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―現世<Mundane> / 火星・ドーム―
[チカリと何かが明滅したよう。]
[料理する手を止め、レベッカは意識を其方に向ける。]
[一通のメールの表示。後ろを振り返った。]
坊ちゃんへの手紙のようです。
危険なものはありませんが、わたくしが開封いたしましょうか?
それとも――
――差出人。先日の抽選所ですね。
あらあら、坊ちゃま、手紙は逃げませんよ
[言うなり、レベッカの元から、白い視覚効果を持った開封していないメールが奪われる。]
[それについて文句一つ言うことなく、彼女は笑って、少年の行動を*待った。*]
―― 電脳世界<Utopia>/Public・MMO ――
[黒とキマイラが現れたのはゲーム空間の一つ]
[極彩色のテクスチャが貼られたモンスターが行き交う世界]
[黒目ばかりの瞳孔が開く]
目ボシイ物ハ、増エテイナイナ。
[キマイラに跨る姿も、その世界では仮初めの一部]
[テクスチャが張り替え、データの数値を組み替えただけの変化]
[魔窟に溜め込まれたデータに加えるに値しない]
Underガ一番ダナ。行ケ。
[キュルリと瞳孔を絞り、キマイラの首を叩く]
[黒の手に伝わる数値を触感に置き換えれば、しなやかが近い]
[幾つものデータから、黒の召喚を介し生まれ出でる魔獣]
[だがそれはより本物であるコトを目指し続ける、偽りの獣]
「おい何だあれ! レアか?」
「わっかんねーよ」
「んなもん殺りゃわかんだろ」
[動き出した魔獣を見つけ、数人のチームが襲い掛かる]
[キマイラの背に乗る黒が人間だろうと構いはしない]
[Underにある死を遊ぶゲームより手軽な鬱憤晴らし]
人間ハ狩リノ対象デハナイガ、
[キマイラが大きな顎を開ける]
鋭いライオンの牙の奥、吐き出された火炎がチームを包む]
狩ルナト命令ヲ受ケテイナイ。
[火花の如くきらきらと無数のクラスタが散り―――灰燼に帰す]
[黒の唇が薄く開き、漆赤の裂け目が笑みを象った]
―― 現実世界<Mundane>/
東部・カテドラル・オメガ<Catedral Ω> ――
[古びた、緑とも黄色ともつかぬ色合いをしたパイプが一斉に音を鳴らす。
振り上げるタクトは銀色。
疾る瞬間、堂内に音が響いた――そして、電脳世界にも。
Programされた舞台のトレース。
見下ろす眸は切れ長。
目尻に向かい、やや吊りあがる。
俯き加減、影となる相貌。陰影の中、世を嘲ったが如くに双眸が細められ、笑みを――音楽に身を浸らせ一体となった愉悦を浮かべていた。]
ロクニ残滓モ残ラナイカ。
ヨリ深ク調ベルホドデハナイナ。
[魔法陣の刻まれた舌に走る煌めき]
[それは0と1で描かれた陣を巡る事なく消えた]
[岩窟をモチーフにした、巨大なる大聖堂。
薄暗く、琥珀色の太陽光。
生まれる音楽は透明度を増し、堂内を電脳デバイスで透かし見れば、冷たい雨が降り注ぐ。
綺羅綺羅と宝石のように。
ガァネット、アメジスト、サファイア、トパーズ、猫目石のように一筋の中色合いを変える雨も在る。
全ては幻想。
光の魔術でもなく、唯、視覚素子を楽しませるだけの仕掛け<PGM>に過ぎない。
神を讃える曲は、
様々に謳い狂うAI達の美しさは、
確かであれど。]
[完全破壊されたゲームキャラデータにアラームが鳴る]
アレハ、モウイラナイ。行ケ。
[集まってくるセキュリティポリスを振り切りキマイラが駆ける]
[余波で崩れているクラスタへと]
[曲ごとに代わりゆく場景。
夢のような景色。
黄金の飛沫を跳ねさせて駿馬一頭。
多重聖歌を奏でる神の座に居ます歌謳いはKether's Angel。
清い乙女は紅いカミ。
完璧たる容姿を保ち、妊婦が如く膝を折り水辺で遊ぶ。
黒きカミ湛えた女は嘗て在りし日の聖母。
讃えられ、生まれいずる神の名は。]
[残されたセキュリティポリス達は裂け目を修復し、帰って行く]
[死すら玩具の一つである現代、この程度の破壊など珍しくもない]
[逆に言えば収穫も追撃も浅い――それがPublicに対する認識]
モット深ク。潜レ。
[半ば電気信号と化して電脳の海を渡る]
[Underへの入り口へ向かう途中、新たなデータを得る為の巡廻]
[その途中、音声として耳が捉えた漣は―――]
[手紙という名の賞品が届いた時より後にして、時は今現在、]
― 現実世界<Mundane> / 北部・シャトル発着場―
[シャトルから降りてくる"主"をレベッカは振り仰いだ。]
[差し出す手は、重ねられる。]
地上ですね。
――本当に良かったのですか? どなたにもお知らせにならず。
「良い」
[地に降り立つ主は、答えるとすぐに手を離す。]
[ゲートの手続きを終え、レベッカは少年を招いた。]
[外(遠く)には塔が見える。]
[北部の中でも中央に近い此処は、利便性に富んでいるのだと対外的なパンフレットには書かれていた。]
「暫くは。……言った通りだ」
[囁くような少年の声に、レベッカは目を彼へと向ける。]
[彼はレベッカを見てはいなかった。]
かしこまりました。
――良くお似合いです。
[高級な素材の服ではなく、安価で手に入る服を身につけた少年に、思い出したようにレベッカは告げた。]
行きましょう、ホテルはあの大きな塔の近くです。
荷物を置いてから、どこかへ移動しましょう。
どちらに行きたいか、ご希望は?
[二人ともが一般の市民であるような様子を作る。]
[彼方<Utopia>を使い、呼び出した車が届くのは*もう暫く先の事。*]
―― 場面は代わり
現実世界/カテドラル・オメガ x 控え室 ――
[演奏を終えたトビーは、長い廊下を歩き控え室に戻ると、何もない場所に身を投げ出した。瞬時にソファが迫り出し、膨らみ、心地良く体を包み込む。
離れる直前まで足首を包み込んでいたのは、毛足の長い赤い絨毯。電脳世界に繋がるものが、ない場所。死の如き沈黙。]
…ミネラルウォーターを入れてくれないか。
『指揮者<コンダクター>、次の予定まであと5時間11分45秒です。移動準備をしなければいけません。』
修道女 ステラ が参加しました。
修道女 ステラは、村人 を希望しました(他の人には見えません)。
――UTOPIA Public-Space/STREET――
[時計の針の端で跪く男の頭上に、白い蛍光色の手が掲げられる。
蛍光的な光を放つ白いテクスチャをすっぽりと覆う、黒いテクスチャの下
薄っすらと半眼、軽く目は瞑られている。
白い唇から流れる言葉は、既に真意を忘れ去られたOld-Testament。
跪いた男も、聖句の意味など知らねど
静かな韻に身を浸し、次第に眉間の皺を和らげてゆく。
暫し後。
跪いていた男は亡羊と人ごみに消えて行った。]
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