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君には悪いが、私は復讐を止めるつもりはない。
君は新たな主人を探すことになる。
いや――自由な生き方を選ぶのも選択だ。
いずれにせよ、少なくとも君には選択肢が残っていることは喜んでいい。
[やや荒ぶっていた声を整えた私はネリーを見下ろしながら冷厳な声で意志を伝えた。
彼女はボブの悪行を許容していたが、あまり共犯者とは思えなかった。許容しているということすらも許し難い気持ちはないではなかったが、私にはどうしても彼女をここで手にかける気持ちにはなれなかった。
彼女の両手両足を束縛していた戒めを解き直し、足の拘束は解いた。代わりに両腕を後ろ手に縛る。
彼女の私室を見つけると下着を探し、未だ赤みを帯びたままの臀部をこすらないように叮嚀に覆った。]
あ…はぅ…
[知らない人に犯される事は正直、何度かあった。それはノーマンの手引きによるもの、ノーマンの仕事上の仲間内、あるいは目隠しをされてスワッピングに連れて行かれた事があったからだ。
ネリーは脱力して力無く横向けに、床に身を任せている。]
申し訳ないが、事が済むまで君にはおとなしくしていてもらう。
しばらく黙っていてもらうことになる。
最後に、云っておきたいことがあるかい?
[目隠しをされたままの彼女の顔に、私は猿轡をかけようとしていた]
[顔も分からない男が上のほうで問いかけ…いや、何かを説いていた。しかし責め立てられた末に犯されて萎えた身体では一向に耳には入らなかった。
縛めに抵抗する力もなく、力無く息をするばかり。]
―ボブ邸・少し後―
[下着姿となり靴を履いていないネリーを抱き上げた。身を捩り逃れようとする彼女を物置に押し込める。]
できればすぐ開放できれば、と思うけどね。
それは、彼次第だ。
[そう云うと、扉を閉じた。ネリーの周囲は薄闇に包まれた]
ふ…んんっ!?
[下着と目隠し、猿轡に後ろ手に縛られただけの姿になったネリーは軽々と持ち上げられ、狭い空間に押し込められた。]
――――――
大音量で唸るカーラジオ。男は上機嫌で朝のハンティングの愉悦を反芻しながら、唄っている。隣の座席に置かれたケージを揺さぶると、中の愛犬も吠え声で唱和した。
不満はといえば、災害で足を運ぶことのできる町域が制限され、狩るべき獲物の数が減ったことだっただろうか。今日の獲物は随分小振りだったことを思い出す。車内には、返し忘れた“もの”があったが、大きな問題ではない。アーヴァインの屋敷も焼け落ちていたのだから。
ハピネス・ハンティング。愛犬との散歩。家には愛すべきネリーも待っている。
申し分のない一日の始まり。
愛する家族たちとの食事を楽しむために家に戻ってきた彼は、芝生の上に車を停めた。しかし、エンジンを止めるとなにかがいつもと違う。明確にそれがなにかはわからない。ただ、五感がピリピリと奇妙な気配を察し、肌が僅かに震えた。愛犬たちもケージの中でいつになく押し黙っている。彼にはそれらが気に入らなかった。幸福な一日の始まりであるはずなのに。
『ああ……』
自宅に足を踏み入れ、違和感の正体にはすぐに気がついた。音響セットのスイッチが入ったままだったのだろうか。それとも、ペットがスイッチをひっかけてしまったのだろうか。ステレオセットが大音量で音を奏でているのだ。
奥の部屋にある筈のそれが、腹に響く重低音で微かに玄関先のガラスをも震わせている。
「ネリー、なにしてんの。止めないとダメでしょ」
男は家族同然に可愛がっている使用人の姿を探す。
いつもなら、すぐ返ってくるはずの華やいだ声が今日は聞こえて来ない。
キッチンや居間、裏手を覗く。
彼女は自分の部屋に居るのだろうか? だが、そこにも見あたらない。
ひとまずステレオの電源を落とすべく、開けっ放しにされたスタジオのステレオセットに足が向かう。
――――
――――――
男が車から降り家に入ってすぐ。玄関から死角になる壁際から一つの影が車に向かう。
ブツッ。
破裂音に近い音と共に、アルファのタイヤからシューシューと空気が漏れ出す。
開いたままの窓から手が差し入れられ、車中に落ちていた小さな釦を拾う。指が座席の隅に転がっている小さな布地を広げ、それが何かを知る。
離れた手は、ゆっくりと力を込めて握りしめられる。
立ち上る感情を凝縮させるかのように。
――――
――――――
家の中。娘を探す男の眼差しが、ステレオに張られた一枚の紙に引きつけられる。
よい使用人だ。来客をもてなすすべを心得ている。
たっぷりと味わわせてもらった。
彼女はどこかって? 客間で待ってるよ。
男の血が瞬時に沸き立った。怒りに打ち震える彼の喉から咆哮が迸り出る。
扉を蹴破らんばかりの勢いで、客間に踏み込む。
異様なほどに静かなその部屋に、その娘の姿はない。
――否。半ば閉じられたクローゼットの扉の隙間から、ブルーのワンピースの裾がはみ出ていた。足下には、ほんのわずかに靴が覗いている。
「ネリー……」
厭な予感が男の心を侵食してゆく。震える手でゆっくりとクローゼットを開く。
――――
―ダンソック邸―
聞きたいことは、二つだ。
[私は冷徹な声を刃として彼につきつけていた。
ボブ・ダンソック
今から殺す、その男を前にして。
開け放たれたクローゼットの扉には、先程までネリーが着ていたブルーのワンピースがテープで留められている。足下には靴下を履かされ足らしく見せかけられた綿が突き出す靴が転がっていた。
クローゼットの向かいの洗面所に、私は身を滑り込ませていたのだ。]
なぜ、ニーナだ。彼女がお前に何をした?
そして、もう一つ。
それを行った時、お前の良心と羞恥心はどこにあった?
[――それとも、最初からないか? そんなものは、と私は射抜くほどの強い眼差しで彼の背中を睨みつけた。]
「ネリーは! ネリーはどこへやったんだぁあぁあ!!」
[ボブは問いかけには答えず、忿怒の形相で叫んでいた。
なぜ私がこんな目に、愛する家族が、ネリーがどうしてこんなことに、とボブは歯を軋ませながら怨嗟の言葉を吐いていた。]
答えろ!
[私は、彼の側頭部をナイフの柄で思い切り殴りつける。]
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