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[勢い良く身を離せば悪鬼の形相でか細い腕を思い切り振り払い]
何故、そんな嘘を吐くの?
そんなに逃げ出したい?
そんなに俺が嫌い?
こんなに愛しているのに?
[胸倉を掴みぎりぎりと締め上げて]
…嗚呼…セシリア…セシリア。
愛してるんだ…如何して…
[くたりとした肢体を抱き締めて震え愛の言葉を繰り返すばかり]
[重く暗く血の通わない侭に今生へと喚び戻された亡骸の如き所作で僅かに身動ぎ、其の肢体の自由を認識するにも数秒を要し、ゆっくりと開かれる瞳からは眠っている間に目蓋の裏に溜まっていたのかはらはらと涙が零れ、柔らかで清潔なソファへと染みを作る]
………?
[頬を濡らす温かな雫すら気にも留めず、緩慢な動作で痣や注射痕だらけの細い腕をベットにつけば、微かな重みにすら従順に沈み込むスプリングによろめき、紫水晶の瞳は初めて周囲の様子を伺えば、少女の姿を見止め開かぬ右目すら瞬いて、ぐるり周囲を見回し頭を抱え込む]
[頭を抱え込んだ侭に何を見る訳でも探す訳でも無くゆらゆらと視線は虚ろに彷徨い、頭の片隅だけは幾らか冷静さを取り戻したのか、重たげに身を引き摺る様にソファから立ち上がりのろのろと扉へ歩み寄れば、恐る恐ると言った様子で震える指先が一瞬だけドアノブに触れ、顔をあげれば正面の重厚な木製の扉を見詰め]
………
[視線はゆっくりとドアノブへと戻る]
[さしたる抵抗も無く開く扉に驚愕とも感激ともつかぬ表情で、ドアノブは力の抜けた手から離れても開いた侭に、隙間から見える廊下を覗いて逡巡の後に部屋を出る]
………
[広間へと降り立てば見覚えのある昨夜の男を見詰め、微か身を竦ませ浮かぶ表情は怯えだろうか]
「昨日は、ごめんなさい」
[ゆっくりと唇が謝罪の言葉を紡ぎ腫れた顔を隠すように俯きがちに背けるも、前置きも何も無ければ其の意味も通じないだろうかと思い至り、再び顔を上げて前髪の奥から紫水晶の瞳は男を見詰め]
「怖く、無い」
[紡ぐ言の葉が届いているのかも判らない侭に自身を次いで男を指差して]
「私は、貴方を、傷つけない」
[一言一言、出来るだけ読み取り易いように紡いで、男の視界から隠す様に腫れ上がった顔を背けるも、目の前の男を怯えた気配は解けず横目で男の様子を伺い]
[壁に背をつけて、僅かについた口の周りの果汁を舌で拭う頃には、彼の食事は終わったらしい]
…うまかったな。
これほどなら、もうニ、三もらってきても良かった。
[食べた事がないほどの甘さで口内に広がってすっきりと消えていった上等な味を反芻しながら、手元に残った果物ナイフを見る]
………。
[逡巡とも呼べぬほど短い時間それを見つめ、覆いに刃を納めた後は、するりとそれを自分のポケットの中へ差し入れた]
[ぼんやりとしていたつもりはなく、それでも暫くの間刃を見つめ続けていたろうか?
気がつけば目の前に、見たことのない女が増えていた]
おまえ…は、
[――昨日は、ごめんなさい]
何?
[現れたかと思えば突然謝罪の言葉をかける奇妙な女に、やはり警戒の色は隠せない。
――怖く、無い
――私は、貴方を、傷つけない
しかし続いた言葉が耳に届くと、...の目は軽く見開かれる。
傷だらけの体、腫れ上がった顔を隠す髪の向こう側の紫色した瞳]
ああ…そうか。…どうやら化け物じゃなかったらしい。
人間の言葉、わかるんだな。
[いくらか落ち着きを取り戻し、冗談めかして小さく笑う]
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