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[相当に離れた地点に来たところで、思い出したようにシャツの胸ポケットを探る。
中身があと2本しか残っていないマールボロのパックから一本を取り出すと、ステンレススチールのオイルライターで火を点けた。
一息吸って、肺に煙を溜める。
その横顔からは常に浮かんでいるような笑いが消え、何処となく物憂げな表情。
長いと息と共に、細く煙を吐き出した、丁度その時、]
[何処からか女の悲鳴が聞こえてきた。]
[腕を捩じ上げられ、そのまま目立たない所へ連れていかれそうになる。思わず買い物籠を手放してしまう。
そのまま全身で覆いかぶされそうになった。]
[悲鳴の源は結構近くだ。
小走りにそこへ向かって走っていくと、若い女性を引き摺るように連れていこうとする大男の姿があった。女性は懸命に抵抗しているようだが、力では叶うはずもない。]
[女性に覆い被さろうとしている大男の背後に忍び寄る。
女性を意のままに出来るという期待と、劣情を満たすことで頭が一杯の男には、その気配は感じ取れなかったらしい。
その分厚い肩に手をかけて、弾かれたように男が振り返った瞬間を見計らい、顎に一発強烈なパンチをお見舞いした。]
[ネリーにはその刹那に何が起こっているのか全く把握することが出来なかった。
欲望を受け入れてしまった時にどのように自らの痛みや屈辱を軽減させるかに意識を張り巡らせていたからだった。
思わず尻もちをついてしまった。何が起こっているのか上を見上げた。]
え・・・? あ・・・
[ネリーはあまりの展開の速さに我を失っている。]
顔を上げると端正そうな顔立ちの若い男性。屈強そうだ。へイヴンにはそうそういないと言ってもいいだろう。
尻もちをつき、少し衣服も乱れている姿はさながら子羊のようだった。
ネリーは脊髄反射とも言うべき言葉を目の前の男性に返した。]
だ、大丈夫です・・・
[「大丈夫」という女性の言葉にニヤリと笑い返す。]
なら良かった。
[背後では、大男が呻き声を上げながら、ふらふらと立ち上がろうとしていた。怒りで顔が真っ赤に紅潮している。]
は、はい。ありがとうございます。
はっ・・・うしろ!
[ネリーは左手を口にあて、右手で大男を指差した。若い男性の背後なので全ては見えないが、もしかしたら武器も持っているかもしれないと緊張した。]
[言葉にならない雄叫びを上げながら飛び掛ってくるのを、ほんの僅か体軸をずらし、側頭部に蹴りを入れる。
大男は白目を剥いて地面に倒れ伏した。今度こそ気絶したようだ。
そっちにはまるっきり見向きもせず、くるっと女性の方に向き直る。やはりニッコリと笑顔だ。]
どういたしまして。
[あっという間に伏せられる大男。ネリーは少しでも自分に腕力があればいいのに、と思った。
少し安堵し、男性のほうに向き直る。]
あ、ありがとうございます。なんとお礼を言ってよいやら。
[目の前でのびている大男を見下ろしながら言葉を発した。]
い、いえ! 全然知り合いなんかじゃありません。
買い物に行こうと思ったら突然前を塞がれて・・・
この街は普段はとても物静か、他の街に比べても静かだと思うのですが、なにぶんあの大きな災害があった後だから。
火事場のなんとかと言うのを仕事場にしている人が多いからじゃないでしょうか。
[確かに大男を見るのは初めてだった。
けれども。もしやすればネリー自身にそう言う・・・変質者を呼び寄せてしまう言うなればフェロモンのようなものを出しているからかもしれなかった。
それは正せばネリーがこの街の者だからか。]
ふうん…。
まあこの手のヤツってのは何処にでも居るんだろうから。
コイツが目を覚ます前に離れた方が良いね。目覚ましたら何すっか分からないし。
送ってくよ。
はい。ありがとうございます。
[ネリーは持ち前の笑顔を男性に向けた。]
あ、鞄・・・服も洗わないと。
[ネリーは手提げ袋を拾い上げ、少し泥で汚れた衣服を掃いながらこの場を離れる準備をした。]
[守るように女性の脇について、歩き出しかけて。
ふと思いついたように、立ち止まった。]
あ、それから。
煙草売ってるとこ知らない? もう切れそうなんで。
[少しおどけた身振りで、あと1本しか残っていないポケットの煙草を見せた。]
[名前もまだ知らない男性。肉体的にももちろん、精神的にも頑強さを感じられるが、それよりもその頑強さの裏打ちさか、男性の持っている由来の判らない自信。 それがネリーの直感に漠然と告げるような気がしてならなかった。]
煙草ですか? そうですね。どんな銘柄かはわかりませんが、一通り揃っているお店がありますよ。そこは、
[一瞬言葉が詰まりそうになったが続けた。]
煙草だけでなく何でも揃ってますね。評判のいいお店です。
[そこへ行くのは明らかに全身で拒否しているように見えた。何かあるのだろうか。できる事なら必要な時以外は行きたくない、という顔だ。]
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