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『お母様……今宵も会いに参りました』
[ヒトにも稀な白銀の髪][瞳の色は黒水晶]
ありがとう――
[どうして母の振りなぞしてしまったのか今もわからぬ]
気を使わせちまって御免ヨゥ。
[帯解き] [茶浴衣の緋] [擦り洗う様] [眺め鼻緒揺らし]
童と鬼ごっこたァ聞いたが、ありゃ矢張り蘇芳の姐さんだったンかィ。
幾ら洗えども未だ鬼ごっこは終らぬさァ。
見たい幻――妾が其れを本当に見たいのかはわからぬが
見れないよりは、見える分だけ寂しさがまぎれるかと思うてな。
――否、其れも。
宴と同じく刹那を愉しんでしまえば寂しさが募るばかりか。
[顔そむけるも]
[雫は蘇芳の頬に落ちて]
嗚呼、寂しいのぅ。
関わらなければ毒を受けずに済むものを――
狩る者とて、宴の席の誰かなら
妾がこの手で殺したとしても、妾はまた恋うるのだろう。
[蘇芳を一撫で][また寝かせ]
[すいと立ち上がれば][袖は目元]
水鏡は嘘はつかぬ。
汝れ自身がわからぬことも、綺麗に反映してしまうだろう。
――見る勇気があるならば、一度泉に来るがいい。
[首振る藍に][背を向けたままそう告げて]
[露わなる肌眺め] [ちろり] [紅い舌] [薔薇色の唇舐め]
嗚呼、嗚呼、矢張り開那の兄さんは旨そうだヨゥ。
喰ろうてしまおうかィ。
[コロリ] [コロ] [コロ] [忍び笑う声] [艶やかに]
[緋色消えるば浴衣も放り。
とぷり沈みて直戻る]
何時追うたは知らぬ故、
其方の知る鬼真似とは異なるやもしれんがな。
やれ、何時になれば終わるのか。
幾度も洗うは面倒よ。
[波紋逃げるる夫婦金魚。
遠くゆぅらり尾が揺れる]
──あゝ。何ゆえに。
[宙に留まりて神域を眺む。]
[もとより外には出られぬが、]
ようやっと心静かに去ねると思うたに……
[墨染めの袖を外したその面は]
[常と同じく冷たく固い。]
[冷えた身のうち温めようと瓢の酒を呷っても、]
[最早朱には染まりはせぬ。]
開那の兄さんが酒量過ごしてお戯れの間じゃないかネェ。
[熱病の如く] [僅か潤む隻眼] [すぃと顔あげ] [遠く見遣り]
嗚呼、アタシの謂うンは違うヨゥ。
どちらも鬼ごっこなれど本気で遊ぶ鬼ごっこは別物さァ。
[コロコロコロリ] [軽やかな嗤い声] [水音に混じる]
刹那のお遊びなンざァ其の内にゃ終るだろうさァ。
開那の兄さんは面倒と難儀ばかりじゃないかィ。
寂しくて泣くのか白よ。
[毀れるものを静かに眺め]
一度関われば毒は身体を蝕むか。
喰っても喰らわれても尽きぬは鬼ごっこかそれとも。
[恋うるものか。口に出さず、立ち上がる白の背を見る]
よかろう。己は見たいものはこの眼で見るが
ひとつ映る真実とやら見るのもよかろうて。
[頷き、ふらりカラコロ、白に背を向け]
幻を見たいと思うならば、
水鏡ではないが己の墨と筆を貸してやろう。
自分の手で描かねば見えぬ幻だがな。
[水音上げて泉の淵。
浴衣取ろうとした手が止まる]
…やれ、それは言うな。
鶏の如くに忘れやれ。
本気の鬼真似か。
其方が言うなれば真に恐ろしく聞こえるわ。
[ぱしゃり鳴る水、浴衣引き]
嗚呼全く。
この世は総て面倒と難儀で出来ておるわ。
[濃茶に変わった浴衣纏い、張り付くそれに息吐いて]
…やれ、着難い。
[愁いに沈んだその眼、何とはなしに林に向けて]
[ハッと、微かな驚きに目見開く。]
桜……
[上つ方より眺むれば、うららかな照日に向かいて伸びた枝に、]
[咲き初めた桜花、ほろほろと。]
[よくよく見れば、参道に並び生いたる桜にも]
[はや霞んだ薄紅。]
……は。はは、は。
[冷たく固い面が緩み、奇妙に歪んで泣き笑い……]
[泣いた痕は見苦しくて][小さな粒へと型を成し]
ああ、そうじゃ。寂しいがゆえに泣く。
永い間、ヒトとは関わらずに生きてきた。
妾はヒトの魂を喰ろうていたのじゃ――関わらばまた寂しくなる。
妖しならば喰うこともない――ゆえに戯れに刻を過ごし始めたが
――失うくらいならば関わらなければ良かったと思うた。
関わらなければ、迷うことなく殺せたものを。
[ゆるり][首振り][涙の粒をおとしきる]
――汝れが去んでも妾は泣くだろう。汝れがヒトでも妖しでも。
見るを選ぶならば――待っておる。
妾には筆と墨を貸されても、絵心がないでどうしようもない。
――何かが見たくなったら、描いてもろても良いじゃろうか。
[儚い笑みは][背を向け合った藍には見えず]
鶏より悪いと謂った事も忘れてたヨゥ。
何が怖いもンかネェ。
胸焦がし死合うはァ楽しいヨゥ。
混じりもンなンざァ何も無くてただ純粋に刹那に遊ぶのさァ。
[潤む隻眼の碧] [眼窟の闇] [眺める琥珀] [浴衣張り付かせ]
何処に居て何を為すも難儀で面倒な兄さんは如何するンかえ?
開那の兄さん求むるは何処に在るンかネェ。
いっそ乾くまで脱いでりゃ好いのにさァ。
この陽気ならそうかからず乾くだろうヨゥ。
もう後二三日もすれば、この神域の桜も皆咲き揃おう……
さくらいろの花霞に覆われよう。
春が。
春が来た。
彼の男と交わした契りの刻が。
[眼より滴は落ちねど、涙に潤んで、]
[つかの間の夢居に立ち戻る黒い眸。]
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