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[ぴちゃりと濡れた音は静かな通路に響き渡る。
開けっ放しの扉の奥は薄暗く。
そう広くない室内、奥の壁、戸口に立つ女の足元から伸びる影の下。]
――Died on Saturday
[乾いた唇が張り付いて、漏れる声は囁くように。
一層濃い死臭が室内から流れ出る。]
Buried on Sunday
[薄暗い部屋の中でもはっきりと分かる濡れた体。
池の端はその物体から始まっている。]
[それは不幸な事故だったのかもしれない。
傍に転がった船外作業用のマシンが同様の色に染まっている。
機械の暴走か、或いは意図的なトラブルか――]
君がやったの?
[自身がメンテナンスしていた機械だが、問うても返答などあるはずもなく。
少し悲しそうな目でそっと機械に触れる。
だが次に転がった物体に視線を落とした時には既に表情は無く。]
……まだ暖かい。
[指先についた血糊の生暖かな感触に僅か眉根を寄せ。
考えこむようにただソレを*見下ろしている。*]
〔職務柄、船内を歩き回ることは多くない。訪れたのは、船外射出ブースの片隅。隔離すべき廃棄物の処理や、死者を宇宙葬に附す為の小部屋へ続く隔壁〕
――置いてきたつもりだったが、
捨ててきた…のかもしれんな。
〔扉へは不器用に触れたのみ。感慨が倦怠感を連れて来そうになるのを嫌って、インカムのスイッチを入れる〕
…誰か見つけたか?
〔短い呼びかけは、『誰か』というワードから
全員への文字メッセージに置換されて伝えられ*〕
[眠る気にもなれず船内をふらついていたところハーヴェイからの通信。どちらにも否と返答して
端末を閉じる。
インカムを外す。
直接接触以外に術を持たなくなった体一つで]
船長――…逃げたのかしら。今更?ありえない。
[すぐに全身を包む空腹感に意識が行く。食料が尽きてからほぼずっと感じていたものだが、ふとした瞬間に気に掛かる]
ああお腹空いた――ロースカツが食べたい、な―。
……空腹は闇に似てる。
ううん、思考論理にも影響ありだわ。
おとといのレーションとっておけば良かった。
[ぐうっと伸びをして再び歩き出す。向かう先は*自室*]
[眠らぬまでも俯き目蓋を下ろしていたけれど、ハーヴェイからの通信にちらと端末を見て時間を確認し、部屋に戻って来る気配は未だ無い事を伝え]
もう――…
[遅い、寄り掛かる壁に頭を預けて船長の部屋の扉を見詰めながら、小さく呟く言の葉は誰に向けたものでもなく、通路にも殆ど響かず身じろぐ音に掻き消えた]
〔ラッセルとセシリアから入る返信はどちらも言葉少な。其々の名からさもありなんと納得はするも、最近オペレーターのセシリアとは直に顔を合わせていないことに思い至る〕
…声はよく耳にするんだがな。
〔低く呟いて、踏み出す歩を居住区画へと向ける。
途中、ギルバートからも通信があり――〕
真綿で首を締められるよう…とは
こんな状況を言うのかもしれん。
Nicholas Gilbert――
…何処で待っているのか知らんが、
身体はなるべく冷やさんようにしろ。
〔労わるともなく、インカム越しにギルバートへ告げる。戻り来るセシリアとは、彼女の自室前にて行き会うようで――〕
…入れるか?
〔視線で部屋の扉を示しながら*尋ねた*〕
―自室―
[部屋に戻り、座るわけでも横になるでもなく硝子板の向こうを見つめながらそちらへ向かい、壁に寄りかかりその闇をのぞき込むように見やる。
ハーヴェイから入った通信は聞いていたのにどこか聞いてないようで暫くそのままで居て、少しして思い出したように]
見てない……探してもいない。
[と返した。
元より指示待ちをあまりしないため――指示が来れば従うがわざわざ聞いたりはしない――に彼の中での船長とは接触のない船員と*変わらないようで*]
[――真綿で首を…]
[徐々に削られていく体力と精神力に、感じて居た事を言葉にされ、同意を示す如く――見えないとは判っているが――緩やかに瞬き]
闇の侵食は、止まらない。
[フルネームで名を呼ばれれば幾許かの間]
――…ハーヴェイ。
人間を人間足らしめるものは?
[忠告とは全く別の問い掛けをして、其れでも立ち上がりアーヴァインの部屋から毛布を拝借して、同じ場所に毛布を被って腰を下ろした]
闇か? …光のようなものだと思っていた。
〔望まぬものまで晒け出す残酷な光。名を呼ばれたギルバートが暫し黙るのに気が至れば、自分が彼をフルネームで呼ばわることも似たような意味を持つのかもしれないとも思え〕
――そうだな。…矛盾、いや…
〔模範解答を避け、無意識に問いかけに答えようとして打ち消す。これは自分の言葉ではない――先刻短い通信を交わしたナサニエルの顔が脳裏に浮かぶ。探してもいない、と言った悪友の台詞に此方は「だろうな」と答えたのだが――稀なことに、僅か声音に押し殺した笑みが混じり〕
――思い出、と言っておこう。
ヒトは過去のために費やす時間を持っている。
〔ギルバートの声に此方への反発が含まれなかったことから、冷えについて何らかの対策が取られるものと判断し…それ以上は言わず〕
[かつてヒトだったモノ――否、今もひょっとしたらまだ生きてるのかもしれない。
だが、身動ぎ一つせず、壁に凭れ掛かって俯くソレの生死を確かめる気もなく。
無言のままに部屋の明かりをつけると部屋が一瞬で朱に染まる。]
……。
[灯りにより陰影の生まれた顔は確かに船長と呼ばれていた男のもの。
他人の名を覚えようとしない彼女に名を呼ぶ術も無く。]
――……殺して、食べる?
[自問。
答えは――――]
末端は、同じ。
[自身の名に何を想うか言の葉に乗せる事は無く、けれどハーヴェイの紡ぐ答えを聴きながら、微か細められた紫苑の双眸は刹那伽羅色の煌きを零す]
其れなら――…
[含まれる微かな笑みの気配に静かに瞬く]
獣を獣足らしめるものは?
[相変わらず探し物をする様に、人工的な天井の照明を見詰め続けながらも、ゆっくりと首を傾けた]
[自室へ戻る途中、というか扉の手前でハーヴェイと行きあう]
ハーヴェイ、残っていたのね。
ギルバート…―――、――……。
[次いで視界に認識される褐色の髪の同僚。言葉をかけようとしたが逡巡に逡巡が重なり、何も言わないままとなった]
ハーヴェイ。お腹空いた――空かない?
[自己の状態を端的に述べ、且つ、問う]
もう、限界。体が重くて仕方ない。倦怠感。
ところで、船長は見つかったの?
……訊くだけ無駄か。その様子だとまだ、ね。
何処に居るんだろう……。
――欲と衝動が獣性を形作る。ヒトも獣だ。
お前は抗うか? 闇とやらに…自らの獣に。
〔先頃相手へ発した台詞を繰り返しながら、思うところを答える。ギルバートの視覚には届かずとも、背筋は伸ばされて〕
現在地は、Cecilia Vaughanの部屋前だ。
気付けが欲しいときには連絡しろ。
〔通路の分岐にてセシリアと落ち合うと、瞼で頷くという挨拶らしくない挨拶を。ギルバートへは手短に現況を伝え〕
…ああ、Nicholas Gilbertだ。伝言でも?
〔通信の相手を悟るらしきセシリアに片眉を上げて尋ね〕
[盗み聞きに関しては言及せず]
…そんな会話する人間なんて、ギルくらいしか居ない。
闇とか、獣とか、ヒトとか。
真面目に対応するハーヴェイも変ってる。
ナサもコーネルも同じ。変ってる。
伝言は――…自分で伝えるからいい。
[一度だけ首を振って辞退する。目を閉じながら眼鏡のブリッジを持ち上げ、すぐに瞼も持ち上げた]
ふらふらする――。何かいい方法は?
…胃痙攣を起こす一歩手前まではいったな。
〔空腹の申告を受けながら、セシリアの顔色や挙動を無遠慮に観察する。衰弱の度合いを推し量ってか、片手を差し出し――縋るかどうかは相手に任せる様子〕
――物資を抱えて立て篭もるような
人物でも…またそんな状況でもないからな。
探すにも却って厄介だ。
[――お前は抗うか?]
[ハーヴェイの問い掛けに薄い口唇は、余程注意して見ていなければ変化に気付かないくらいゆっくりと、両端が持ち上がり細い朧な三日月の如き笑みを引いていく]
如何、かな。
此処で未だ其れが必要なら――…
[探す、とは音にせず笑み浮かべる口唇だけが紡ぎ、ハーヴェイの状況に関しては了解を伝えるのみで、其処に居る同僚について触れる事は無く]
影響を及ぼし合うことを、望むが故だろう。
我ながら稀なことだが、あれはそういう気を起こさせる。
――影響と言えば、Cecilia Vaughan…
お前の声もそうだが。
〔伝言が不要とのことに頷いて、素っ気無く添える。〕
少し横になれ。
…電解質とビタミンくらいなら補給してやれる。
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