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[きっぱりと自分の中で断言できるものがある。どちらかでも見つかったらかなり危険だ。逃げ切る自信はない。
後ろを向かって走るだけでも感づかれてしまいそうだ。
ネリーは後ろを向かず、少しずつ距離を拡げ始めた。]
「リックと一緒に待っていたの。でもリックはね……」
[妖精じみた血塗れの少女は、壊れたラジオのように一方的にギルバートに向かってまくし立てた。
瞳孔の開いた赤い瞳に宿るは、まさしく血の陶酔と高揚。」
──そうか。すまなかったね、ウェンディ。
[彼は蜜のように甘い声で語り掛け、近付き……腰から抜き放ったナイフでウェンディに切りつけた。]
―安置所前―
[試みに、ユージーンにどれほど時間が経っていたか訊ねた。
ユージーンは、待つのは苦にはならないよ、と云った。ここでの仕事は楽しいからね、と。その口ぶりから、私が随分長い間彼を待たせたことが察せられた。
私は少々赤面しながら礼と詫びを告げ、心付けを渡した。
ユージーンの姿が遠ざかり、ロメッシュのシートに身を預けた。少しの間瞑目し、躰全体をいまだうっすらと帯びる熱が滑り落ちていくのを待つ。
だが、目を閉じれば、闇の中から甦ってくるのはシャーロットの蒼白く輝く絖肌と淫らにうねる柔肉の感触だった。意識を遠ざけようとするほどに、埋火が熱を帯び始めるのを感じる。
私は諦め、別のことに意識を向けようと上着のポケットから慎重に油粘土を取り出した。安置所に入る前、私の掌の中に包まれていたそれには安置所の鍵のかたちがくっきりと写し取られている。
直感像資質を持つ私は、鍵を凝視することさえできるならそのような方法に頼る必要などなかったのだが、念には念を入れたのだった。
油粘土を金属のケースに移し替え、イグニッション・キーを回した。]
[しかし、アクセルを踏みこもうとする私の足は固まったままだった。
そこから去ることができない。
シャーロットはいつも私のそばにいたのだ。
これからの毎日、彼女の温もりの感じられない家で眠りにつかなければならないことなど、想像もつかない。身を引き裂くほとの絶望が襲ってきた。
苦悶の呻きを上げ、ハンドルに額を押しつける。
私はほとんど叫び出しそうになっていた。
安置所から彼女を略奪し、そのままどこかへ走り去っていきたい衝動に駆られる。
どこへ? その自問に答えはない。
――何処へ――?
――――どこ……へ……… ]
――――――
「……パパ」
不意に幻聴が耳に響いた。
ハッとして隣を見る。助手席でシャーロットが微笑んでいる。
眩い陽光に肌は蜂蜜色に輝き、青味を帯び艶めく髪は風に流れそよいでいた。
眠りを誘うほどにゆったりとした白い波濤が、寄せては返しさざめく波音とともに優しく手を差し招いている。柔らかに頬を愛撫する海からの微風は、夏の息吹を含みながら潮の薫りを運ぶ。
――違う。
――これは、“今”ではない――
目を閉じ、あまりに鮮明な記憶が視界から消え去るのを待った。
――
―車中―
[私自身が自暴自棄になるわけにも、逃避に身を委ねるわけにもいかなかった。ただ一縷の希望があるならば。
やがて意を決し、アクセルを踏み込んだ。]
ロティ。いつか――
[そう願うしかなかった。]
[ナサニエルが回想に思考を傾けている最中。
こちらを見つめてくる目から顔をそらせない。
何故だろう、殆ど接点のない人だったのに。
どこかで、どこかで共に行動したことでもあっただろうか?]
………
[見られたことによる羞恥を少しも感じさせないその男に、無意識に足は近づいていく]
あぁん、ステラ、イク、いきそう!
そこ、もっと!
[ローズマリーは快楽を与える立場と与えられる立場とを自在に行き来し互いが頂点に達することができるよう、ステラを攻め立てた]
[甲高い絶叫が夜闇に響き渡った。
しかし、]
『浅い』
[彼はチッと舌打ちした。首を薙ぐ筈の刃は、ウェンディが腕で庇ったことで、彼女の前腕を切り飛ばすに留まっていた。]
[普段しない化粧をしたのは、病み上がりの顔色の悪さを誤魔化すためでもあったが、これから向かうバンクロフト家を礼節を持って訪れる場と感じている証拠でもあった。]
[イアンが頻繁に心を閉ざすようになってからは、店に立てぬ父の代わりに娘のソフィーが仕事を引き継ぐ事となったが、3年間彼に師事し仕立てを学んだとは言え、まだ若く、所々未熟さの残る彼女では、すぐに満足な収入が得られる程の注文をとる事は難しかった。
そのため、仕方なく近隣の少し大きな町からの下請けで糊口を凌いでいたが、そんな中、昔と変わらず店に通ってくれたのがバンクロフト家の当主ヒューバートだった。]
[何やら取っ組み合いになったように見える。
しかし遠すぎて趨勢は分からない。もし普段のネリーであれば止めに入っていたかもしれない。だが保身の直感がそれを許さなかった。]
ユーイン……ではないのだとしたら。
[近付いてくる人影から目を離さぬまま、男は書斎の窓を開け、人影に話しかける。]
………あんたは、誰だ?
[ぽた、ぽた、と。
実際そんな音は耳には届かないはずなのに、そんな不快な音が鼓膜を震わせ、そしてニーナ自身に恐怖を与える。
後ろへとおびえたようにずり下がったけれど、間もなく背中に当たる棚の硬さに眉をひそめ、そしてうめく]
何、で。
なんで、こんなところに、犬が。
[別に犬が苦手と言うわけではない。
しかし、犬の異様さは恐怖を与えるに十分な存在で]
[始めの内は複雑なデザインを避け、シンプルなスーツばかりを注文するなど、未熟なソフィーの成長を待つかのように根気強く付き合いを続けてくれ、時には芸術家としてアドバイスをくれさえした。
ソフィーが独学で婦人もののドレスデザインを始めると、娘のシャーロットを伴って店を訪れるようになった。
シャーロットは美しい容姿に見合った素直で人懐こい性格をしており、人見知りがちなソフィーともすぐに打ち解け、ソフィーは彼女からもまた、多くのインスピレーションを授かった。
結果、彼と彼の娘の存在は、金銭面のみならず精神両でも密かにソフィーを支えてくれる事となった。
恐らく彼がいなければ店と自宅を維持する事も難しかったであろうから、父子二人の面倒を見る言ってくれた叔父の申し出を断ってこの家に留まったソフィーは、ヒューバートには感謝してもしきれない恩を感じているのだった。]
[体内で蠢くローズの指先をきつくきつく咥えて。
わたしは恍惚の扉を押し広げる。
広がる眩しい光。その先に居るのは――]
あ…ローズ…わたし…もう…――
[指が甘く痺れる。流れ出る彼女の体液で蕩けてしまいそうに。お願い、達して?恍惚の海に二人で溺れましょうよ…
私の愛しい…――]
…ハーヴェイ。
…ハーヴェイ…ドナヒュー…。
[問いかけられれば答える。短く名だけを告げた。
苗字は聞こえたか聞こえなかったか、かすれたような小さい声。
最近の生活不安定さと疲労、そして今も殆ど眠っていない頭で、彼に近づくのが危険なのかどうなのか、まるで判断がつかない]
…ナサニエル、さんでしょう?
[念の為もう一度家中を見て回った後、サイドに編み込みのあるチョコレートブラウンのハーフブーツを履いて玄関を出る。
父が戻って来る可能性を考え、鍵は掛けないでおいた。
それから工房に入り、ハンガーからプレス済みの古典的なデザインのスーツとドレスを一着ずつ降ろすと、丁寧に畳んで、水を弾く大きなエナメルバッグに入れて、肩に担いだ。]
[じりじりと、まるでその犬は女を追い詰めることを楽しむかのようにゆっくりゆっくり、一歩ずつ間を縮める。
所詮は犬の一歩。
けれど、その小さな歩みはニーナの神経をじわじわと確かに蝕んでいた。
強姦されたあとのそのあしでは、逃げ切れないとそんな予感がしていた]
…いや、こないで…。
[別に犬は苦手と言うわけではなかった。
けれど、それが狂った犬であるなら話は別だった。
かたかたと歯の根が不協和音を奏でる。
やがて犬は涎をたらか裾の口元をニイと緩めれば間合いを一度につめようと四肢の回転数を一気に上げた]
いやぁぁぁぁ………っ!
[その悲鳴は、黒い肌の男に犯されたその瞬間に似て]
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