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《私は、それ自体目的が矛盾する2つのPGMと、もう1つ。
ゴーストになるために教育された、とある死者の再生プログラムを同時に成すもの。私自身は、その死者自身でもすでになく、かといって生者でも無い──》
《わかりません──》
《私自身は、理(ことわり)の外に存在するもの》
《ただ、》
[重ねた手をほどいて、離れる。
セシリアはゴーストのように白い姿で、ケネスを正面から見つめる。見つめながら死を想起するセシリアの瞳は、燃え盛り墜落せんとする真紅の惑星、メテオライトの色。]
《鍵を持った彼女(Celia)と共に。
貴方は不可侵領域を開き、何をなさんとするのでしょう?》
《S2の謎は、私の有り様にも関わる事だと、手紙には書かれていた。貴方は、第二のMasterでも、Alchemistでも無いようですが、
私の“わずかな意志”が及び得る範囲ならば──。
内容によっては協力出来るかもしれません。》
[セシリアは睫毛をばさりと動かし、*もう一度瞬きをした*。]
― 電脳世界<Utopia>/領域定義中 ―
[無数の0と1が驟雨となって流れてゆく中、男は漆黒の沼の只中に立ちつくしていた。データの雨に煙る彼方に、浮かんでは消えるMundaneやUtopiaの様相。
膨大なデータから意識を遠ざけると、遠い景色は闇に沈んだ。
足元の泥は地獄の川を思わせるほどに凍てつく冷たさだった。そこに佇んでいるだけで、全身の熱を奪い去られてゆく。]
<<< …ドポ……ン…… >>>
[目の前の汚泥の中からなにかが湧き上がり、波紋を広げてゆく。]
<<< …ゴボ…ッ…… …ゴボ…ゴボゴボ……… >>>
[やがて陰暗の中より、パーティグッズの鼻眼鏡が浮かび上がった。]
<<< …ゴボゴボ…… >>>
[鼻の下あたりの汚泥に窪みができ、口をかたどった。あたかも生命を持った存在のように蠢いている。]
「――おい。仏心が湧いた――とでも云うのではないだろうねェ?」
[男はただ眉間に皺を寄せる。――応えない。]
「男も女も――お前が一体どれだけ多くの人間を食いものにしてきたか――」
「――今更忘れたわけじゃないだろう?」
――わかっているさ。
[男は頷く。暗黒の海の波間に漂う眼鏡の縁に手をかける。
持ち上げれば、それにたぐり寄せられるように泥の中より漆黒の分身が姿を現した。
沼男-Swampman-――。]
――ハックマン女史を捕らえろ。
[男は目の前に立っている漆黒の己に命ずる。]
俺は…::.:::..…へ――
[言葉にノイズに混じる。位相変換が始まっている。
ゴブッと闇の海面が波打つと同時に、その姿はかき消えた。]
― 電脳世界<Utopia>/Closed:Dealing Room ―
「――これは、どういうことかしらねえ。」
[女が首を傾げた時だった。]
<<< ……バサ…バサバサッ… >>>
[鴉の羽音がclosedのDealing Roomの中に響いた。そこは強固な防壁によって守られている。
意図しないPGMが走らされたり、ノイズが混じる余地はないはずだった。
女は眉を顰めながら意識を研ぎ澄ませる。]
「……存在しない鴉の羽音…ってね――」
[端末の影から、男が姿を現した。]
「怪しい人からの配達物は受け取っちゃいけねえのよ? 俺も人のこと言えないんだけンども。カラスの勝手でしょ――なんつて。」
[男のふざけた声にも、女は警戒を解かない。
どうやってここに――女の問いに、男は笑った。]
「俺はずっとハクション女史とねんごろになりてえなァ――なんて機会を窺ってたのよゥ。念仏唱えて。
ラブレターに女史が手を伸ばした時に一緒に俺もちょこちょこっとね。」
[やはり油断のならない人ね――女はいつかそう口にしたように呟いた。
なにをしにきたの? 男は応える。dealing――取引をね、と。]
「なんの取引――?」
[男は口の端を歪める。]
「――魂の」
[Greenmailer――!
その瞬間、女は攻撃用PGMを立ち上げる。緑色のドル紙幣が舞い、周囲は緑の閃光に包まれた――。]
― 電脳世界<Utopia>/Closed:Dealing Room ―
<<< …バチッ―― >>>
[倒れた端末。ドル札の突き刺さった机。壁や床にはいくつもの損傷ができ、クラスタ片が散っている。破れた壁面からはコードが覗き、火花が散っていた。行き交うデータが修復されきらぬまま歩留まりをつくっている。
女は荒く息をつく。
目の前の男は中心線に沿って真っ二つに裂かれ、正面の壁にもたれかかっていた。
あなたも口ほどにもないわね――女が凄絶な笑みを浮かべる。止めとばかりに再びPGMを行使しようとしたその時、裂かれた男の体の両端から不気味な笑い声が響いた。]
「フフフフフ――」
「――アハ、アハハハハ!」
[なっ!――女は目を見開く。
裂けた男の体はみるみるうちに中心で分かれ、鏡像のような二人の少女へと変じた。
罠か――女がそれを知覚したのは、現実世界で起きた異変と同時か。
口元と腰に突如かかった違和感に、意識は現実へと浮かび上がった――。]
― 現実世界<Mundane>/南部:博物館 - Museum ―
こんなところで接続するなんて、無防備のボビー・オロゴン。
[俺はニヤリと微笑んだ。
ハックマン女史を後ろから抱き上げ、口元を手で覆ったまま拘束している。彼女の背中には、拳銃がつきつけられていた。
無防備とは云ったが、実際には彼女の元に気づかれることなく近づくためには電脳側からの補佐がなければ難しかっただろう。現実世界での周辺情報を巡回収集する探査botは、双子のclosed領域への攻撃時にどさまぎに破壊されていた。]
BANKはどこまでこの件に咬んでる?
まさかお前たち、抜け駆けするつもりじゃないだろうな。
【inc.】といい、お前たちはどうにも信用できない――。
[銃をつきつけながら光学迷彩の外套を剥ぎ取り、体をまさぐる。香水や化粧品の入ったポーチを、ベンチ脇のガラスの手摺の向こう――吹き抜けとなった階下へと落とす。]
[いいわ、教えてあげる――女は喘ぐように口にする。文字通り、札をチラつかせた。この紙幣がなんだっていうんだ――俺は一瞬気をとられる。
いい? これは…BANKの――女の声は掠れて小さい。よく聞こえない。耳を欹てる。
彼女に寄った刹那、鳩尾に強烈な痛みが走った。
肘による打突の痛みに耐えかね、俺は床の上に転がりのたうち回る。その手を、女史の蹴りが鮮やかに捉えた。拳銃は横滑りにスロープの向こうへと消えた。]
くっそ、痛ェ――
[俺は鳩尾を庇いながらなんとか立ち上がる。]
「ハッ――!」
[しなやかな脚が鞭のように一閃。女史は伸びあがり、姿勢を立て直したばかりの俺を再び床に沈めようと跳び蹴りを見舞った。俺は左腕でガードするのがやっとだった。強い衝撃に膝を折りかけたところへ間髪入れず襲いかかる逆脚からの蹴りを転がるように躱す。]
護身用のカンフーモジュールでも使っているのかい?
[俺はネクタイを緩め、ジャケットを脱ぎ捨てた。]
[女史は戦闘用の義体ではなく社会生活にとけこめるごく一般的なものだ。役職者向けの俺の義体は中枢神経系の防御に特化されて設計されている。人間と変わらなく見えるが、ある程度無茶が効く。
俺はある程度のダメージは覚悟の上で、一気に距離を詰めた。
女史の水平蹴りをガードしたところに、ガンと顎に水平に掌底が打ち込まれる。グラグラと頭を揺さぶられ、水平感覚を狂わされる。だが俺は力任せに女史の襟首を掴んだ。
足払いとともに女史の体は宙に舞う。]
おとなしく吐いてもらうぜ。
[床に倒れた女史を押さえつけた。]
[帰趨が決したと油断があったのだろう。前のめりになった姿勢を捉え、オードリーは俺の首に脚を巻き付けた。
左の膝裏のあたりを頸動脈にかかるように回し、右足を左の足首にかけながらグイグイと折り曲げ締め付けを強めてゆく。
あ、やべェ。これ、三角締めだ――。頸動脈への圧迫にくらくらと視界が白くなっていった。
やべェ。やべえよ――苦しい――俺はもがきながら、なんとか女史の首筋へと手を伸ばす。指先にはプラグ。
彼女のコネクタからStunPGMを流し込もうとした――。]
[その時――突然、ビクビクと女史の体が痙攣し打ち震えた。太股の震えが俺の首筋に伝わる。
なにが起きているのか茫然としている俺の目の前で、やがてオードリー・ハックマンの肉体は弛緩した。]
どうなってる――
《ご無事ですか?》
《――あぶないところでした》
[双子からの通信が届く。ああ……と俺は息を漏らした。]
[俺があやういとみて、双子が干渉したのだろう。秘密を聞き出すための身柄の確保だったはずが、どうやらその機会を逸してしまったようだ。
もっとも、ハックマン女史は捕まったとして、おとなしく秘密を吐くようなタマには到底見えなかったが。]
《助かったぜ。ありがとよ――》
[そう言う他なかった。示し合わせていたのとは違った段取りになってしまったがやむをえない。
俺は脱ぎ捨てたジャケットを羽織り、その場をあとにした――**]
――Mundane>/南部→中央部――
[いくつかのビルを渡りながら、ようやく肉眼でも対峙する二人の姿を捉えられるようになる頃。地図上、11の光点が消えていく。位置は南部。重なるように12の光点]
……おじさん。
11は誰だっけ。オードリー、かな。
[頭を振って、柱だけとなった*塔へと向かう*]
─ 現世<Mundane> / 中央部 ─
[レベッカの声に、精査の手を止め"塔"を見る]
──。
[遠目にも、"塔"の外郭が破壊され内核が露になっていることが確認できる]
あれは、お爺様を狙って?
[しばし茫然と、塔を見詰め][次の瞬間]
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