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[頭を少し傾け、少しの間を作る。
金の瞳は漂う紫煙の向こうに煌いている。]
──どう話したら良いのか。
めんどくさいんで、ズバリ結論から言うと、俺は人間じゃあない。
「黒ウシよりおっかないのは影のないおとこだよ。
気をおつけ。
さかさまのあべこべ。おまえのかがみ。
カゲをぬすまれないようにねぇ……」
[祖母の言葉は相変わらず意味がよくわからなかった。私は顔をしかめ、読み解くことを放棄した]
ねぇ、ローズ…良かったら――
[わたしはローズの肩越しにワインを選ぶ素振りをして彼女に近付き]
あなたが一本選んでくださらなぁい?
[持参した籠からナイフを取り出し、彼女の脇腹へと突き刺した]
──バンクロフト邸・食堂──
[捜索の為、ハイネックの白いニットキャミソールに細身のジーンズを合わせただけという動きやすさ重視の格好のまま、ヒューバートと共に食卓に囲んでいた。]
ついでに言えば、アンタは俺の同族の血を引いてる。
アンタの持ってるその…幻視の力?は、その先祖の力を受け継いだもんだな。
部分的に、だけどな。
[煙草を指の間に手挟み、軽く振って見せた。]
―母屋・食堂―
[私は向かいのソフィーに微笑みかけた。]
すまないね。グランマは時々、意味のわからないことを言うんだ。
[そう言ったそばにだ。
ソフィーの方を向いた祖母は、ソフィア、もっとお食べと微笑みかける。彼女の母の事故死という不幸の記憶に突如触れ、一瞬ドキリとしたが、祖母の子供のような表情を見ていると咎めようもなかった。
私は、呆れて溜息をついた]
[ディナーの前に松笠を振って祈る車椅子の紳士。
子供のように目を輝かせて歌を口遊む老婦人。
初めて招かれたバンクロフト家のディナー。
奇妙な光景だが、不思議と温かさを感じた。
或いはそれは懐かしさだったのかもしれないが。]
いいえ、愉快なお婆様ですね。
[パンで遊ぶ老婦人の姿に目を細め。]
[母の名で呼び掛けられれば一時ナイフを繰る手が止まるが]
…母を、ご存知なのですか?
[然程動じた様子もなく、柔らかな声音で話しかける。]
それで、俺のシゴトのひとつが、アンタみたいな同族の子孫のところを回って、その血を目覚めさせることだ。
さっき俺がそういう力を持ってると話したな?
俺がこの町に来た理由がそれだ。
先祖の………力。
血を、目覚めさせる……
いったい、何のために……?
[揺れる紫煙を、ぼんやりと瞳孔を開いて見つめている。]
………いや。
目覚めさせる「血」とは……何だ?
[非力な女の腕で、簡単にローズを殺せるとは思っては居なかった。だからわたしは気休めにでもとナイフに煙草を煮出した液体を予め塗布しておいた。ニコチンは毒性が強いと教えてくれたのは、さぁ誰だったか…。]
「ス…テ…ラ?」
[驚いたように目を見開きながら振り返るローズの足を払い、彼女の体を床に倒す。傾き掛けた身体から素早くナイフを抜き取り馬乗りになると、再びわたしは彼女の首許へとナイフを宛て――]
ごめんなさいね。わたし、躰を許した相手の裏切りは…どうしても許せない性質なの。だから、ギルバートさんに抱かれる夢は、天国で見て頂戴?
それとも…これからは男は捨ててわたしだけ愛してくれるって誓ってくれる?
[くすり くすり――]
[笑みが自然と零れる。わたしはローズの怯えと懇願で歪む表情を味わい深く見下ろしていた。さぁ、あなたから命乞いの言葉は聞けるのかしら?]
「あ…ステラ…おねがい…助けて…?わたし達…昨日はあんなに…」
[刺された痛みかそれとも僅かに流し込んだ異物の苦しみか。綺麗なローズの顔は今は醜く歪み、艶めいていた唇はすっかり青褪めてしまっている。]
ん…そうね。昨日わたし達はここでお互いを求め合った。でもわたし、あなたの口から聞いていないの。
「わたしを愛し続けるわ」って言う言葉を。
だから…ねぇ?誓って?その麗しの唇が…
[命乞いをするローズの手が、わたしの背中を撫ぜた。入墨に唇を寄せたときのように優しく。
でもそんな優しさ、今は欲しく無いの。]
事切れてしまう前に――
[わたしは彼女の最後の言葉を聞くその前に、首筋に当てたナイフを力いっぱい振り下ろした。
瞬間、鮮血は綺麗な飛沫になって周囲の壁を彩っていた。]
[日はもう少しで落ちる。道も明かりだけを頼りにするには心もとなくなっていた。危ないといわれた矢先にこんな一人歩きをしていてはまたヒューバートからお小言でも貰うだろう。まるで子供にいうように]
先生俺を何歳だと思ってるんだろうなぁ…。一応20歳過ぎてるんだけどどうしてあんな口煩いんだろ?
[彼の心配が実は嬉しいのかも知れないとはこの際認めない。
子供のように見られているのは少し悔しかったが]
…あれ?
[もう少しでバンクロフト邸。夜までに着いてよかった。
自宅についたような感じがしたのか、思わず鍵を取ろうと手をポケットに突っ込んでしまったが、手に何も触れない。
ナサニエルに向けて振るった自宅の鍵。それが見当たらなかった]
落としたかな?
[普段から人通りも少ない裏路地を来たが、もし誰かに鍵を拾われて万が一があっては困るしそも自分も家に帰れない。ヒューバート達に面倒をかけるわけにも行かずにため息を一つ]
探しにいくしかないか?
[折角ついたバンクロフト邸を目の前にしながら踵を返した]
ふむ。いい質問だ。そこが核心だからな。
[スッと目を細める。]
アンタが引いているのは人狼の血──アンタは人狼の子孫、
人狼の「血族」なのさ。
人狼の………「血族」。
[ギルバートの言葉を、反復することしかできずにいた。]
人…狼………?
何だ、それ……は……
お前は、いったい、何者だ?
そして、俺は……………
[思わず婦人へと訊くも、答える声はなく。
代わりにヒューバートが教えてくれた。
イアンとソフィアが何度かディナーに同席していた事。
娘を連れておいでと何度誘っても叶わなかった事、などを。]
そうだったんですか──。
[感慨深げに呟く。]
「君を招くのは骨が折れたが、漸く叶ったよ。」
[ヒューバートはそう言って片目を瞑ってみせた。]
[少し大儀そうな表情になり、灰皿を引き寄せ煙草の灰を落とす。]
何だと言われてもなぁ……。
人間よりも少しばかり身体が丈夫に出来てて死に難い。色んな感覚も優れてる。あと、寿命もいくらか長い。
そんな感じ?
[彼本人に関して言えばこれは決して真実とは言えなかったが、そこら辺はあえて黙っていた。]
身体が丈夫……
感覚が優れている……
寿命が延びる……
[ベッドから立ち上がり、フラリと一歩を差し出した。]
………それだけ、か?
それは人間が人間を超越することだ……決して「損失」ではない。もしそれだけなら、お前は「取り返しがつかない」と、俺に警告したりはしないはずだ。
他にも……「何か」あるはずだ。
いや、確かに俺はそれを今、実感している。
俺の身体が、何かに沸き立つ感覚が……お前を目の前にして、身体中の細胞が騒ぎ出す、不穏な感覚が………!
[首を切られたローズの息が絶えてしまうのには、然程時間は掛からなかった。
わたしは馬乗りになっていた身体から降り、最後の瞬間をただ静かに見守っていた。]
[ローズが死ぬ間際、脳裏に思い描いた人は果して誰だったのだろう。
最後の痙攣を見届けながら、きっとわたしではないだろうとおぼろげながら感じていた。シンシアがそうであったように。]
[わたしは修道女を宗教を捨てる直前に、当に今と同じように人を一人殺していた。いいえ、確実に殺したといえる人が一人であって、本当の所は良く解らない。
理由は今と全く同じだった。全てを許した相手に裏切られた。ただそれだけの、去れど赦すことの出来ない理由の為に。]
[人を殺したわたしは、逃げるように住処を後にした。警察沙汰にならなかったのはただ単にその直前に猟奇的とも思える事件が起きたばかりだったからだろう。運が良かったといえばそうかも知れない。でもあのタイミングは悪魔からの贈り物としか思えなかった。
その後わたしは感謝の気持ちを形に変えるべく悪魔にこの身を差し出した。罪を背負う事で自分を律したかったのかも知れない。今となっては随分無意味だと思うが。]
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