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[帽子が地面にパサリと落ちた。]
(………来る………)
[鋭い眼光を見て、じりじりと間合いを取る。ピクリと右の薬指を動かし、ラッセルの身体の近くにある糸の張り具合を変える。]
人を殺さない人狼な…聞いたことねえけど。ま、ありじゃね?
[彼は他の面々が困惑している中、柔軟にそれを受け入れていた。
なぜならば、彼は人同士が戦争をしてるその真っ只中で生まれたからであった。
人狼が人を殺すか。人が人を殺すか。ただ加害者が誰かという差でしか彼の中ではなかった。
人狼は人を殺すというが、定番のようになっているが、人だって人を殺す。が、人を殺さない人だって存在する。ならば人を殺さない人狼がいても彼の中ではそれほど問題にはなかったのだ。そうあっさりと思えるようなものが彼の心には根付いている]
やっぱ俺のほうが変なのかね……
[と独り呟く]
[はじめのほうは覚えていない、確か父親が戦争で死に、母親はどこかにいって、一人になった。
次は孤児院に拾われる。親のいない子供が成長し一人で生きていくまで育てる。という名目の世間から切り離されたような場所にある孤児院。
だが、その名目はただの表看板。その実は身寄りのない子供に者とも思わぬ過酷な訓練を強いて強力な軍事兵器に育て上げる軍事施設。
昨日そこで笑っていた奴が、もう永遠に笑わなくなった。
数時間前そこで泣いていた奴が、もう永遠に泣かなくなった。
先程まで苦痛に顔をゆがめていた奴が、もう苦痛に永遠に悩まされなくなった。
その中で...は素質があったのか。なんなのか。訓練を受け生き抜いてきたのだ。数日に一度死に掛けるような毎日を送りながら。]
…………
[そっと、左目の部分を右手で包む。明かり玉を出している最中だから、左目は何も映さない。
これもそこでの生活での傷跡だ。
次の出来事。そこでの生活から時がいくらも経ち。死にかけるようなこともなくなった後。...はとある実験を受けた。人体実験だ。
...はそれで更なる肉体、魔力の向上を得た。これはその代償。魔法を使う際や、戦いに赴く、興奮や緊張などが作用して、左目の視力が喪失する。…………皮肉にもそれがわかったのは守護者の里に来てからだ、それまではずっと左目は見えなかったのだ……でも、...は当時でさえもそれでも運がよかったと思えている。他に自分と同じように生き残って、それを受けた者は、もっと酷い代償を負ったり、あるいはそのまま死んでしまったりしていたのだ。
そして...とその周りの人間は、育ち、非人道的行為を繰り返して国が作り上げられた至上の殺戮部隊とし、暗躍していった。]
[リックがラッセルの眼光に、気を引き締めて間合いを取るのをじっと観察する。
指の動き一つ。
目の動き一つ。
足裁き。
体裁き。
あまつさえ思考すら、これまでの動きから予想を立て、考察し、数十通りの中から彼の動きを先読みするべく思考を動かす。
そしてラッセルが――動いた]
ラッセル兄ちゃんの周りには、目には見えない網を張った。そして今、糸の先端は、ラッセル兄ちゃんの首元を狙ってる。
けれど、オレの狙いはそこじゃない。
……その糸は、ラッセル兄ちゃんの動きを封じるためのモノだ……!
[ラッセルが動いた――
どこに向かうのか、糸が動く感覚と、ラッセルが発する音のみで読み切ろうとする。]
そこだっ!
[右手をぐいっと動かし、叫ぶ。]
ローラーストリング!
今、その能力を開放せよっ!
[ラッセルの首元に向かって、1本の糸の先端が空気を劈いて走る。]
[彼が使う拳舞は、元々彼の祖父が築いたものである。
祖父は敵対するモノに合わせて、力加減と最大HIT数を変更していた。
それが四撃、七撃、十三撃の「死」を意味する三つの打撃法だ。
各撃数は全力で打ち込む回数を示し、使った後は身体にさまざまな悪影響を及ぼすことも、まま存在する。
今回、ラッセルはそのうち五撃分の破壊力を回避速度に回した。
一撃はリックを倒すため。
では残り一撃は――?
ラッセルは無言のまま、首に向かって進む糸を「視ていた」。
だが避けない。代わりに、左腕を糸の前に突き出すと、腕に糸を巻きつけた。
激痛が走る。
だが彼は顔色を変えずに、そのまま糸の絡まった左腕を突き出すと、自分を囲んでいる糸をぐるんと一回転させて左腕にのみ、巻きつけていく]
[時が過ぎ、唐突に事件が起こる。
あれは、確か。対『軍』訓練をこなせるようになり、対『城』訓練に移行していたため、そこにいたのだったか。
人狼の群れが来襲してきたのだ。目的やらなにやらは知らない。ただ襲ってきたら迎撃するだけだ。施設のほかの人間はいくらか殺された。...やその部隊の人間も、やはり普段よりは苦戦した……でもそれだけだった。
人狼は確かに一般人にとっては化け物だ。
だがそれは普通の話。自分達は既に普通ではなく、だから脅威足りえなかった。
傷を被うが千切れようが問答無用で再生していく奴。
体を刃物にも獣にも好き勝手に変化できる奴。
自身の実体の有無を好きに操る奴。]
……どっちのほうが本物の化け物なんだかな。
……………っ!!
[ラッセルの左腕に糸がぐるぐると巻き付けられるのを見て、リックは絶句する。全身から血の気が引いていくのを、足元からガクガクと感じていた。]
[それでも、両腕をさらに勢いよく自分の斜め上に上げる。]
くっそおおおおッ!!
[見えない糸が網となり、ラッセルの身体を捕らえた。]
頼むッ!!捕らえてくれえええッ!!
しまった!オレの読みが外れた!!
死ぬかもしれない………
いや、オレは絶対に死なない!死んでたまるかっ!!
ローラーストリング、強度強化モード!
最大級の強度で、オレの身体を守ってくれっ!
[リックの全身に巻き付かれた透明な糸が、さらにそのエナジーを強めてゆく。
目・鼻・口を除き、リックの身体は糸で幾重にも頑丈に守られていた。]
………ってぇ………!
[耳の中に糸が入り込む。ラッセルの『音』を回避するためとはいえ、その痛みは鋭く、激しい――]
[一匹一匹に死を叩き込む。人狼は鎮圧できるだろうと思っていた。そいつを見るまでは…
人狼達の後ろ、黒い外套を深く被っている存在。見れば、人狼達も黒い外套を被った奴に怯えている。
そして自分も……怯えなど感じるのは久しぶりすぎて、それが怯えだったと気づくには時間がかかったが、ただ本能が危険だと猛烈に警告を鳴らしていた。
アレはヤバイ。関わればシヌ。と。
自分の周りの奴らは人体実験により自分より変わった特殊な力を得ていて、変わりに代償も大きく。まともな感覚があったのは自分だけだった。
気づけば逃げていた。それからは真っ白でほとんど覚えていない。ただ生き残ったらしい。
そしてまた逃げる。今度は国外へ。簡単なこと。これを機会に逃げただけだ。
ただ、あの施設は謎の襲撃により自分も含め全滅したということになっているためそう難はなかったが。
そして国外へと逃げ…紆余曲折、ここへと辿り着いた。無茶無鉄砲な逃げ方だったから行き倒れにはなってしまったけども……
あの存在が妖魔というものだというのを知ったのはその後のことだ。]
[リックと対面していて、感じたことがある。
彼はまだ弱い。
いや、恐らく自分では気付いていないが、レベル的には本気であれば、自分を瞬時に粉微塵にする事も可能だろう。
だが、「心」が弱い。
メイと二人、逸れて村に辿り着いた時も、七斉の力に恐れおののき、人狼を詳しくしらないだろうマンジローよりも震えていた。
だから、ラッセルはあえて、この道を選んだ。
人として守護者として、今後訪れるだろう「恐怖」を克服できるように、一番心に傷を負わせる方法を]
[「視ている」視界に、新しく迫る糸の網を「視つけた」。普段の彼であれば正面から襲ってくる時点で、回避を選択するが、すでに痛みの感覚のなく、糸が絡まった左腕を遠心力の力で正面に三度突き出す。
新しい糸が、肉に食い込むのを感じ、まだ神経が生きている事を実感する。
だがそんな感覚に感動している暇はない。恐らく全てであろう糸を食い込ませた左腕は、まるで火傷の跡の如く爛れ、肉がこそぎ落ち、繊維の一本一本が断裂している。
足元に流れ落ちる血液は、紅い水溜りを作っていた]
〔…本当に無理をするね、君は〕
[リックの内側から『声』が響く。
『彼』の力は今、その大半が防御へと向いていた。
『護る』という約束を守る為に]
―――!!!
[エメラルドの瞳は大きく見開かれ、鏡の中の光景を凝視している。ラッセルの痛みが伝わってくるようで、思わず自らの左腕を掴んだ]
[それはどれ程の長さだったのだろう。
少女の目蓋がようやく上がる。
ニンゲンよりは耐性が高いとはいえ、ラッセルのサックスが紡いだ人狼用に調整された音は、それなりの時を少女から奪っていた]
……ハーヴェイ、さん…?
[薄呆けた瞳はまだ姿を映せてはいないが。
傍にあるエナジーの色に声をかける]
[彼は思考に沈んでいるようではあるけれど]
ナサニエル……さん……!
[来るべきダメージに備え、リックは歯を食いしばる。]
これさえ、耐えれば……!そしてオレと一緒にラッセル兄ちゃんを穴に近付けさせれば、オレにだって勝機はある……!
ラッセル兄ちゃんに正面切って挑んでも、オレが勝てる算段はない。ならば……!
[リックはギュッと歯を食いしばった。]
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