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[私は森の中を進んだ。
一歩間違えれば元の道を戻るのも困難だというのに、一心不乱に進んだ。まるで導かれるように。
やがて私は歩みを止めた。強い血生臭い匂いを感じると同時に、その発している場所が近いと思われたからだ。
この匂いはどこから来るのか。]
じゃなければいいのだけど…
[煙草を咥える。しかし火は使えず、ナサニエルは沈黙したままの白い筒を咥えているだけだ。]
ん。身体を洗いたいンならどうぞ。邪魔はしねぇし、襲いもしねぇよ。
[ギルバートが水辺で血を洗い流す姿を、ナサニエルはしばし注視する。流れ落ちる赤い雫が、ほんの一瞬だけ澱む。彫刻などという死んだ肉体の「迫力」とやらを鼻で笑い飛ばすような、野性的で雄々しきギルバートの筋肉の動きを、目を細めて見つめている。]
「ギルーーー………」
[遠くで、声がした。
先ほどまで抱いていた、少女の声が――]
ネ…リー………?
[ナサニエルは、無意識のうちに振り返った。]
[ハーヴェイの頭を拾い上げる。
目蓋を閉じさせて髪を整え、こびり付いた血の汚れを舐め取ってやると、ハーヴェイの顔は案外と安らかに見えた。
眠るように瞳を閉ざし、唇は溜息の形で微かに開いている。]
バンクロフト……と言うとヒューバート・バンクロフト……? あのヘンな、火星人がどうたら言った……。
[脳裏に先程ステラの家で出会った時の姿が閃く。]
……生首持って「埋めたいんで墓教えてくれ」って聞きに行けってか。アホか。
[ハーヴェイ(の頭)を抱き、ネリーが走ってくる方向を*見た。*]
ギル…それにナサニエルさん…っ!
あなたたちここで何を… !!!
[私は生まれて初めて目の当たりにした。人が人あらざる姿で──そこに抱えられていたのを。]
ハ、ハーヴェイ…!?
ぶっ………!
[口に咥えていた火の無い煙草を、勢いよく噴き出した。]
あっはっはっはっは!!
そいつァ傑作だな、ギルバート!!
逆に俺も見てみたくなんたよ、その光景を。
あっはっはっはっは!!
[地に落ちた煙草を拾うことも忘れて、ナサニエルは腹を抱えて笑っている。]
[周囲を赤いペンキで塗りたくった景色もそうだったが、ハーヴェイがこっちを向いて笑っているような気がした。なんて満足げな表情なのだろう、と。
忘れていた疲労も思い出し、私は膝や腰が*砕けそうになった*]
[煙草を拾い、ナサニエルは息を整える。]
ひィ……はは、は……
ああ、そう。それそれ。
ヒューバート・バンクロフト氏。
俺とは違って、超大金持ちで売れっ子の芸術家サンってヤツさ。
なァんかハーヴェイとは親しげだったし?まァ話聞けば分かるだろうってな。
[煙草についた泥を払い、ポケットにしまった。]
―安置所・内部―
[私自身も服を身に纏い、ようやく荒い息と亢奮が静まった頃。
シャーロットの横たわる台座の枕側の縁に、一つずつファロス―リモコン式のディルド――を並べていった。]
――――
Luther Lang
Rick Brander
Bob Dancsok
Irvine
Horace Wiseman
Owen Pengelly
Dusty Whatman
Baldwin Bancroft
Hubert Bancroft
Martin Gallacher
――
[ディルドの台座の裏側には金色でその名が刻印され、台座の目に付くところにはイニシャルだけが刻まれている。
死者に対しては半ば供養の気持ちで拵えたそれらは、冥界の闇の中で墓標のように――あるいは女神の神殿を囲繞する柱廊の周柱のように並び立っていた。]
ここに置いていく。
いずれ、ロティが家に帰る時に、一緒に持って帰るよ。
増えるかどうかは……わからないけど。
またなにか作ったら見せに来る。
[そう言い残すと、しばしの別れに口吻を交わす。
彼女を愛惜する唇は離れ際に下唇を含み、名残を残すように僅かに吸った。唾液が銀糸となって暗中に残像を引いた。
私はガラスの感触を踏みしめながら、ゆっくりと扉へ向かう。扉の前で、この場所を訪れた時にいつも感じる身を裂くような惜陰の思いを振り切り、やがて外へ滑るように出て行った]
―安置所・外―
[外に出ると、黒々とした木々の鬱然とした連なりの隙間から仄かに差す月明かりが目に入った。]
Il Mostro - 怪物 - ……
[呟きが漏れる。
わずかに首を擡げ、目を細めながら薄い光に躰を洗う。
未だ火照るように躰を包む淫欲の残滓が夜気に溶け、私の中の獣が静穏な眠りにつくのを待つ。]
身も魂も灼き尽くさずにはいられぬこの想いは――
――怪物のそれか――?
ロティ……
[鼓動が平常よりほんの僅かの高まりに落ち着いた頃、ひしひしと胸に迫るのはやり場のない哀しみだった]
――この想いはどこへも辿り着かないのではないか。
娘はやはり戻ってこないのではないか。
ただ、現実から目を背け、おぞましい獣欲のままに
娘を穢しているだけなのではないか。
たとえ戻ってきたとして――
シャーロットの私に向かう眼差しが
嫌悪で歪んでいたとしたら……
ああ……
[それだけは耐えられなかった。懊悩に髪を掻きむしりながら膝をつき、顔を覆った。]
――許してくれ
君なくしては生きてはいけない私を――
[誰の耳に届くこともない哀哭が、小さく漏れていた。
ボブ・ダンソックへの苛烈な瞋怒。
何者かの心臓を食したと思しきステラへの嫌悪。
だが、私自身も気がつけばいつしかおぞましい怪物に成り果ててしまった気がしてならなかった。]
[ややあって、感情の昂ぶりが治まった私は安置所の錠を下ろし、コードヴァンの靴底を穿って作った隠し場所に鍵を滑り込ませた。
安置所の扉が目に入る灌木の陰に隠れるように寝袋を敷くと、身を横たえる。
真夜中の墓所。そして、安置所。
おどろおどろしくも凄絶な古い記憶を嫌がおうにも思い出す。
あの時見た光景――]
ミッキー……
[鮮血を噴水のように迸らせる脂肪に鎧われたぶよぶよとした肉塊を――軽々と抱き上げていたのは――]
……ぁあ……ナッシュ……
教えて欲しいんだ……
あの時……
……俺た……ち……は……
[このような場所で眠りにつくなら、せめて悪夢は見ないように――
意識を別のものへと向ける努力も虚しく、私の意識は幽冥の奥底へと堕ちていった]
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