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[一度顔を離し、ふふん、というように唇を歪めた。
再度顔を近付け、今度は唇の間に舌を差し入れ、口腔内をまさぐるようにかき乱す。
ボタンが外れたところで、頭に回した手を外して肩を揺するようにして脱ぎ、床に落とした。]
[ボブがアクセルを踏むとまたネリーの背中が揺れる。
既に慣れきっていて、指摘するのも飽きたと言うべきなのか、ネリーはそれについてただ苦笑するのみだった。
しかしネリーに少し気になる事が。]
あら…旦那様? 香水か何か買ったんですか?
――町のどこか――
[どこからどう歩いたのか、憶えていない。
我に返った時には僕は豪雨の中、ずぶ濡れになって町のどこかを歩いていた。シャツもズボンも靴下も下着も、雨に打たれ全身がぐっしょりと濡れ、身体にへばりついていた。水を吸った生地が冷たく肌に纏わりつく気持ち悪さに全身を震わせる]
……ここ、どこだよ。
……なんで僕は、こんなところに……。
[滝のように降り注ぐ鈍色の雨水。目の前にレースのカーテンを
引かれたように視界はぼやけていた]
……なんだ、これ。山崩れか……?
――町のどこか――
[眼前には巨人が手押し車をひっくり返したような土と泥の山があった。へし折れた樹木の枝がところどころに突き出ている。足元を見つめてようやく、自分が今いるのは町の中心部へ向かう道路だったのだと確認した]
……ああ。ここ、町役場に続く道なのか。これじゃあ……
[戻れる場所はなくなっていた。
記憶がしだいに戻ってくる。
映像と音が僕の脳裏に甦ってくる。
艶かしい肌と肉の動き、嘲笑う声と哀願する声、肌から直に伝わってきた柔らかさと温もり。そうだ、あれから僕はずっと一人で、この雨の中を歩いて――]
――崩落した道――
[――そこまで思い出して僕は鈍い痛みに気づく。知らないうちに頬の内側をぎっと噛み締めていた。犬歯に破られた粘膜から血が零れ、唇の端からたらりと流れていく]
『……温かい』
[血の温度。身体の温度。顎へと伝っていくその熱はけれど、降りしきる雨に吸い取られてすぐに消えていった]
自宅近いですからここから歩いて帰ります。
結構先生の所お邪魔してたから、家も少し片付けないと。
先生の家に課題の模写おきっ放しなんで、またすぐお伺いしますけど。
で、この災害なんで…図々しく無理を承知でお願いしたいんですけど、2〜3日先生のとこにお邪魔させてもらっていいですか?
俺の家電気は通ってるんですけどやっぱり電話が駄目みたいで。
一人だと何かと怖いんですよね、こういう時。
――崩落した道――
[舌で口の内側と流れ出た血を舐め取る。鉄錆の味に混じって、どこか甘いような浮き立つような奇妙な感覚が僕の中に沸き起こってきた]
『……変な、味。血なのに。
自分で自分の身体から流させた血でしかないのに』
[ぼんやり考えながら崩れた山に近づいていくと、泥土に埋まった車が眼に入った。大破したフロントガラス、力なく項垂れた運転席の死者。彼の頭部は割れており、中には血と泥の色が入り混じっている様子が見えた]
無理もなにも、遠慮しないでくれ。
泊まってくれると、私もありがたいんだ。
娘一人だと、私が留守の時に心配だし。
[とは言っても、ハーヴは暴漢避けにはならなそうだなあとこっそり思ったのは顔には出さなかったが。]
いいから、乗った乗った。
うちに泊まるなら、着替えとか画材とか荷物もあるだろう?
車で運んだ方が早い。
ん……ああ…気のせいじゃあないの?
[あのときだ。あのとき以外、ネリーの知らない匂いが
移ることは考えられない。少々困った顔をして、
適当にはぐらかそうととした。]
ところでさ、今日はどこに行ってたの?
過保護な親みたいな質問で悪いけどさあ。
[何とかして話題を変えようとする。冷汗。]
――崩落した道――
……運、悪かったね。
[犠牲者にはもちろん見覚えはあった。たしかまだ独身で、犬を何匹か飼っている牧畜を営む男だった。けれど、それ以上の事は何も思考の上にはのぼってこなかった]
そ、か。
……じゃあ、戻るしか、ないのか。
[覗き込んでいた車を離れ、僕はピックアップの轍を辿ってもと来た道へ踵を返す。足元で、ガラスの破片がぱき、と割れた。雨音に紛れてその音は聞こえなかった。たった今目にした死体の様子が、僕に何の感慨ももたらさなかったのと同じように]
うーん…旦那様が気のせいと言うのなら、気のせいかしら…
[よもやここで情事が行われていた事は全く浮かばないネリー。
それよりも続けられた言葉に焦りの色が浮かんだ。主人同様、何とかして話題を変えようとするネリー。]
今日ですか?ウェンディが気になってちょっと見てきたんですけど…
リック達はいたんですけれどね。
[いざという時の為にノーマンという言葉を出すため、わざわざ『達』をつける。]
いいんですか?そんなにあっさり了解して。
俺いたらシャロ襲うかもしれませんよ?
[冗談まじりに]
ですけど…すみません、本当にご迷惑ばかり…。
ではお言葉に甘えて。画材は油絵具だけだからいいんですけど着替えがほしいんで少しだけ。
[主に下着類…とはいえなかったが恩師の優しい言葉に
──父親とはこういうものなのだろうか──
と暖かい感情がにじみ出てくる。
返事を返した顔はそれこそ母性本能を擽る様な、柔らかい笑顔だった]
ああ、ウェンディちゃんねえ。生きてた?
あの若造、いつか大切な人殺しちまうよ。
前の雇い主さんとこの、悪口言うの良くないだろうけどさ。
ろくでもねえよ。本当に。
[ウェンディの不安を煽るようなことを、
自分で言っておきながらリックへの批判を
軽い口調でネリーに語る。]
―――――ドクン。
[突如として与えられた痛みのせいか、口の中を探索するように撫で回すギルバートの舌の感触のせいか、或いは、唇に広がる己の血の臭いのせいか――ナサニエルは徐々に感覚が鋭敏になってゆくのを感じていた。己の器官や粘膜の感覚――視覚、嗅覚、触覚、味覚、聴覚――ありとあらゆる感覚が、ギルバートの舌、膚、仕草によって研ぎ澄まされてゆく。
先ほどまでの虚ろな表情を忘れ去ったかのように、ナサニエルは目を細めて全身の感覚を確かめる。]
ああ……すげぇや……
なんか……やばいモンが見える……
[いつもの「契約」相手との性行為とは明らかに異なる、脳裏に貼りついた極彩色のヴィジョン。ギルバートが脱いだシャツが落ちると、その微かな空気の流れが、ナサニエルの鼓膜をビリビリと刺激する。]
あ……い…い、ギ……ルバー…ト……
[かつて彼が接触した膚よりも、或いは身体に流し込んだクスリよりも鮮やかな――極上のトリップ。性的昂奮も、五感も、何もかも失わない麻薬の味――
その「極上の痺れ」を全身でするかのように、ナサニエルの性器は硬く、タイトフィットのズボンを突き破らんとする勢いで勃起している――*]
──車内──
[車内にひとり残ったシャーロットは待つ間、気になって車内に持ち込んでいた母の手帳をなにげなく開いた。そこには工場の記録や日々のスケジュールが記載されているのだろうとシャーロットは考えていた。
──今、開けたそのページに書かれていた内容は…]
[ネリーは膝のスカートを両手で強く握った。
ボブの言うことは正論である。もし水害がなければ、官公署へそのまま行けば事態は変わるかもしれない。だがそれが出来ないのがネリーの弱さだった。]
彼女は――わかりませんでした。行方不明になってるかもしれません。
彼も――いちど見ましたけど彼女を追って出ていきました。
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『死体ごっこ』で遊んだ短い時間、そう言えばミッシェルは熱を出し寝込んでいた。姉妹は全員性格も違っていたが三人平等に仲が良かった。子ども時代の思い出はレベッカのものの方が多いのが不思議だ。
ミッシェルは──不幸な事故で夭折してしまったけれど、事故の直前の彼女の相談が忘れられない。
「うちの子ども達──おかしいのかもしれない。」
「私の思い違いだと信じたい。けれど。けれど。」
「ニーナと………──嗚呼、あの二人は血の繋がった兄妹なのにどうして。」
両手を顔覆ったミッシェルの姿。
ミッシェルもあまり泣かないコだったのに。
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―酒場→ハヴ自宅―
そんな甲斐性、あったのかい?
[と笑う。ハーヴェイが乗り込むのに安心した笑顔で車を発車させた。
年若い友人の彼は、私にとって家族に近いものだっただろう。
ハーヴェイの自宅にはすぐに辿り着いた]
[ネリーの本心は、地下室で嬲られるのも大部分では望んではいない。
だが、あると言うのなら、それがネリーの弱さなのだろう。]
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