見る。]
そっちこそ、即終了なんてブザマな真似はやめてくれよ?なぁ……お仲間サン。
[ナサニエルの両手はゆっくりと降り、ギルバートのベルトに掛かた。カチャリ……というベルトが外れる音でさえ、ナサニエルの鼓膜には大きな刺激となって響く。]
それじゃ、お手並み拝見と行こうか。
[見詰める男の笑いに目を細める。瞳の琥珀が濃い蜂蜜の粘性の光を放つ。
欲望の塊は既に、ジーンズの分厚い生地の下で、苦痛を感じるほどに硬くなっていた。
自分もナサニエルの黒いタイトフィットのパンツに手を掛け、同じように窮屈な衣装から相手のからだを開放しようと試みた。]
[脱がされる感覚には無抵抗に――強いて言えば、衣擦れの感覚だけで背筋が震えるくらいか――ナサニエルは自身を包み込む衣を脱ぎ捨てた。]
………で、ここで立ったままヤるの?
[唇を歪めて笑いながら、右手はギルバートの熱い塊を握り締める。先端には、透明な粘液。ナサニエルはそれを指先で掬い上げ唇まで運ぶと、ぺろりと*舐めてみせた*]
[欲望の中心を握ってくる男の指の感触に、ふ…と溜息が洩れ、喉が上下する。
細く繊細な女の指ではない……確かな質感と強さを感じさせる指。]
[透明な滴を掬い上げて、唇へと運ぶナサニエルの笑み。
甘い痺れと共に背筋を駆け上がる電撃が脳髄を白く灼く。]
……それでも良いけどな。
[嗤い含んだ声で呟いたが、それとは裏腹にナサニエルの腰を引き寄せて股間を押し付け、互いの昂ぶりを擦り合わせた。
同時に、舌がちろちろと男のざらつく顎や頬に這い、唾液の軌跡を残してゆく。]
[やがて、どちらともなくベッドの上に倒れ込んだ。]
く…………っ
[ギルバートに股間を擦り付けられ、ナサニエルは笑いとも喘ぎともつかぬ短い声を上げる。皮膚とは思えぬ程に硬化した熱い塊と、それに仕える柔らかな従者の感触が、ナサニエルの「野性」を呼び覚まし、その証として透明な粘液を一筋走らせた。
ギルバートの舌がぬめぬめとした熱を頬や顎に伝える間、ナサニエルは背中に走る寒気に屈してしまいそうになった――が、それが終わると仕返しと言わんばかりに犬歯を立ててギルバートの耳朶を噛み、己の唾液が波打つ音を彼の耳の奥に流し込んだ。]
[ナサニエルの脳裏に、警鐘が鳴る。
――脚を絡めるな。喘ぎ声を上げるな。この男に「屈するな」――ナサニエルの「本能」が「野性」の首を絞めんと飛び掛かった瞬間――2人の男はどちらからともなくベッドに倒れ込んだ。]
くっ……やっぱり「戦い」は、マットの上じゃねぇと格好つかねぇもんな?
[倒れ込んだギルバートの熱い塊に食らいつかんとして、ナサニエルは*口を大きく開けた*]
―アトリエ・リビング―
[ポートシャーロットにあった蒸溜所で仕込まれた古いブルイックラディーは、新しいものより明確で力強いピートの存在感が感じられた。濃厚な甘みにかすかに柑橘系の風味が宿っている。濃密でありながらなめらかな感触のあるその風味には、静かにゆっくりと心と躰に命を吹き込む豊かさがあった。
三人の寛いだ時間の中で、しばしの休息と安らぎを得ていた]
[少し酔いが回った頃のこと。シャーロットの突然の言葉に、杯を取り落としそうになった。]
シャーロット。
止しなさい
[ソフィーの話題に対して私の語調は日頃には珍しく、戒めるような響きを帯びていた。
私もエリザも性的なゴシップを彼女の前で口にするのは避ける程度の慎みは持ち合わせていたのだが、人の口に戸は立てられない。誰かからか耳にしたものだっただろうか。
シャーロットの表情は不安に曇っているように思えた。
ネリーやルーサーを襲った暴力に向けられた憂慮の言葉に、私は心配ない、と力づけるように肩を抱く手に力を込めた]
ロティ。大丈夫だ。
安心しなさい。
私は、例えどんなことがあっても君を守る。
どんな恐れも、君の前に近づけたりはしない。
だからそんなことは何一つ、心配することはないんだ。
[それは私の義務であり、私の喜びとするところだった。
「家族を守れ」
父の言葉を思い出す。
私があの時誓ったように、いざとなればあの時果たした父の義務を私もまた必ず履行することだろう。決して躊躇うことなく。そのことには一片の疑念もなかった。
私は確然とした表情で、一つ一つ言い聞かせるようにシャーロットに告げた。それが宇宙を支配する定理であり、何一つ変わらぬことが保証されたものなのだと。私がそう信じる真実がまた、彼女の心に平穏をもたらす真実たり得ることを願って。
シャーロットは、「ヘンな事言ってごめんなさい」と言って部屋へと戻っていった]
[彼女が去った後、しばし無言でブルイックラディーを傾ける。
示唆の込められた沈黙がそこには横たわっていた。
――だが、タブーについては?
他の人がどんな裏側を秘めていたところで、そんなことは知るよしもない。他人の心の裡など何一つ定かなものなどなかった。
ステラの肌に刻まれた見知らぬ象徴。陵辱と従属の過去が濃密に描き出されたネリーのアルバム。ハーヴェイの肉体に無惨に刻印された疵痕。
父親思いのソフィー。ソフィーとイアン。
「……そう。それなら、あなたは安心ね」
不意にエリザの言葉が甦る。
妻を失った哀しみがどれだけ深くとも、子供が残されていたなら哀しみに溺れていていいはずがない――私はたしかそんな文脈で妻と話していたつもりだったのだ。エリザの言葉に、私が考えていたのとは別の意味が含まれていたのではないかと思い至った瞬間、心の奥底がザラリとした嫌な感触で侵された。
おいおい。“そういう”意味なのか?
――待ってくれ。
そこにはもう居ないエリザに、一つ一つの心情を明確に説明したかった。その機会はもう二度と訪れはしないのだろうが]
ハーヴェイ。
君がもしなにか……
ユーインのことで心に重荷を負っているのなら。
よければ私に話してくれないか?
……今でなくていい。いつか、気が向いた時でいい。
私は君のことを友達だと思っているんだ。
もし、君が同じように感じてくれているのなら……
[酒を酌み交わすハーヴェイにそう心情を告げていた。
やがて彼の酔いが回り、意識が泥濘に沈んだ時。
私は彼を抱き上げ、客間のベットへと運んだ]
は……どっちが先にイくか、勝負しようっていうのか?
いいよ……受けてやるよ……その勝負。
[欲情した、低い嗤い声。]
[ナサニエルの頭が自分の下半身に下りていくのと同じくして、上体を捻って横倒しにし、男の下半身へと顔を寄せる。
すぐ目の前に屹立する雄のしるしに愛おしげに指を絡め、自らの口元に導く。露滲ませるそれが、まるで美味なる果実であるかのように*むしゃぶりついた。*]
[ローズマリーは繰返しステラに口づけを落す。
額に、頬に、そして、唇に到達すると口内に舌を差し入れ、自分の唾液を送り込む]
[その両の手はステラの胸を撫で、揉み、つまみ、優しい刺激を与え続ける。
感じてきたのだろうか、ステラが足をもぞりとさせるのにローズマリーは気づき、右手をステラの足に伸ばし、スカートの裾をめくりあげながら左足をたどった]
[押し倒されたベッド。過去の淫楽の名残がわたしの背中を包み込む。果て逝った亡霊たちの手が自由を奪う。だからわたしはその手とローズの微笑みに、全てを委ねた。]
[再び与えられた口付け。散りばめられた啄ばむような感触は、唇が重なった瞬間纏う色を変える。唾液の交換。飲み込めずに素肌を辿るその透明の糸に、友愛を交わす誓いのキスなんて生易しい物ではない事をわたしは悟る。]
[気が触れそうになる――
舌の自由を奪われながら同時に胸元に与えられる感覚に、わたしは身を捩って快楽を逃がそうとした。
しかし意地の悪いローズは、それすら見抜いて指で膚を逆撫でする。
捲りあげられるスカート。火照った躰に湿った空気が更に煽情する。]
んっー……っ――
[わたしは堪らなくなって声を上げる。
しかしそれは鼻に掛かった甘い声で抵抗にはならない]
[ステラのあげる喜びの混じった声にローズマリーの身体が熱くなる]
[ステラの足を撫でまわしていた手を離し、自分でブラウスとブラを取り去る]
ああ、ステラ、わたしの肌であなたの肌を感じさせて…。
[ローズマリーはステラの乳房に自分の乳房をこすりつけるようにする。
二人の乳房の頂点が擦れあう。
ローズマリーの胸の突起も既に固くしこっていた]
[ローズマリーはステラのスカートをさぐり、ホックをはずし、ファスナーをおろそうとした]
―自宅、シャワールーム―
[体についた汚れを落としながら考える。あの何物にも代え難い感触――]
>>293 >>295
[陰鬱な空間で時間も、方向感覚も狂わされ、大部分の素肌を晒し、残された布も相手の意のまま。私はただ首を横に何度も振って否定するだけ。
それは私の望んでいるものなのだろうか。単なる相手への気遣いが生んだ産物なのだろうか。
惨めに屈服させられ、疼痛に翻弄され、敏感な胸を充血させ、全身から力が抜けていく。
私は無意識に小指側の手の側面でタイルを叩いた。]
なんてことなの……
[弄るローズの手。細くてしなやかな…憧れの手。
わたしはざわめく感触に耐えながら、いつもカウンター越しで見とれていた彼女の手つきを思い出し、胸を熱くする。]
[昂る感情にローズは自らの手で着衣を乱す。重ねられる火照る肌。擦りあう胸のふくらみに、わたしの呼吸は激しさを増す。硬さを増すローズの胸の先端をわたしはそっと指で弾く。同時に彼女の喘ぐ声が耳を掠めた。]
嗚呼ローズ…もっと、もっと感じて?わたしの肌を。そしてあなたの柔肌を味わわせて欲しいの…。
[その声に応えるかのように、ローズはスカートのファスナーを押し下げる。しかし今のわたしに抵抗する理由などなく。ただ黙って彼女を許していた]
──アトリエ・自室──
[歯車が軋んだ音を立て狂い始めている。平和な日常が少しずつひび割れて行く。崩れてしまった山肌のように足元を支えるはず地面は、これからも崩落していくのではないか──。
だからこそ、シャーロットはヒューバートやハーヴェイに確かめたかったのだろう。「安心して良い」のだと。「変わらない」のだと。──…部屋に戻り、エリザの日記の続きを読む前に。
退室の時に告げた「眠くなって来た」と言う言葉は正確には嘘だった。
投与してもらった薬の及ぼす鎮静作用に、高ぶったシャーロットの神経は抵抗を続けていた。意識は冴えているのにも関わらず身体だけが重い、と言う状態になっていた。本来なら、日記を読まずに先に眠る事を優先すべきなのだろう。]
…ママ。
[けれども、シャーロットはエリザの日記を捲る。]
[何杯目かのビールをあおると、普段酒なるものを飲みつけていないせいか、頭の中に薄っすらともやがかかってくる。
しかしそのふわついた頭に、シャーロットの言葉が突き刺さった。
手が一瞬震えた。やはり背の傷は見られていたのだ。
確信はなかったが、後ろめたいものをもつ人間特有の感情]
…さぁね。
シャロはどうなんだい?変わらないでいられるのかな?
[細めた瞳はシャーロットに向けたものでなくても、普段、決して見ることのない深く鋭いもので。
自分の答えをはぐらかすように質問を質問で返し、また杯を重ねた]
[ステラに胸の頂きを弾かれローズマリーは言いようのない快感を感じる。
求め、求められること。
ローズマリーはそれを自然だと感じていた。それは生きることそのもの]
[ローズマリーはステラから身体を離し、ステラのスカートを引き下ろし、自分もスカートとショーツを脱ぎ捨てガーターベルトとストッキングだけの姿になる]
[ローズマリーは再びステラに被いかぶさりその泉に下着越しに手を伸ばした]
ステラ、もう濡れてるの?
こんなに下着を濡らして…。
かわいい人。
―ブランダーの店/居住部・自室―
[伯父親子がネリー達と共に引き上げて行くのを見送ってから自室へとすっかり萎えた足で戻り、寝台に崩れ落ちる。
軽く熱が出ている気がしたがそんなことよりもシャーロット達が無事にバンクロフトの屋敷にたどり着けたかどうかの方がずっと気になった]
…大丈夫、かしら。
[気だるげなためいきひとつこぼすと、どうにか寝台から体を起こして、電話口へ向かう。
暫くしてバンクロフトの屋敷の電話がならされるだろうか]
──アトリエ・リビング(数時間後)──
[蒼白になった両頬に伝う涙を隠すことも出来ないと言った様子で、白い寝間着姿のシャーロットがリビングに現れた。ハーヴェイはすでに客室へヒューバートの手によって運ばれた後のこと。シャーロットはすでにハーヴェイが引き上げた後であることに少し安堵したようだった。
「シャロはどうなんだい?変わらないでいられるのかな?」
そんなことは──…誰にもわからない。
例え、今のシャーロットになんの秘密も無かったとしても。
ハーヴェイの瞳はシャーロットを見ていたわけではなかったが、何時もと違う鋭利な光を浮かび上がらせていた。ニーナの事を暗示するためにソフィの例を出したつもりだったが、何かしらハーヴェイのこころの琴線に触れてしまったらしい事は分かった。
その時のシャーロットは背中の傷には思い至らず、けれども──「そんなつもりでは」という言葉はシャーロットの口の中で消えた。]
[リビングに仄かに漂う芳醇なアルコールの香りに、ゆるく首を傾ける。ほどかれた長い髪がさらりと首を傾けた側に流れ、逆サイドの首筋のラインが暗い部屋に白く浮かんだ。]
…パパ。ねえ、パパ。
お願いがあるの。
今夜、昔みたいにパパと一緒に眠っちゃだめ…かな?
私、なんだか今日は一人で居るのが耐えられなくて……。
[包帯の巻かれた右手を震えながらヒューバートに差し伸べ、遠慮がちに傍に近付く。尋ねられても何故「耐えられない」のかには、シャーロットは首を横に振って答えない。ただ涙を*零しつづけた*。]
[自らの手で乱れ、また愛しい人の手で乱れていくわたしの躰。それは自然の事であって自然ではないような気がして、わたしはならなかった。
わたしは以前一人だけ全てを赦した相手が居た。わたしと同じ女の人――
心を通わせいつの間にか惹かれ合い、そして何もかも赦した。その時はそれが全て正しい自然な事だとわたしは疑う事はなかった。
しかし――]
[下着越しにローズの白い指が当たる。薄く面積の狭い布はあって無いようなもので、彼女の指がわたし流しただらしない体液に濡れている事を想像して身震いした。
そして視界に映る煽情的な姿にため息を漏らした。]
[ふいにローズが辱めの言葉を紡ぐ。そのぬめりとした赤い唇で。
わたしはその言葉に羞恥心を感じ身を捩る]
やだっ…濡れてるだなんてそんなこと…だってローズが……事をするから――
[幾度と無く男と寝てきたわたしでも、これとそれとは別問題だった。経験が有り過ぎる故感じる羞恥。わたしの頬は可憐に仄赤く染まった。]
[ローズマリーはくすりと笑って]
そんなに恥ずかしがることはないじゃない、ステラ。
わたしに感じてくれてるのでしょう?
[ステラの下着の上から彼女の合わせ目にそって指をスライドする]
とても、とてもかわいいわ、ステラ。
[そして、焦らすように何往復も]
―アトリエ・地下作業場―
[あまり深酒はしなかった。アルコールはしばらく経つと抜けていた。
地下作業場に向かうと、隅に置いてあるフラットベンチやダンベルを使ってしばらく運動することにした。なにか、無心に躰を動かしたい気分だった。
芸術家といえば聞こえはいいが、彫刻家が実際にやることといえば大工とさして変わりがない。大型の造形物の制作となると、ほとんど土木工事だ。
それ故に体力と筋力が資本で、私は定期的にジムに通い毎日のトレーニングも欠かさぬよう努めていた。
ダンベルフライにベンチプレス、シットアップにスクワット。アームカールにプッシュアップ。決められたメニューを数セットこなす。汗が心の中の澱みをアルコールと共に洗い流してくれることを願って]
[表現者としてモデルと対峙する時、私は美的探求心に最大限忠実であろうとする。モデルのシャーロットと対峙する時、私は貪欲な一人の男だった。それはシャーロットもわかっていただろう。
ただ、それはその場限りのものであり、作品制作以上の逸脱がないという事実の積み重ねによって、私の父親としての立場と矛盾しないものと受け入れられていると私は信じてきたのだ。
妻には、なるべく制作中はアトリエを訪れないよう伝えてあったが、娘にモデルを頼んでいるという事実自体は隠すことではない。なんの後ろ暗いところもない――はずだった。
それとも、明確に線引きを示そうとする意識は後ろめたさを糊塗するためのものだったのだろうか。
今となっては、境目は何一つ判然としなかった]
―アトリエ・バスルーム―
[シャーロットが私を見る目は変わるのだろうか。
例えば、私が普段より羽目を外したつもりでしかなかった行為がエリザを傷つけたと知ったならば。
妻では満たすことのできなかった感情をステラという愛人で満たしていた過去を知ったなら。
時に狂おしいほどの情欲に耐えきれなくなり、真夜中に女を買いに行くことさえあると知ったなら。]
ひどい男だ。
[私は服を脱ぐとシャワーのコックを捻る。自嘲は熱い湯の中へ溶けてゆく]
[そう。娘に言えないことは、いくつもある。
ついさっき見てきた事柄だけでも。
ルーサーの捩るような遺体のスラックスのジッパーは開けられ、彼を辱めるかのごとく陰部が引っ張り出されていたこと。陰嚢から大腿部にかけての古傷は彼の男性機能に大きな障害を与えていたと想像され得たこと。
私が彼の名誉を守るために、ジッパーを元のように閉じたこと。
この町にはルーサーを襲ったような保守的な人間の集まりがあること。私が見た彼らの怖ろしい暴行。
ネリーとノーマン――
人は表側だけで察することのできる生き物ではないのだ。
表面の流れが緩やかに見えても、深みには冷たい奔流が待ちかまえている。]
―アトリエ・リビング―
[熱いシャワーで綺麗に汗を洗い流すと、躰全体を心地よい疲労がうっすらと包んでいたが心の澱みは随分晴れていた。
ビキニパンツ姿にバスローブを羽織る。今は間接照明だけを灯した仄暗いリビングで、湯冷ましにミネラルウォーターを口にする。
ふと気がつくと、静かに佇む気配があった。
シャーロットだった。
解かれた髪が闇に解け合うように流れ、対比をなすように白い肌が幽寂と浮かび上がっている。]
ロティ……
どうした?
[私は彼女を招き寄せるとそっと頬に手を添え、指先で優しくその泪を拭った]
わたしに…?感じてくれている…?
[改めて言葉に出されて突きつけられると、恥じらいに目を逸らさずにはいられない。
滑る指。跳ねる水音。淫靡に響き渡り耳を擽る。]
可愛いだなんて…そんなっ…――やぁっ…んっ…焦らさ…ないで…よローズ…いじ…わる――
[吐息交じりの声と共に、わたしはローズの体温を探すように手を伸ばす――]
―自宅/自室―
ハピネスのために…か……。
[ネリーがシャワーを浴びている間、部屋で一息つく。
思えば、久々に”いい汗”をかいたものだった。]
気持ちいいハピネスの感じ方できたし、
水害だなんだっても、案外楽しいもんだ。
[混乱期。彼のハピネス・ハンティングには、
非常に適切な状況だと思った。
サングラスで遮られた目が、獣のように光る。]
[『よければ私に話してくれないか』そういうヒューバートの目は確かに自分を慈しむ眼差しだった。
ただ─ 悲しいかな、その目がその慈しみのものだと分かるには既に遅すぎていた。
尊敬する人である。
父親とはこういうものかと思ったりもした。
しかしシャーロットの言葉、ヒューバートがつぶやくユーインの名。
図らずしも見られた背中の傷、ルーサーの死体。
忘れたい罪はそこにある。
望まぬとも兄と交わり、死なせた事実は何をもっても消えない。
一時とはいえ、アルコールだけで長く忘れるには、あまりにも重いものばかりだった]
あの娘…まさか言いはしないと思うが。
何かあったら、この子らを使うことにするかな。
[自室の隅に、小さな扉がある。
耳をすませば中からは、呻き声。
彼は、ゆっくりとドアを開ける。]
キミたちも、そんなところに入れられて辛いでしょう。
[目が虚ろな犬、眼光鋭い犬、よだれを垂らした犬。
それらが、別々のケージに入れられていた。
彼は水差しを持って、一角に水をぶちまけてみた。
すると、犬たちは一斉にそれを怖がった。]
3週間程度…まあ、この獣にかかれば、
そんなに待たずに、普通に噛み殺されるかな。
[あくまでも、最終手段。そう考えた。]
[バンクロフト邸の電話があげられるまでそれほど時間はかからなかったが熱と気だるさでずるずると床にへたりこむ身には随分と時間があったような気がした。
やがて耳馴れた使用人の声に]
ニーナです。
伯父様とシャーリィが無事に帰られたか知りたかったので。
[端的に用件を告げれば、帰ってきた返事も端的であった]
[焦れるステラの様子にステラをますますかわいく感じる。
手を伸ばしてくるステラの届くように身体を前に傾け、その感触を受け取る]
ステラ、下着は脱いでしまいましょう?
わたしももう、着けていないわ。
[ローズマリーはステラに微笑んでその下着にゆびをかけた]
[車の中でヒューバートが施した氷嚢で熱を下げる試みは
僅かにだが、確かな効果を上げていた。
ローズマリーのベッドに寝かされてしばらくして、
ソフィーの意識は浮上しつつあった。
熱で節々が痛み、横になっていてさえ時折吐き気を催したが、
そんな最悪のコンディションの中で夢現に考えるのは
やはり父である*イアンの事だった*。]
[伸ばした手に触れる躰。しっとりと濡れた膚の感触にわたしはしがみ付くように腕を絡める]
――…えっ…うん…解った…わ…
あっでもっ――
[一度は了承してもすぐに思い止まってしまう心。でもローズはそんなわたしのこと等お構い無しに、レースへと手を掛ける]
[するり――]
[滑り落ちる無機質な感触が心地良くて、わたしの水脈はだらだらと蜜を零す。不躾に]
そう。
…ああ、大丈夫です。
伝言だけ………あら?
[お繋ぎしますか、と尋ねられたので伝言だけ頼もうとしたところでぶつりと向こうの音が途絶える]
…電話線、やられたのかしら。
[どうしようかと首を捻っても電話がうんともすんとも言わないのだから諦めるしかなかった]
[いつの間にベッドにいたのだろうか、しっかりとまたシーツをかけられて客間に寝ている。
酔っ払いの帰巣本能…と言うほどここで飲んだ覚えはないのだが、ヒューバートの手を煩わせたことはすぐに思い当たった。
また背中を見られたか、と服を確認するが触れられた様子はない。ほっと安心したようにため息を着くが、先程の会話が頭から離れない。
また二日酔いか、ぐらぐらする頭をどうにか治めたく、
ベッドから身を起こした]
―自宅―
[自分の中のもやもやとしたものを一旦落としたネリーはさっぱりとした表情でシャワールームから上がって来た。]
さて、これからどうしようかな。
──アトリエ・ヒューバートの寝室──
[ヒューバートの指先が濡れた睫毛に触れ、シャーロットの涙が拭われる。シャーロットは込み上げて来るものに耐えきれず、ヒューバートの胸に顔を埋め、嗚咽を繰り返した。
ヒューバートの示した僅かな逡巡にはシャーロットは気付く事は無く、導かれるままに寝室へ──。シャーロットが歩くと白くゆったりとした寝間着の裾がふわりと広がり、素足がちらりとのぞいた。
ハーヴェイが来ているにも関わらず、子ども時代に戻ったかのようなシャーロットの混乱した態度。エリザの日記に彼女は何を知ってしまったのか、シャーロットは日記の存在に触れる事も無く。ベットに入ってからも、涙は止まったものの小さな嗚咽を繰り返していた。
やがてシャーロットは、父親の胸に顔を埋め、その身体に両脚を絡めるような姿勢で眠りに落ちた。眠りに落ちる寸前に、溜め息のような声で漏らした言葉は──、]
……嘘つき。
[ニヤニヤしながら、ドアを閉め自室に戻る。]
さて。そろそろ、ネリーのシャワー終わった頃かな。
[ダイニングへと移動を始める。]
[下着を取り去って曝されたステラの泉はその水をあふれさせていた]
まあ、こんなに…。
[ローズマリーはその泉の水を指で救ってぺろりと舐めた]
甘い…。
お、ネリー。おいしそうなもの広げてるじゃん。
[ニコニコしながら、ネリーの肩に触れる。]
こういうときだからこそ、おいしいもの食べて
力つけないとなあ。その方がハピネス感じられるし。
[笑いながら、席に着く。]
―アトリエ・寝室―
[シャーロットは幼い頃に戻ったように、嗚咽を繰り返していた。私は彼女の嗚咽がおさまるまで、じっと彼女を抱きしめていた。熱い泪がバスローブの胸元に染みこんでいった。
寝室の照明を落とし、室内は昏闇に包まれる。
白い壁の足下に穿たれたスリットから、柔らかな橙色の間接照明だけが漏れていた。
真夜中に目を醒ましても転ばないように、フットライトだけはつけておいた。
パジャマ等の寝装を身につける習慣は随分遠のいている。かすかな躊躇いがあったが、これから探すのも手間だった。シャーロットをキングサイズのベッドに導くとバスローブを脱ぎ、下着姿のまま彼女の隣に滑り込んだ。
シャーロットが身を寄せることにささやかな羞恥を感じながら、少しぎこちない手つきで包み込むように抱き寄せる。
ふと、耳に届いたのは意外すぎる言葉だった――]
あっ旦那様。もうすぐできますわ。
前から準備しててよかった。
[今のボブはすこぶる機嫌がよい。それがネリーの足取りを軽くさせた。チキンとビーフのファヒータだ。ソースが香ばしい。
気分が高揚している。なんてハピネスなのだろう]
[指で救って舐める仕草が、わたしの視界に映される。
過去何度も男のセンシュアルを煽り立てるために行ってきた動作が。今目の前で繰り広げられる。
わたしはちろりと覗いたローズの赤い舌を凝視しながら、涎を垂らす。上からも下からも]
嗚呼ローズ…なんてことを…。
甘いだなんてそんな――
[一拍遅れて訪れた羞恥。入り乱れる感情。高鳴る鼓動。わたしは背中で汗を掻く。滴り落ちる雫は蠍の渇きを癒す。でもそれは一時的なものでしかない。]
お願い…もっともっと煽って?わたしがわたしで無くなる位に――
そして触れさせて?わたしにも…あなたの蜜と水脈を――
[そっと回していた腕を解き、蛇の舌は彼女の太腿へと伸びて行く]
[嗚咽を繰り返すシャーロットの背中を、心配ない、というようにそっと撫でる]
大丈夫。
私はここに居る。
私には、ロティがいる。
何一つ、心配なんてないさ。
[愛おしそうに、額に、頬に、そして触れるか触れないかというくらい微かな口吻を唇に残した]
[香ばしい匂いが、鼻孔を刺激する。
自然と、口の中に唾液が分泌される。]
まあまあ。準備できたら、一緒に食べような。
ネリーが席着くまで、私待ってるから。
[水を求め、服を改め客間を出ると、丁度ヒューバートがシャーロットを寝室へといざなっている所を偶然目撃する。
その目は卑下するものでも、温かみを帯びたものでもなかった]
シャロ。俺だったらね…
[先程の、シャーロットには答えなかった問いの答え。
その答えは声となることはなかったが。
そのまま、マーティンにすら勘付かれないように外へのドアを開ける。
ドアを開けた瞬間、風が入り、アトリエにおいてあった自身の模写が倒れた]
[ ─ 絵の名前は「記憶の固執」─ ]
じゃあ、こんな所でいいかしら?
[ネリーは自分を期待されているような言葉に弱い。
急かされるように少し手捌きが早くなったが、落ち着いてディナーを完成させた。CREAM STOUTのビールを用意する。
席に着く前に、わざとボブの後ろを通り抜けてウィンク。]
[電話機のそばで壁にもたれたまま、目を閉じる。
目が覚めて、全てが夢だったらと思った。
指先を動かすことすら躊躇われるのに、想像の翼は今日も羽ばたく。
明日はバンクロフトの家へ行こうかな、と何となく思う。
もしも明日があれば、の話。
この天災の中、明日があるのかはわからなかったけれど]
はい、旦那様。
美味しいかしら…? よかった。だってこれ、旦那様が教えてくれたものじゃないですか。
[ボブの顔を見てネリーは嬉しそうだ。]
うんうん、このメニューね。私大好きなんだよ。
[カチャカチャと食事を進めながら。]
あまり満足な食事はできなかったけど、
たまに食卓で出たんだよ。小さい頃ね。
唯一の肉親で、親愛なる母さんが作ってくれたんだ。
[背に腕を回され、シャーロットもヒューバートの首に腕を回した。
目を閉じたままちいさく頭を振る。]
…ううん、パパ。
私、信じないから構わない……
[それだけでは意味のはかりかねる言葉をかすかな声で続ける。
きっとあれは嘘だ。
それなら、明日…──確かめて見ればいいのだ、とシャーロットは思い付く。近くで響く心臓の鼓動に落ち着いたのかシャーロットはそのまま眠りに落ちて行く。]
お母様…お母様も、旦那様のように苦労されてるんですよね。
旦那様が育ち盛りの頃って、大きな戦争がありましたもの。
私は知らないけれど、私の親も苦労してました。でも旦那様のお母様のほうが大変ですよねきっと…
あ、私の親ですか? もう私はいなくなってしまったけど、ヘイヴンのはずれに叔母がいます。まだまだ元気ですよ。
[ビールを摂取しながら明るく答える。]
私はね、父親に会ったことがないからさ。
というよりも、わからないと言った方がいいな。
[サングラスによって、瞳はわからない。]
自分と血を繋がっている人が、元気だと
わかっているのは、非常にハピネス感じることだよ。
ネリー、それはとてもとてもいいこと。
[微かに手が震えている。]
さすがに、母よりおいしい料理だとは言えないけどさ。
でも、それでも母と同じくらいおいしいよこれ。
[シーツの中で、糖蜜をふんだんに用いたミルク菓子のようなシャーロットの甘美な芳香に、激しい渇きと内なる欲求が勃然と熱を持つのを感じる。柔らかい膨らみが厚い胸板に触れ、滑らかな脚が私の脚と絡んでいた。
今は父親でありたいのだ、と私は願い、それらから意識を遠ざけようとした。他の男もまた、このようにままならないものだろうか。私の意志とは裏腹に、私の情熱の塊は痛いほどの昂ぶりでその存在を知らしめている。
やれやれ、と私は内心深い溜息を吐いた。
このままで眠りに落ちることができるのだろうか、と思いながら。
「信じないから」というシャーロットの言葉は謎めいていたが、私はそれ以上問うことはなかった。彼女が話してもいいと思った時に、いずれ話してくれることを信じて。]
──ローズマリーの部屋──
[ヒューバートに運び込まれて何時間経っただろうか。
僅かながら休息を得たソフィーの意識は浮上しつつあった。
熱で節々が痛み、横になっていてさえ時折吐き気を催したが、
そんな最悪のコンディションの中で夢現に想うのは
やはり父であるイアンの事だった。
何年ぶりだろう、倒れる程熱を出したのは。
───嗚呼、あの時だ。
父が、イアンが、初めて自分を抱いた日。
あの日も自分は、こんな風に熱を出して倒れたのだったか。]
──回想──
ソフィアを演じる私を相手に、
父の本能は食欲より性欲を優先させたようだった。
その剥き出しの欲望に翻弄された私は
途中で気を失ってしまったらしく、目を覚ました時には清潔なアイリッシュリネンのパジャマを身につけ、自室のベッドの上に居た。
身体がだるいのは行為のせいだけではないだろう。
母を亡くしたショックと事故の傷跡、それらによって蓄積した疲労が、元々頑健とは言えない体質のソフィーに高熱を出させていた。
だるさに任せてぼうっと天井を見上げていると
水の入ったコップと解熱薬を手に、父が部屋に入って来た。
私が目を覚ましている事に気づいた父は、
薬をサイドボードに置き、私の肩の辺りに腰掛ける。
父の体重を受け、スプリングがキシリと音を立てた。
見上げると、父は優しい眼をして、汗で額に張り付いた前髪を、
普段針と鋏を器用に操る長い指でかき上げてくれた。
父の指が私に触れても、私は怯えたり嫌がったりする事なく、
それ処か指先から伝わる温もりに安堵の溜め息さえ漏らした。
父は大きな手を額に宛がい熱を測ると
軽く溜め息をついて立ち上がり、薬を取ってまた戻った。
細くとも確かな筋肉を備えた腕で私の肩を支え、
冷たい水を口元まで運び、薬を飲ませてくれた。
私はそれらの動作を、大人しく、
甘えん坊の子供のような素直さで受け入れた。
それは男と女、雄と雌のものではなく、
間違いなく血の繋がりを持った父と娘の仕草。
慈しみあう親子のものに他ならなかった。
ただ、部屋から出ようとする父が一度だけ、
何も言わず、辛そうな表情で私の額にキスをくれた時、
心の何処かがズキリと痛みを発した事を覚えている。
父が出て行った後、優しい朝の光の中で、
私は初めて声を殺して泣いた───。
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