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…ぅ……
[時間の流れなど忘れたように眠っていた瞼が開く。
どれだけ時が経ったのかまるで分からないが、先程はソフィーだけだったのに反対隣に誰かいたような様子]
…俺…は……
[青い顔はやや血色を取り戻したか、前の座席にいるシャーロットがこちらを心配そうに見ている]
…大丈夫だよ、ありがとう。
先生は?
[シャロが指差す先はアンゼリカ]
……?
[わたしはいつも恐れていた。ローズへの密かなる思いから全ての破綻が起きることを。一度は捨てた表世界での平穏な日常。しかし運命の悪戯によってわたしは再びこの世界に足を踏み入れる事ができた。だから守り通したかった。胸に咲いた百合の如く芳香(かお)る恋情なんて踏みにじってでも。]
[しかしそれは先の契約時、ナサニエル自身に嗅ぎつけられ。そして今――ローズ本人にも暴かれてしまっていた。
でも良いと思った。何もかも投げ出してしまっても。それ程までにローズの誘惑はわたしを満たしてくれる。
ほら、いまだって…。
わたしの躰は彼女の指先によって溶かされる。]
ここじゃ…なに…?わたしもう…我慢できないの…。
ローズが欲しいの。だから頂戴?あなたの指を。わたしの中に――
[オクターブ高い上擦る声は、嬌態を滲ませる。我慢できなかった。中断される事も…ソフィーが寝ている二階へと移動する無駄な時間も、そして、彼女に聞かれてしまうかもしれない危惧も併せて。
しかしわたしは失念していた。ここは人の外来する酒場。いつ来訪者の訪れがあってもおかしくはない場所ということを]
[隣で眠るソフィーを起こさないように動く。
シャロには彼女を看ていてほしいと頼み、車の外へ。
そこにいたのは翡翠色の髪をした少女─]
ネリー…さん?なんでここに…?
[彼女とは初対面ではないはず。しかし送る視線は、見慣れている者を見るというには違和感のあるものだった]
あ、は、はい。
[と、口の動きだけでヒューバートに答える。ネリーの顔から無機物的なものが覗いたかもしれない。
ネリーは自動車とヒューバートの中間ぐらいのあたりで立っている。]
[ローズマリーはステラの手を取って地下のワインセラーへと導いていく。店内には誰の姿もなくなった]
[セラーの奥に扉があり、ローズマリーはその扉をあけた]
ふぅん………
ま、あんたからは、寂しさも感じなければ、俺に対して「何かの代理になって欲しい」というものもまるで感じねぇからなァ。……そういうモンを持ってる人間の目は、もっと必死だ。縋って来るあの目は、独特の恐ろしさがある。あんたとはまるで違うさ。
[カラカラと笑い声を上げて、男は笑う。]
………で?俺が欲しいって?
勿論、「そういう意味」だよなァ?今さら違うって言うとは思えねぇ。
[ナサニエルの分厚い唇が歪む。]
面白ぇ。
あんたのその申し出、のってやろうじゃねぇか。
ちぃとばかし変則的だが……「契約成立」、だな。
[紫煙を吐き出し、煙草の先を灰皿にぐっと押し当てる。
濃いブルーグリーンの瞳に、金色の光が一筋走った。]
ハーヴェイさん気がついたのねよかった。
私、ずっと雑貨店にいたのだけど、なかなか帰れなくて…
ヒューバートさんがきりのいい所まで送ってくれるって言うからね、つい。
[雑貨店の奥で何をされていたのかは伏せるネリー。]
―酒場―
[周囲をぐるりと一周して戻ってくると、店内には人の気配がない]
あれ……?
[二人はどこへ消えたのだろう。怪訝だったが、ソフィーを抱き上げると二人と鉢合わせしないよう気配を探りながら、二階へと上がってゆく]
[セラーの奥の扉には古いあまり広くない部屋があった。
中はベッドひとつだけで、しばらくぶりに開けたために、よどんだ空気の匂いがした]
[わたしはふいにローズに手を引かれ、着る物で胸元を隠しながら導かれるまま後を付いて行く。
案内された場所は地下。開け放たれた部屋からは湿気を含んだ埃の匂いが漂っている。]
ここは…?
[わたしはひんやりとした空気に身震いをしながら彼女に訊ねる。]
──ローズマリーの部屋──
[開け放たれた窓から弱い陽射しが差し込む。
雨上がりの湿った風を受け、カーテンがひらとはためいた。]
[其処に居る筈のイアンの姿は消え、
主を失った椅子だけが、直前まで人が居た事を示すように、
ゆらりゆらりと静かに揺れていた──。]
先生はソフィーさんを抱えていったわ。
ソフィーさん、ここで暮らしてるのかしら…あの雨の後だものね。帰れなくなっているかもしれないし。
[ネリーはアンゼリカの2階を見上げた。]
―酒場・玄関―
[ソフィーを抱いたままローズの部屋に入る。そこにイアンの姿があると思ったのだが、誰も居なかった。椅子が静かに揺れている]
あれ…… この部屋でいいのか?
[ソフィーをベッドに横たえ、どこかにイアンが居ないか二階をしばし探し求めた]
ここはね、ステラ、昔、アンゼリカおばさまが使っていた隠し部屋なの。
隱していたけれど、おばさまは自分の身体を売っていたのよ。
それに使っていたのがこの部屋なの。
今は誰も使っていないけれど…。
ここで「ダメです、はいさようなら」ってな具合であんたを追い出したら、俺は「天使」の称号を返上しなけりゃいけねぇだろ?……返却場所は天上だかゴミ箱だか、或いは図書館だから知らねぇけど。
[ククッ…とひとつ笑い、ベッドサイドにある小さな棚を親指で示す。]
あそこの棚にはコンドームもローションも入ってる。必要なら好きに使って構わねぇよ。
[おどけたような表情を浮かべる男に近付き、息がかかるほどの至近距離で黄金色の瞳を見つめる。]
[でも、そんなことはどうでもいいと言うように、ローズマリーはステラを引き寄せ、口づけをした]
ステラ、かわいいわ…。
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