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[短くなった煙草を灰皿に押し付けて揉み消した。]
さてと。俺はローズのところに帰るよ。
一応「側に居る」と言った手前、責任があるしな。
[安楽椅子から立ち上がった。]
[至近距離からのヒューバートの声にハッとした。]
───…あ…。
い、え……いいえ…、何でも、ありません。
[搾り出した声は上擦ってはいなかっただろうか。
言い聞かせるようなヒューバートの言葉に]
はい……はい…。
すみません、もう大丈夫です……。
[やっとそれだけ言うと、屋敷に残る事を端的に告げた。]
[安楽椅子に座るギルバートの唇に自分の唇を寄せ、囁く。]
だからその時まで、俺を殺すなよ?……なんてな。
っと。
これ以上書斎に閉じこもってたら、ネリーに何と思われるか分かったモンじゃねぇな……。そろそろ出るか。
[ギルバートの黄金いろの目をもう一度だけ見つめ、その身を離そうとした。]
別に誰に何と思われても構わないけどな。俺は。
俺は、殺さないさ。アンタが秘密を守る限りはな。
アンタは生かしといた方が面白そうだし。
[食卓の奥から、車椅子の父の重々しい聲が響いた]
「ソフィー。案じることはない。
信じることだ。血の流れを。我々の血族を。
そして、飼い慣らすのだ。獣を。
我々の魂は、グレイプニル。ゲルギャの鎖縛。
お前は同胞なのだろう?」
[父は「正しい交わり、正しい血脈」と口にした。ソフィーの表情を伺うように]
秘密ねぇ……
せっかくお前から面白いネタが戴けたんだ。厳重に鍵を掛けて、しまい込むことにするさ。
[小さく笑うと、書斎の内鍵を開け、ドアノブに手を掛けた。]
[ギィィ…──。
車椅子を軋ませ。
老紳士が地鳴りのような低い声を発した。
ソフィーは錆付いた歯車のようなぎこちない動きで
部屋の奥を振り返り──]
血族……。
獣……。
同…胞……?
[正しい交わり。
正しい血脈。
狼つき──。]
[やがて綺麗に流し終わった身体をタオルで拭き、念のためにと香水を振り掛ける。薔薇の香りを基調にした柔らかい匂いを振り掛け、血腥さをわたしの中から完全に消去する]
さぁ、新しい門出を祝してお祝いしましょう?ローズ。
[下着を身に着けただけの姿で、わたしはワイングラスを用意し、テーブルに着く。
そして冷えたワインを注ぐ。空のグラスを彩る赤は、まるでローズの血液のようだと思った。
冷水から僅かに顔を覗かせた彼女の心臓を一欠けだけ削ぎ落とし、躊躇う事無く口に含んだ。そして何度も咀嚼を繰り返し、ワインで体内へと流し込んだ。
そうすることによって、彼女がわたしの中で永遠に息衝くような気がした。自分でも驚く位、わたしは彼女の事を愛していたようだ。]
[ギルバートと共に部屋を出る。
部屋の片隅にあった段ボールから、パスタと缶詰を取り出し、それを手にしたまま書斎の鍵を閉めた。]
[何かを啜る水音。
疵口を抉る舌先。
荒い息遣い。
そして、口元を紅く染めた父の───]
『────…嫌!!!』
[再び声にならない叫びを上げ。
脳裏に浮かんだビジョンを振り払い、食堂を飛び出した。]
ちょっとやりすぎてしまったかも。
ごめんなさい、ギルバートさんとお話しているのがあんまり長くてつい入れ込んじゃったのよ。
あんまり長すぎて、くんつほぐれつなのかもと思ってしまうぐらい。
[ネリーは苦笑した。]
―薄暗い路地―
ぅあぁあああぁあああ!!!!
ロティ!
ロティ!!!
[闇に沈む幽径で、仄かな燭明にうっすらと輪郭を照らし出された皓いおもてが目に入った刹那、私は半狂乱になって叫んでいた。
骸にまろぶように駈け寄ると、鮮血に染まる臓腑を体躯に押しこんでゆく。]
………んなこと、するかよ。
だいたい………
[ポケットからメンソールの煙草を取り出し、口に運ぶ。フィルターの先端がナサニエルの分厚い唇に触れ、彼は微かなざわめきを覚えた。]
『何故、俺はあいつに唇を寄せた?
そして……何故、あいつの唇に触れられなかった?』
ロティ、なぜ――
なぜ、こんなことに……
ぁあああぁあああァ!!
[このような無惨な姿に成り果てた娘を、どうすれば元に戻すことができるだろう。錯乱し、過負荷に痺れる脳髄は正しい答えを導かない。
ぶよぶよと指先から零れる臓物を漸く体内に押しこむとただ震える手でどうにか引き裂かれた胴体に蓋をしようと試みるばかりだった。カチカチと歯が鳴り、空いた右手で頬を撫でる。]
誰がこんな酷いことを……
うう……
ぅあぁ……
[視界が熱い雫で滲む。双眸から泪が零れ落ちた。]
[鮮明な光景が滲むと共に、奇妙な違和感に気づく。頬に触れた手は、断髪に触れていた。
ゆっくりと、髪を撫でる。
それは、長髪のシャーロットとは異なる手触りだった。]
…………?
[目を開ける。そこに横たわっているのは、シャーロットのままだ。眼窩の奥が痺れた。]
ああっ くそっ!
[目を閉じ、慎重にその貌に指先を這わせ、感触を確かめた。]
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