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[日はもう少しで落ちる。道も明かりだけを頼りにするには心もとなくなっていた。危ないといわれた矢先にこんな一人歩きをしていてはまたヒューバートからお小言でも貰うだろう。まるで子供にいうように]
先生俺を何歳だと思ってるんだろうなぁ…。一応20歳過ぎてるんだけどどうしてあんな口煩いんだろ?
[彼の心配が実は嬉しいのかも知れないとはこの際認めない。
子供のように見られているのは少し悔しかったが]
…あれ?
[もう少しでバンクロフト邸。夜までに着いてよかった。
自宅についたような感じがしたのか、思わず鍵を取ろうと手をポケットに突っ込んでしまったが、手に何も触れない。
ナサニエルに向けて振るった自宅の鍵。それが見当たらなかった]
落としたかな?
[普段から人通りも少ない裏路地を来たが、もし誰かに鍵を拾われて万が一があっては困るしそも自分も家に帰れない。ヒューバート達に面倒をかけるわけにも行かずにため息を一つ]
探しにいくしかないか?
[折角ついたバンクロフト邸を目の前にしながら踵を返した]
ふむ。いい質問だ。そこが核心だからな。
[スッと目を細める。]
アンタが引いているのは人狼の血──アンタは人狼の子孫、
人狼の「血族」なのさ。
人狼の………「血族」。
[ギルバートの言葉を、反復することしかできずにいた。]
人…狼………?
何だ、それ……は……
お前は、いったい、何者だ?
そして、俺は……………
[思わず婦人へと訊くも、答える声はなく。
代わりにヒューバートが教えてくれた。
イアンとソフィアが何度かディナーに同席していた事。
娘を連れておいでと何度誘っても叶わなかった事、などを。]
そうだったんですか──。
[感慨深げに呟く。]
「君を招くのは骨が折れたが、漸く叶ったよ。」
[ヒューバートはそう言って片目を瞑ってみせた。]
[少し大儀そうな表情になり、灰皿を引き寄せ煙草の灰を落とす。]
何だと言われてもなぁ……。
人間よりも少しばかり身体が丈夫に出来てて死に難い。色んな感覚も優れてる。あと、寿命もいくらか長い。
そんな感じ?
[彼本人に関して言えばこれは決して真実とは言えなかったが、そこら辺はあえて黙っていた。]
身体が丈夫……
感覚が優れている……
寿命が延びる……
[ベッドから立ち上がり、フラリと一歩を差し出した。]
………それだけ、か?
それは人間が人間を超越することだ……決して「損失」ではない。もしそれだけなら、お前は「取り返しがつかない」と、俺に警告したりはしないはずだ。
他にも……「何か」あるはずだ。
いや、確かに俺はそれを今、実感している。
俺の身体が、何かに沸き立つ感覚が……お前を目の前にして、身体中の細胞が騒ぎ出す、不穏な感覚が………!
[首を切られたローズの息が絶えてしまうのには、然程時間は掛からなかった。
わたしは馬乗りになっていた身体から降り、最後の瞬間をただ静かに見守っていた。]
[ローズが死ぬ間際、脳裏に思い描いた人は果して誰だったのだろう。
最後の痙攣を見届けながら、きっとわたしではないだろうとおぼろげながら感じていた。シンシアがそうであったように。]
[わたしは修道女を宗教を捨てる直前に、当に今と同じように人を一人殺していた。いいえ、確実に殺したといえる人が一人であって、本当の所は良く解らない。
理由は今と全く同じだった。全てを許した相手に裏切られた。ただそれだけの、去れど赦すことの出来ない理由の為に。]
[人を殺したわたしは、逃げるように住処を後にした。警察沙汰にならなかったのはただ単にその直前に猟奇的とも思える事件が起きたばかりだったからだろう。運が良かったといえばそうかも知れない。でもあのタイミングは悪魔からの贈り物としか思えなかった。
その後わたしは感謝の気持ちを形に変えるべく悪魔にこの身を差し出した。罪を背負う事で自分を律したかったのかも知れない。今となっては随分無意味だと思うが。]
[注意深く地面を見つめ、鍵を探す。
人を殺そうとした鍵ではあったが無ければ家に入れず自分がのたれ死ぬ。直接的にも間接的にも凶器になるとはこれはまた面倒なことだ。
やや長い道をまた戻らなければならないのは面倒極まりなかったが、幸いにも暫く歩いた地点で薄暗い街頭の下、銀色の鍵を見つけることができた]
よかった、あった。
[拾い上げ、今度こそまたバンクロフト邸へ、と再び踵を返そうとした瞬間、自宅側の道から耳を劈くような─]
「きゃぁあああっ!誰か、誰かぁああ!!!」
[普段あまり人の声を聞かないこの路地、偶に聞くことがあるとすれば…。
予想はしたくなかった。しかし何故か足はその方向へ向かっていた]
─ナサニエル宅─
けっこー…汚れた服もあるわね。ナサニエルさんは無頓着なところがあると言うのかしら、生活感があってないような…それがナサニエルさんのいい所かしら?
[ネリーは勝手に電気洗濯機を使っていた。]
[ローズの返り血を浴びた左腕に住まう蛇は、久し振りの食事を充分堪能したかように目をぎらぎらと光らせ舌を動かしていた。
わたしはその姿に目を細めながら、事切れてしまったローズの體を引き摺り、目合わいあったひみつの部屋へと突き進んで遺体をベッドの上へと載せた。それはわたしからのせめてもの優しさだった。]
ごめんね、ローズ。あなたの身体の一部…貰っていくわ。
[そしてナイフを三度振りかざして胸元を切りつける。切り開いた膚に手を差し込み心臓らしき臓器を取り出すと、わたしはそれを丁寧に持参した布に包み籠に入れた。]
嗚呼、これであなたはわたしだけの物…。
[わたしはその籠を大事な物のように持ち上げ胸に抱いた。狂っていると言いたい人が居るなら言わせて置けばいい。これがわたしの最上級の愛し方。だれにも批難はさせないの。たとえそれがローズ本人であっても――]
[自分の知らない二人の時間が此処にある。
そう思うと少し寂しくもあるが、また嬉しくもあった。
アンゼリカで割れてしまったボトルの代わり。
そんな風にも感じられた。]
[バンクロフト家で過ごす夕飯のひと時は瞬く間に過ぎた。]
ふぅん。やっぱりアンタも気が付くか。そりゃそうだよ
な。
[立ち上がったナサニエルを見上げ、煙草をふかす。]
「血族」が人狼の血に目覚めると、それまで普通の人間と同じだった身体が、人狼のそれに作り変えられていく。
その変化は結構キツいもんだ。これまで無かったもんが付け加えられていくんだからな。凄い負担が掛かる。
それがアンタのぞわぞわの正体だ。
――――――
おばあさんに パンを届けに
女の子が森をゆく
狼つきが 化けてるとしらず
あつあつのパンと ミルクを抱えて
てくてくぽくぽく 歩き出す――
こんにちは パンとミルクを 持ってきた
よくきたね とだなの肉を お食べなさい
――おばあちゃんは 食べられた
――おばあちゃんは 食べられた
――――
――漸く叶ったよ。もっとも……
[できれば、もう少し静かな食事の方がよかっただろうけれどね、と唄っている祖母にチラリと視線を投げ、ソフィーに笑いかけた]
――――
さあおまえ 服をおぬぎと 狼つきは 言いました
脱いだらどこへ 置いたらいいの?
暖炉にくべて おしまいなさい
もうおまえには いらないからね
服をおぬぎ
服をおぬぎ
服をおぬぎ――
――
[祖母はフランスの狼童話を節をつけながら唄うように口にしていた。パンの皮を叮嚀に剥がすことに今は熱中しているようだ]
さぁ、欲しい物は手に入れたから長居は無用ね…。
あのギルバートという男が今帰ってきたりすると、色々面倒なことになりそうだから…早く出て行かないと。
[籠を大事そうに抱えたまま、わたしは地下室を後にする。途中赤ワインを一本だけ頂くと、それをローズが潰れないようにと気をつけながら籠に横たわらせる。
ラベルにはローズが生まれた年の年号が記入されていた。]
[そして店内へと足を踏み入れると、わたしは予め持参していた外套を羽織り返り血を浴びた服を隠して店を後にする。
その後自宅に着くまで誰にも会わずに済んだのは…意図的かそれとも奇跡だったのだろうか。]
――酒場 アンゼリカ→自宅へ――
で。エラく精神的に不安定になる。ちょっとしたことで怒りを抑えられなくなったり、短絡的に欲望や願望を満たそうとする。
酷い時には狂ってしまう……
[見上げた視線のまま、薄い笑いは消えない……]
[祖母は相変わらずだったが、来客を招いての食事は嬉しいものだった。そうでなければ、家族が二人も欠けた食卓は寂しすぎるものだっただろう。
父も、ソフィーに来てくれてありがとう、と礼を言っていた]
ソフィー、湯はいつでも出るようにしてあるから、バスルームはいつでも好きに使ってくれ。
なにか要りようなものがあったら、マーティンに。
もし、なにか異変があったら、私や側にいる誰でもいい、誰かを呼んで欲しい。
[そう言って、少しだけ片付けないといけないから、と一旦アトリエの方に向かいかける]
ああ、そうだ。ハーヴが戻ってきたら、よければ集まって色々話をしよう。
それにしても何をお話しているのかしら…
そんな仲、でもあるまいし。
私、何を言ってるんだろ。
「ネリーは両手をモップの柄に乗せて呟いた。」
そう、か………
[ぽつりと呟き、ナサニエルはギルバートの唇から煙る色の中で、思案する。]
いや………。
教えてくれて、ありがとう……。
なぁ、ギルバート………。
[目を閉じ、溜め息をひとつ。]
……………。
[何かを言い掛けて、止める。そして、代わりに或る質問を……]
また、お前に会えるか?
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