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[ナサニエルが煙草に火をつけ、煙を吐き出す。
風のおかげで煙直撃は免れたが、風と煙は混じって別のものを運んできた。
『ユーイン、煙草…吸ってるの…?』
二人の情事はいつもキスから始まった。
あの曖昧な記憶の翌日、ユーインのキスは煙草の匂いがした。そう、とてもきついメンソール。
ユーインは「今日だけ」と笑っていた。
あの匂い…ナサニエルが吸っていたものと同じだった。
─自分を知らないナサニエル─
─同じ煙草を吸っていた兄─
まさか──
思考が中断された。ナサニエルの声が耳に入ってきたから]
…兄、ですが。
ない…ないわ…どこなのよ…
[結局アルバムは探しても見つからなかった。ニーナが手に持っているからであろう。
ネリーは今度はその足でアンゼリカのほうへ向かいだした。]
[突如ドレスを抱き締めたヒューバートに驚く。
荒れたリビング。
車中での意味深な言い回し。]
──…あの…。
[僅かに逡巡したが]
シャーロットに、何か──、
[思い切って先を続けたソフィーの言葉を遮るように、
ヒューバートの口から驚くべき事実が伝えられた。]
なん──……、で…。
[口元を手で覆い、よろりと一歩後ろに下がった。]
[あまりに精神的に余裕がなかったのか、自分達が飼っている犬がすぐそこにいる事にも気がつかなかった。
ネリーはそのままアンゼリカへ向かい、やがて到着する。
ドアはCLOSEを指し示していた。]
こっちは開いていないのね…ローズさん、いるかしら…
[ドンドン、とドアをノックするネリー。]
―アンゼリカ―
誰かいそうな感じなんだけど…こんにちはー。誰かいませんかあ。 あれ、えっ…?
[力を少し込めると扉は開いた。なんて無防備なの…と思いつつも、ネリーはアンゼリカ酒場へ入った。]
すみません。どなたかいらっしゃらないでしょうか…?
[酒場には誰もいない。まさかローズマリーまでいないとは…
ネリーは階段を上がったり、少しカウンターの奥を覗いたりした。人の気配は全くしないでもないような…人が少し前までいた雰囲気が多分に残されていたが結局、おそらく誰もいないだろうと判断するに至った。]
[余りの事に二の句が継げず、
喘ぐように呟いた後黙り込んだ。
全身から音を立てて血の気が引いていくようだった。
愛らしく聡明なシャーロット。
ソフィーにとっても妹のような存在だった。
何故彼女がそんな目に遭わなくてはならないのか。]
誰が、そんな──……。
[知らず知らず、頬を涙が伝った。]
[ふと、酒場にソフィーを運んだときに、イアンの姿がなかったことを思い出す。]
そういえば、あの時……
イアンの姿を見なかったんだが――
イアンはどうしてる?
変わりないかい?
[結局ネリーは喉の乾きを潤すために、蒸留水を少しだけ失敬する。お金は後で置いておけばいいかな、と思う。]
ローズさん…どこへ行ったのかしら…
こんな状態でいない、と言うことはローズさん自身か、ローズさんのお知り合いに何かあって飛び出したとか…
[結局ローズは見つからず、全くの不首尾でアンゼリカを出てきたネリー。地下で蜜月があろうことは予想だにせず。]
私、最初の用事を済ませるために来たのに、こんな事になっちゃうなんてね。
[結局アルバムは見つからなさそうだ。]
兄………か。
[部屋の中に強い風が吹きこみ、ナサニエルの前髪と、だらしなく下ろしたシャツの裾を軽やかにはね上げる。]
そうか。あんたのこと知らなくてすまなかったなァ……。
[目を細めて、ナサニエルは紫煙を見つめる。先ほど見たあの幻覚は、今は見えない。]
………そうか。
道理でユーインに似て居ると思ったら、そういうことか。すまなかったな、見間違えたりして。
[この時程自分の脳を恨んだことはなかった。
自己防衛する為の忘却が心のわだかまりの為に今度は思い出させる。あぁ、得てして人間とは勝手な生き物だ。
あの日、自室に隠れていた俺は隣のユーインの部屋の音を聞いた。
笑い声、衣擦れの音、そして…いつも自分と兄の間にあるあの情事の水音。
誰かいる。両親ではない。誰かがユーインと居る。
そして俺は、薄明かりの指す部屋を見てしまっていた。
ナサニエルと兄の密会を──]
―自宅―
ただいま旦那様。あらゴライアスちゃん。旦那様はどこ?
[ネリーは今度こそ無事に帰宅した。だがボブの姿はどこにもない。ボブの愛用の靴がない事や動物が2〜3匹減っている事が気になる。]
出掛けてるのかしら…散歩かしら。
[ヒューバートの言葉にはっと顔を上げる。]
父は──…、…いいえ、父も…、
父も何処かへ消えてしまったんです……。
私が目を覚ました時にはもう、アンゼリカには…。
[ソフィーは震える声で事の顛末を話した。]
部屋やスタジオは散らかってないし…そのうち帰ってくるかな?
それにしても疲れた…あの2人は一体なんだったのかしら?
[ネリーはそのまま案山子が折れたような格好でベッドに前のめりに崩れた。]
なんだって!?
[ソフィーの言葉に、表情を変えた]
すぐ、探しに行こう。
君も心配だろう?
[ソフィーの肩に手を添える。衣装の代金に紙幣の入った封筒をソフィーに握らせた]
どこか心当たりはあるか?
[できるだけ早く出た方が、と来て早々ながら外へ出ようとする]
[衣装の報酬は抵抗せずに受け取った。
その後慌しく部屋を出ようとするヒューバートには、
蒼褪めた顔で、弱々しく首を振り]
それが、全く見当が……。
[申し訳なさそうに答えるが、
今は頭の中はシャーロットの事でいっぱいだった。]
それよりもシャーロットは……、
シャーロットは何処で刺されたんです?
その時その場所に居た人を調べれば、何か手懸りが──…。
[深い記憶の扉へ、頼んでもいないのに容赦なく鍵をつっこまれた。開けられた部屋はパンドラの箱のように様々なものを映し出す
揺れる蒼い髪、切なげに届くユーインの声。
体が硬直して動けなかった。
『愛してる。ハーヴだけ。だからハーヴも俺だけを…』
いつもいつも、行為を泣いて嫌がった俺の髪を優しく梳いては囁く声。
あぁ、兄さんがそう言うから、俺もずっと……!
水のグラスを持つ手は振るえ、中身は波立つ。
乾いた唇を潤すこともなく、一言だけ、呟いた]
ナサニエル…さん。
兄を…
[認めたくない事実。最後は空気のように「抱いたのですか?」と吐き出す。この問いは聞えたかどうかは*分からないが*]
シャーロットは……
[殺害状況を考えると、全く不可解だった。]
誰が手にかけたのかもわからないんだ。
私と――
[ハッとその時、口を噤む。]
おかしなことだと思わないで欲しいんだが――
その時シャーロットは少し情緒不安定になっていて……私と同じ寝室で寝ていたんだ。
ちょうどラング牧師の自宅が襲撃されたのを見たばかりだったものだから、用心もしたくてね。
[家族が同じ部屋で眠ること。子供が成長すれば、あまり多くあることではないが、それはさほど不自然なことではないはずだ――そう、その時はそう思っていたはずだった。
だが、安置所を訪れた後の私は今となっては罪の意識をのぼらせることなくそのことを思い浮かべることはできずにいた]
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