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うっ…うっ…
[唇を舐められて驚き、目を再び開くとリックが何かを手に持っている。視界が開いたかと思うとまた視界が閉じられる。最後にリックの満足げな顔だけがネリーの脳裏に焼きついた。]
[怪我をしたシャーロットの肩を、大丈夫だというように一度強く抱きしめる。]
あ、なんだ。そこだったのか。
ありがとう。
[シャーロットに礼を言い、パジャマを受け取るとハーヴェイを脱がせてゆく。マーティンが持ってきた濡れタオルで汗と埃をぬぐいながら。
しかし、その指先が背中に触れた瞬間、ハッと表情を強張らせた。
背中には彼の秀麗といっていい外見には似つかわしくない傷痕が残されていた。
その様は、シャーロットの目にも入っただろうか。
ふと気づくと、シャーロットもその場に居たことに気づき、「出ていなさい」と微かな赤面と咳払いと共に追い出した。]
ぃ、や…やめ……てぇ…あ、ぅ…!!
[現実を拒絶するように首を横へと打ち振るい、それでも下腹部の痛みは現実のもので涙しか零れず。
最低、とか放して、とかもうやめて、とかそんな言葉しか詣でてこないほどにその現実を精神は拒否していて。
けれど体のほうはどうかと言えば、生理現象としての潤いが発生していることは否めず]
ハハハハハ……体は正直ってヤツかな?
いつもムッツリしてるけど、なかなか好きそうじゃあない。
ムッツリはムッツリでも、ムッツリスケベってヤツか。
[この行為には、愛がない。一方的な蹂躙。
ニーナを使って、自慰行為を行っているようなもの。]
急いでるんだっけ?良かったな……クるぞ。
[車の中に出せば、ネリーが臭いに気付くかもしれない。
かといって、湧き上がる脈動は抑えきれない。
彼の頭の中には、そこに出す以外の選択肢はなかった。]
すまんね…中に出すよ。
[仰向けに寝かせたハーヴェイの上体をちょうど寝返りをうつような形に支えて、ヒューバートが背中を拭こうとするのを手伝った。シャーロットはハーヴェイの顔を向かい合う位置に立っていたが、ヒューバートの顔が一瞬曇ったことに驚き、咄嗟にハーヴェイの背中を覗き込んだ。]
──パパ、ハーヴの背中…。
[それ以上、なんと言って良いのか分からず。父親が傷跡について触れなかったので、促されるまま先に部屋を出た。
リビングへ戻った途端、シャーロットは*酷い疲労感に襲われた*。]
い…いや、やめて、それだけは、お願い、嫌ぁぁぁっ!!
[どれだけ体をずらそうとしたところで、男であり、ましてや筋力的に白人種より優れるらしい黒い肌持ち主であるボブの力になど抗えるはずもなく。
兄以外には許したこともない飛沫が中へとたたきつけられれば、愕然とした表情のまま、涙腺が壊れたかのように涙だけがとめどなく。
男はその表情を見て愉快そうに、さも気分が晴れたとばかりの表情を浮かべて剥ぎ取った下着を再び、わざとらしい恭しさを以って何もなかったかのように纏わせる]
[暗い地下室で下着姿で腕を上げて鎖に繋がれ、アイマスクを被せられたネリーは些細な空気の流れにも敏感になりつつあるだろうか。
その姿はまるであのアルバムに瓜二つであった。
真正面からネリーを見据えるリックの表情さえも、空気の振動で伝わってくるようだった。]
[とりあえず満足したらしい男は自分を車でブランダーの店まで送っていくと改めて金を突きつけてきたが、そんなものに元々興味はなかったし、今更ボブの顔を見ることすら嫌でそのまま無視をして店へと駆け込んで鍵をかける。
何らかの言葉を男はわめき散らしていたけれど、車はそのままどこかへと走り去ったようで。
ステラのカードが落ちていたことも、ネリーの服が落ちていたことも、双子たちの姿が見えないことも、全てを気にかけている余裕などなくて、そのまま居住部へと向かうとシャワールームに駆け込む。
服を捨てるように脱ぎ、冷たい水を頭の上からかぶっていれば足の間から伝う生暖かくて白いものの存在を認めて絶望へと叩き落された。
助けて、と声にならない声で泣きながらタイルの上へとしゃがみこむと、必死に中からボブの残滓を掻き出す作業を*始める*]
[ハーヴェイに何があったのか……。私の表情の曇りはシャーロットの目に入っていたのだろうか。
柔らかな瞳をかえす。そこに眠るだろう哀しみの記憶を掘り起こさぬよう埋め戻すかのように。]
[それにしても、あまりに色んな出来事のあった日だった。行方不明になったエリザのことを哀しむゆとりもない。
先程力づけるようにシャーロットを抱きしめた私だったが、身も心も重い憔悴感に包まれていた。]
ロティ……
[リビングにやはり倦怠に包まれたシャーロットの姿を見いだした時、その肩に手を携え共にソファーに沈み込んでいた。]
しばらく… しばらくこのままで……
[シャーロットを抱き寄せ、頭を肩にのせる。傾けた額が、彼女の頭に重なる。そっと髪を撫でながら、一時の安らぎを求め目を閉じた。]
[ヒューバートの額が触れる。父に寄り添いながら、唐突に思い出す。
──ボブ・ダンソック。
あれは、スクールバスの運転手と同じだ。
運転手と同じ──社会的に下層に位置する者の鬱屈。
母の言いつけだけでは無い。シャーロットがボブに「何かされてしまうのでは無いか」と恐怖を感じた理由は「それ」だった。
シャーロットがヘイヴン外の学校へ通う事を最終的に断念した理由に「バスの存在」があった。確かに、ヘイヴンと異なる場所へ馴染めなくてくじけそうではあったけれど、バスの存在が無ければ今頃はまだ……と思う。
運転手は二人いた。
最初の一人は、シャーロット一人になってしまう帰り道のバスの車内。ヘイヴン到着後、降車を促すために近寄って来たと思った運転手は、何の前触れも無くいきなりシャーロットの左胸をひねるように掴んだのだった。
シャーロットは思い出して無表情のまま瞬きをする。]
[最初、制服の内ポケットにサイフが入っているとでも思ったのかと考えた。見上げた運転手の目は死んだように濁っていて、シャーロットは恐怖を覚えた。車内には誰も居ない──、運転手を突き飛ばして降りた後、もしナイフで刺されていたら自分は死んでいた──と思い、無言で自らの肩を抱いた。
いきなり胸を掴まれる理由は、どう考えても何も浮かばなかった。恐怖を感じながらもそれでも学校へバスで通った。学校へ訴える事が出来たかもしれないが、報告する事で解雇されるであろうその運転手の報復が怖かった。彼の死んだような目、鬱屈してる者に恨まれる事が。
二人目運転手は、一人目と違いシャーロットに気安く話し掛けてきた。育ちの良い娘らしくシャーロットは用心しながらも何度が当たり障りの無い会話をしたはずだ。
ある日、やはり降車時。
運転手は「まだ処女なのか」「小遣いをやるから触らせてくれ」と言い始めた。「処女だ」と答えた時の男の表情よりも「金を渡せばどうにかなるように見えるのか」と思った屈辱感を覚えている。そして翌日の降車時何を思ったか運転手は、湿った妙な臭いのする液体のついた手でシャーロットの手を握ったのだから。]
[毎日送ると言い張る父親を母と共に説得し、ヘイヴンをルートに入れていなかったバスを、シャーロットの為だけに町役場の前に停車させる手続きを取ってもらった、その手間を知っていた所為で理由も無く「車で送って欲しい」と言い出す事が出来なかった。
「理由」を話す事はあり得なかった。
やはり報復も恐ろしく,父に心配を掛けるのも堪え難く、また母親に「自分が運転手を誘惑したのでは」と疑われ、軽蔑される可能性を強く考えた。
当時すでにヌードで父のモデルをする事のあった彼女を、咎めはしないものの時々そう言った目で母親が見ている事に気が付いて居たから。母を愛していたが故に嫌われたくは無かった。]
[シャーロットが「18歳」を想像しようとした時、肉体的に大人になっている事を想像出来ない理由は、また別にもあるが──。
言えない事で、元々ヘイヴン外へ出る為のステップとして、転校したにも関わらず学校へ通えなくなってしまった事が大きな原因である。学校を辞めた時の母や祖父の反応、戻ったヘイヴンの学校は平和だったが退屈で、またステラが純潔の大切さを説くたびに、運転手たちの欲望をひきつけた自分が穢れているように感じた。
何処へも行けない閉塞感。父親の元から自立する自分をイメージ出来ない苛立ち。]
──ニーナ、大丈夫かな。
[ぽつりと呟く。
災害と身近な者の死で歯車が狂い出したように感じる中、先刻のニーナの姿は<健常な日常>を示して居るように、*シャーロットには思えた*。]
─それより数時間前・アーヴァインの自宅(回想)─
[疲れ切った重い足取りでアーヴァインは自宅の玄関に向かう。
鍵を開けたところで、突然背後から肩を叩かれ、ギョッとして振り返る。そこには悪戯な笑みを浮かべるあの若者の姿があった。
驚きに飛び跳ねた心臓が、今度は違う高鳴りで激しく鼓動する。
期待しなかったと言えば嘘になる。が、これ程早く……。逸る心を抑えながら、アーヴァインは若者を家内へと誘った。]
[玄関に入ると、レインコートとあの特徴的な帽子を取り、若者は物珍しそうに室内を見回した。
特に大した家でもないのだが、とアーヴァインは思った。骨董品的な古さだけが価値の家だ。名士であるバンクロフト家には遠く及ばないが、古さと言う点でも広さと言う点でも申し分ない。しかし隆盛を極めていた大昔ならともかく、アーヴァイン一人だけの住まいには広過ぎた。
普段であれば客は広間に通す。ホームパーティーを開く時もそこで行う。続き部屋と二間開ければ、大人数も平気で入る。
しかし、アーヴァインは若者をそこではなく、2階のコレクションルームに直接案内することにした。
彼であればきっと理解し受け入れてくれるに違いない……あのようなキスの後に、こうして尋ねてきてくれた彼ならば。
何より彼はこの町の住民ではない。恐れる必要は無いのだ。]
[若者はアーヴァインに素直に随って、2階に上がった。
大きな期待と不安を胸に、アーヴァインはコレクションルームの鍵を開け、彼を中に導いた。]
[そこはエドワード王朝時代の家具が置かれた、趣味の良い小部屋……であった筈の部屋だった。
「だった」というのは、その部屋の壁面いっぱいに余すところ無く、額に入った写真が飾ってあったからだ。どれほどあるのか、数えるのも容易でない枚数である。
それらは全て、若い男性のヌード写真、なのだった。]
[入って右手の壁には、思い思いのポーズをとる、様々な扮装をしたモデルたち。
ギリシア神話のアポロを模しているのか、月桂冠を被って作り物の竪琴を抱えて夢想に耽る表情を見せるブロンドの青年。
長椅子に寝そべって、巨大な羽根扇で半身を隠す少年の目許はマスカラでくっきりと縁取られている。脚を包むストッキングは、白っぽいガーターベルトで吊られていた。
残りの壁面を覆っているのは、もっと露骨に扇情的な写真だった。
筋肉を隆起させて、雄の威容を見せ付ける逞しい青年。
いまだあどけなさの残る笑顔で、脚を大きく開いて、似つかわしくない長大さを誇る自らの性器に指を添えて見せる青年。
けだるげにうつ伏せた少年の、丸みを帯びた尻と滑らかな背中が描く優美な曲線。
こちら側に向けた尻を高く掲げて、小さな窄まりも含めた秘所を全て曝け出して、振り向く横顔。
それらは時に、顔が写らないように手で隠したり、撮影者から背けていたり、首から下だけを写していたりもした。
さらに、壁の一角には、クローズアップした性器や肛門だけの写真のコーナーもある。]
[それら壁面を覆い尽くす写真の全てが、見るもののエロティックな夢想を掻き立てるためだけに飾られていた。
これは彼、アーヴァインの、故郷ヘイヴンでは決して叶えることの出来ない性夢のコレクションなのだ。]
[アーヴァインは、見入ったように写真の群の前に無言で立ち尽くす若者の表情を窺った。怖れがアーヴァインの目に浮かんでいた。]
[だがその怖れは杞憂だったようだ。
アーヴァインに振り向いて破顔した若者は、「こういう写真が撮りたいのか?」と尋ねてきた。
虚を突かれると共に安堵したアーヴァインは、慌てて頷いた。
若者は、置かれた寝椅子の前に自分から立ち、丸めたレインコートを部屋の隅に投げると、カウボーイハットを被った。腰に手をあて、親しみの混じった淫猥な笑みをアーヴァインに向けた。
機材を用意するから、と言い置いて、急いで準備を始めた。
撮影が始まった。]
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