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―安置所・その後―
[一度では到底昂ぶりを収めることができず、幾度目かの震えをシャーロットの中で感じた後。溢れ出していた淫欲の雫を清潔な布で拭い、それ以上零れ落ちて衣類を穢さぬよう陰部に小さな綿を差し入れた。
衣類を整え下着を元のようにつけさせると、ガラスの柩を元の位置に戻し彼女の身を横たえる。
一時の別れすらも身を切るように辛かったが、最後に口づけると身を引きはがすように離れた。
蓋はすぐに開くよう、ただ重ねておいた。
これ以上の未練があっては、ここから出ることはできない。
探るような足取りで、扉の方へと向かっていった]
―安置所前―
[どれほどの時間が経っていただろうか。闇に慣れた目に外は酷く眩しく、しばし手で目を遮りながら順応するのを待った。
大きな声でユージーンを呼ぶと、墓石の群れの中から身を擡げこちらに向かってくるのが目に入った。
彼が鍵をかけるのを確認すると*その場を後にした*]
──アーヴァイン自宅前(回想)──
「…オーライ、オーライ。よしそこだ。」
ゴワゴワとした癖のある色褪せた褐色の長髪、無精髭を生やし草臥れた男が腕を振り、トラックに向かって停車位置を示している。プーップーッと間抜けな音を鳴らしながらバックして来る車を運転しているのは、白髪まじりのガッチリした体格の男。二人ともいかにも肉体労働者らしい風体だ。
二人は、山崩れのこちら側に取り残された、ヘイヴン唯一の電気工事屋の親子だった。彼等の家は崩れた道の向う側にあった為、昼間は電線、電話線の復旧、壊れた水道管の交換作業をして働き、夜はアーヴァイン邸の隅っこに厄介になりながら、アーヴァインが「無線で確保した」と言っていた救援部隊の到着を待っていたのだった。
例のギルバートが放った小火を消し止めたのも、アーヴァインを尋ねて来た町民と仕事から戻った彼等だった。二階の窓からあがる火の手を発見したのは町民だったが、働いたのは主に彼等親子かもしれない。そして、今まさに彼等はアーヴァインの遺体を、アーヴァインの持ち物だったフォードのピックアップトラックに積み込み、墓守の手で安置所に放り込んでもらうべく、墓地へ向かわんとしている所だった。
…と語ると、彼等が随分と親切な人間の様に思える。が、実のところ彼等は、焼け爛れしかも何者かに食い荒らされた形跡のあるアーヴァインバラバラ全裸死体と同じ屋敷で、夜をすごしたくなかっただけだった。
「結局大した火事にならなくて良かったよ。だが、こりゃあ放火だぁな。なんだか、薄気味の悪りぃ…。」
「なんで放火だってわかるんだ?」
「お前も「あの部屋」の有様をその目玉で見たンだろう、馬鹿だなぁ…。」
「いや、焼け残った写真に気ィ取られて覚えちゃ居ねえよ。酷ぇ写真ばっかりだったじゃねえか。男のケツとか、肛門とか、×××とか。アーヴァインの旦那ァ、いい年こいて独身だと思ったら隠れホモ野郎だったとはなァ。」
無精髭の息子が乾いた笑い声を上げながら、積み終えた毛布で包んだアーヴァインの遺体を確認し、トラックの荷台の後ろを閉じた。ドアを開けトラックに乗り込んで来る息子の手には燃え残ったアーヴァインのコレクションの一部をポケットから出し、運転席の父親に好奇心丸出しの様子で見せつけるように、差し出す。父親は息子の頭の悪さに舌打ちをし、「捨てろ」と吐き捨てる様に言って、ハンドルを片手で回しながら火を付けたばかりの煙草を揉み消した。
「相変わらず頭の回転の鈍い野郎だ、てめえはよォ。アーヴァインさんの隠れた趣味なんざどうでもいい。それより、あの「牧師」がリンチにあって殺されたんだぜ。こっち側にアブねえヤツが居るって事は、俺たちも何時なにに巻き込まれるか分からねえってことだぜ。」
「…んん。マァ、救助が来れば終わりだろ。それよりさっさと糞ホモ野郎の遺体を運んじまおうぜ。あの立派な墓守様がどうにかしてくれるだろ。」
「それに俺はさっき見たんだよ。お前が小便のために車を降りてた間、金髪の小僧が同い年くらいの女のガキに軽々と持ち上げられて、連れ去られるのを。」
「アァ? 親父の方がラリってるんじゃねぇの。ンな事出来るわけねぇだろ。ヘッ!」
「ウルせえ、振り返ったあの女のガキの顔……異様だったんだぜ。」
あり得ねえよ、と言う息子の返答に、父親はハンドルを握ったまま窓の外に唾を吐き捨て、もう一度煙草に火を着けた。
「だからお前は頭が悪ィんだよ。」
頭が悪いと言われた息子は父親の言葉がわかったのかわからないのか、ガムをクチャクチャと噛みながら、ラジオのチューナーを合わせ鼻歌を歌い始めた。
…ike a virgin Touched for the very first time
Like a virgin When your heart beats Next to mine
アーヴァインの遺体を乗せたトラックは墓地へ*向かって行く*。
─回想・ナサニエルの家2階寝室─
[彼は一方的に「会話」を打ち切ると、万が一にも未熟な忌み子たちに洩れ聞こえないように念入りに自分の「声」を遮断した。
変化したての「先祖帰り」に、「口を閉ざした」自分の独り言が聞き取れるとは思えなかったが、用心するに越したことはない。]
[椅子を窓辺に置き、開いた窓からぼんやりと雨の止んだ空を見る。雲は多かったが明日には晴れるだろう。
この家の鏡台から失敬した、甘い匂いのするリトルシガーを咥え、火をつける。
勿論彼に紙巻煙草とリトルシガーの区別などついていない。大体喫煙習慣自体、ごく最近知り合った男からこのスタットソン──カウボーイハットと共に貰ったものなのだ。
そのまま吸い込んで……噎せた。]
……甘い。
[顔を顰める。]
[ナサニエルはまだベッドの上で眠っている。身体を丸めて横たわる彼の表情は、意外に安らかだったが、何となく普通の情事の余韻とは違うものに浸っているような気もしなくもない。
その上に屈み込み、汗で顔に張り付いた髪を指で梳き、少し開いた口の端に口接けた。]
[身支度はとうに終えている。テーブルから置いてあった帽子とレインコートを取ると、部屋を出た。]
[ローズマリーは慈しむようにステラを攻め立てた]
[彼女の奥の奥まで探り、引っ掻き、掻き混ぜ、こすりあげた]
気持ち良さそうね、ステラ。
[ローズマリーは片手でステラを嫐りながら、もう一方の手で自らの中心に刺激を与えていた]
―ナサニエル自宅・1階書斎―
[男は目を見開き、窓の外にいる青年を見つめている。]
まさか、ユーイン………
[彼が口にしたのは、かつての「契約」相手の名前。いや、だがおかしい。確か彼は3年前に自殺したはずだ――多分、3年前あたりに。ならば、昨晩からの幻覚が未だ残っているのかと思い、男は『今日は忙しいものだ』と思った。]
『いや………待て。待てよ。
もし目の前にいるのがユーインの幻覚なら、俺がひとりでこんなことヤッてんのを見て怯えたりするか?むしろ、弱み見つけたとか言って喜んだり、或いは自分がヤッてやるとか言って、俺の都合なんざお構いなしに部屋に入ってくるはずだ……』
[ましてや、この書斎にはユーインはおろか誰も招き入れたことがないからなぁ…と、余計なことまで頭を過ぎった男の口から、言葉が零れ落ちた。]
ユーイン………
…………………じゃ、ねぇよな?
─回想─
[この町にどれほどの「血族」が居たか定かではないが、彼らの上げる思念のノイズが消えゆく速度から、忌み子達が町にもたらした災禍の大きさが分かる。
たった一人の「先祖帰り」でも、備えのない人間が対峙すればその帰趨は明らかだ。]
『──見つけ出して、』
[「口」を閉ざしたのはこの決意を知られぬため。]
[目覚めた時、私はつめたい暗闇の中にいた。
此処が何処かはわからない。
遠くで五月蝿いほどに鐘が鳴る音、続いて悲鳴と火の付いたような赤児の泣声が聞こえた。
話し声が聞こえる。
聞き慣れた言葉では無い。
ふだん私が話すのとは違うイントネーションの英語。
車輪が軋む様な音。
私は何処にいるの? 夢を見ているの?
其処にだれか居ますか?
私は声を上げようとして口が聞けない事に気付く。
指の一本すら持ち上がらない。
私は恐慌状態に陥り叫び声をあげたい衝動に駆られる。]
[それからどれ程の時間が経過したのかは分からない。
私は夢を見ていたような気がする。
空高く舞い上がり、見慣れたヘイヴンの町を俯瞰するように望む夢。世界は夜だった。何故か町にはひとつのあかりもなかった。]
[空を舞っていて、其処がヘイヴンであると言うのは錯覚なのかもしれない。私が浮遊感を味わっているが故にそう感じているだけで、結局はずっと暗闇のままなのだ。
泣きたいと思ったが当然のように涙は出なかった。
そして私の意識は其処で途切れた。]
[ 「………………………。」 「 」 「 ……── 」]
[今度は、誰か低い声の男性が、囁くように祈る声で目が醒めた。]
[闇の中に青い燐光が浮かんでいる。
何か台座のようなもの。その上に黒く大きな塊があり、丸く小さな燐光は塊の上に漂っているのだ。光の向う側には、石造りの灰色掛かった壁面。
私はようやく、視界が出来た事に安堵する。]
[…此処は何処なのだろう。]
[…あの光はなあに?]
[その光のいろは青であるにも関わらず、何処か懐かしく温かい。
私は手を差し伸べようとして、黒い塊が台座に横たえられた良く見知った人の身体であると気が付いた。
──…ルーサーさん…牧師さま。
声をあげようとするけれど、やはり私の口はこわばったまま言の葉を紡ぐ事は無く。けれども、青い燐光は私に答えるようにユラユラと揺れ、 冷たい台座に横たわるルーサー・ラング牧師その人の身体を仄かに照らし出すのだった。
<ソサイエティ>
と言う聞き慣れない言葉が聞こえた気がした途端、私の視界はまた完全な闇に包まれた。]
[と。思いに耽った後、]
あ、こうやってふかすと意外と……
[大分吸うコツが分かってきたのか、紫煙をくゆらし、闇に沈んだ町を*歩き出した。*]
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