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[あ、という間を置いて僕は言葉を継ぎ足した。
先刻から今に至るまでの途中経過を飛ばして話している、と気づいたからだった]
……先刻までは、居間に居たんだよ。でもなんか、様子が変だった。ギルバートって若い男の事、ネリーは知ってる?
君が店に来る前に来てた、他所の人間の事なんだけど。
でも、そいつの名前、ウェンディは直接見てもないのに知ってた。話してるのが聞こえるような距離じゃなかったのに。それに、助けがどうこう、とか。
謎々だとか隠れんぼなんか、してる場合じゃないのにな。まったく。
[溜息を吐くと、僕はかぶりを振って肩を竦めた]
[ネリーはブランダーの兄妹とは特別慣れ親しんだ間柄、まではいかなくとも、多少は彼らの事は理解していた。朝は何を好んで食べたり、このスポーツをすればこのようなスコアは出るであろう、というぐらいは。]
それじゃあ、彼女は雨なのにどこかへ行ってしまったって言うの?
わざわざ? そもそもウェンディはそんな事をする子じゃ…
[ローズマリーは「次もあるので、失礼」というアーヴァインの後ろ姿をギルバートが追うのを目にした。
なにか聞きたいことでもあるのだろうか。
旅人の彼はこのままではここから「旅立つことができない」。
ローズマリーはその考えに自分が囚われそうになる自分に身震いした]
ギルバート?
[ネリーはギルバートが誰か、と言う事は把握していない。
とどのつまるところ、数日前暴漢に襲われ、そして救い出したあの男こそがギルバートではあったが、お互いに名前は名乗らずに別れていたのだった。
だがウェンディがその名を知っている事にひっかかる。]
間違っているかもしれないけど、もしかしたら最近この街にやってきた…ありていに言うと八方美人そうな人の事かしら?
――なかったね。
[と、ネリーの言葉の後を引き取り、頷いて同意する]
ウェンディはどちらかと言えば大人しくって、後ろからついてくるような子だった。服を取り替えても結局、同じように僕の背中に隠れてるような。
[最近この街にやってきた人間。思い当たるような人物は他には居なかった。報道関係者は一日で引き上げてしまっていたのだ]
ほぼ多分、そうだと思うよ。八方美人そうな、か……
ネリーはああいう感じの奴、嫌い?
[ネリーはひとり、思考を張り巡らす。]
あの人…まだこの街にいるのかしら?あの時は『初めてここに来た』と言っていたけれど…
10ガロンハットみたいなのを被ってて。
と言うことはどこかに泊まっている事になるわね。アンゼリカ?アーヴァインさんの避難所?
─酒場─
[アーヴァインを追って外に出た彼はすぐに戻ってきた。
ローズマリーに、はにかむような笑顔を見せた。]
……何か大変そうだから、手伝えることがあったらやらせて下さいって言ってみた。
俺は余所者だから、どんだけ役に立つか分からないし、町の人もかえって迷惑かも知れないけど。力仕事には自信があるし。
折角ここに居るんだしね。
[ネリーはその男――ギルバートに大きな恩がある。
どうしても問いつめれれば、いけ好かない部分もあるかもしれない。しかし彼の目の前でもないが、ここで彼の悪口をつく、飛語を流すわけにもいかない。
それが非常に曖昧な表情となり、苦笑する。]
あの人? あの人がギルバートと言うのね。
さあ…タイプではないかな…な感じだけどね。あはは。
『――なんだろう?』
[けれど、その疑問はギルバートへの評価を述べるネリーの言葉に打ち消されてしまった。彼女の表情に釣られ、苦笑する]
まあ、ね。ネリーはきっと、真面目な固い感じの奴の方が好みなんだろうなっていう気が僕にはするし。
[ローズマリーはギルバートの微笑みに胸を突かれた気がした。
手助けになりたいと言う彼の言葉と、自分のこのまま封鎖されていればいいという考えとの差。
自分の両手がどす黒くなったように感じ、おもわず顔をくもらせた]
まあ、ギルバート、あなたのような人が手伝ってくれればアーヴァインも心強いと思うわ。
しっかりとした男の人はここからでていってしまうばかりなんですもの。
ローズさんね。この前だん…ボブさんと一緒に行ったけど、そのような人はいなかったわ。
ごく最近、と言うことになるのね。
[突如、大陸じゅうが悲鳴を上げるような音を上げる。ネリーは思わず身体中を竦ませた。]
やだ、私のタイプってどんなのだろう。
[結局の所、ネリーは少なくともこの6〜7年は自分から言い寄った事は皆無に近い。心が傾く、あるいは傾きそうになった事はあれど。]
[触れられたら欲しくなってしまうに違いない。
ローズマリーはそう確信しながらも引き寄せられるように彼の腕の中に納まってしまう]
ギルバート…
[つぶやく彼の名に彼女の欲望が見え隠れしていることにギルバートを気づくだろうか]
ローズ……
[ローズマリーを腕に抱き、その髪を愛おしむように撫でる。
顔を曇らせた彼女を宥めるようにゆっくりと。]
心配なのか?大丈夫だ。きっと何とかなるよ……
俺も一緒に居るから。
[耳元で静かに優しく囁いた。]
[リックが強いリーダーシップ性を窺わせる事にネリーはこと感心する。
私がリックの年齢だった頃はどうだったか?目の前の仕事をこなすだけで精一杯であり、知識を吸収するのはもちろん、知識や度胸を身につけ、そしてこなすと言うことは到底無理だったのではないか?とジェラシーも少しほうほうと沸く。]
[「一緒に居る」と囁いたギルバートのその言葉がローズマリーの胸をくすぐる。
その前についているだろう「今のうちは」という意味合いは頭から放り出して]
ありがとう、ギルバート。
すごく…嬉しい…。
──アトリエ・自室(回想)──
[母屋へは行かず、アトリエ棟の簡易キッチンで、お気に入りのマグカップでミルクティを飲んだ後、シャーロットは自室へ戻った。マーティンは二人がまだ作業場に居ると思って、エリザの帰宅が遅れている事を告げなかったのかもしれない。
製作中は基本的に外部の人間の立ち入りを禁じていた。また、入って来たとしても集中のため、気付かない事も多かった。そういった時、マーティンは真面目な顔で頷き、不満を口にする事も無く「また後で参ります」と頭を下げて退出するのだった。そして、時間を置いて邪魔をしない方法でまた現れる。母屋にもう一人住み込みの使用人が居たが、そちらはマーティンのように間合いを量ることが出来ないため、取り継ぎの類はしないルールになっていた。
シャーロットは、部屋に入るなりスプリングの利いたベットに身を投げ出した。]
――自宅――
[家に着くなりわたしは鍵を掛けカーテンを引き、自らの家そのものを密室に仕立て上げた。
アーヴァインからはすれ違い様、簡単に町の情報を聞いていたので彼が此処に来る事は無いだろうし、この状況下で尋ねてくる物好きな生徒も居ないだろう。
野暮ったい服装や仕草は町の男達には不評だったし、気を惹きたいが為に訪れる稀有な存在も思い当たる節も無い。契約を取り付けているナサニエルとも予定は入っていなかった。]
これで…誰にも悟られる事は無いわね――
[そっと呟いてわたしは室内で裸になる。極端に露出を避けた服を脱ぎ捨て、下着を剥ぎ取る。そして熱いシャワーで汗と雨雫を払い取り、クローゼットとチェストから先程とは打って変わって正反対のランジェリーとドレスを取り出す。
フランボワーズのトンガ。ラズベリーレッドのガーターベルトに絹のストッキングを着けて。ミッドナイトブルーのドレスを身に纏う。照明は飾りランプを。口紅は艶やかなオールドローズを乗せて。封を切るはVega Sicilia U'nico。
全てを様変わりさせて、わたしは神の血と例えられる液体を、静かにグラスに注いだ。
そしてゆっくりと左腕の包帯を外し、現れた姿に優しく微笑んで――]
さぁ、一緒に味わいましょう?昔を思い出すように…ね?
[静かに垂らすようにそっとグラスを傾け、わたしは自身の左腕に赤ワインの雫を垂らし、罪に酔いしれようとした。
そうする事で少しでもこの子の目覚めを遅れさせようと。そう思って――]
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