人狼審問

ふふ。心地良い酔いだ──。

[男は徳利に直に口を付け、酒を呷る。
薄めの唇を歪めて嗤いの形をつくりつつ、はふ、と酒臭い息を吐く。
ほんのりと熱くなった肢体を寛げる。
奇妙にクリアな視界と程好く鈍った感覚が、妙に興をそそった。]

あれ？

ますた いないの。
にな まいごなの？
［荒れた街にはそぐわぬ、白いエプロンの少女。
きょろきょろとあてどなくさまよっている。］

[コンクリートの破片をバラバラバラと踏み散らして、剥き出しの鉄骨が歪むビルの上から、不似合いに鮮やかな青いドレスをはためかせ、女が飛び降りる。

　女の背後には黒い太陽。
　世界が滅びるその前に……。]

[朽ちかけた街には不釣合いの、頑丈そうな
銀色の物体が存在している。窓がついている。
もともとは、ワゴン車であったのだろうか。]

ますた ますた
にな いいこにしてるよ？
ひとりで ちゃんと きる できるよ？

ますた どこいったの？
おいてっちゃ やーの。

[刀を抱き、黒き太陽を仰ぎ見る。
世界が終わることなど男には何ほどのこともない。]

嗚呼、良い宵だ──。

[得体の知れぬ雰囲気を帯びながら、銀色の物体が
駆ける。陽と銀色のボディが相まって、発行物体が
朽ちかけた街を進んでいるようにも見えるかもしれない。]

［少女のポケットからはらりと落ちる紙片。
『きみは ごきんせいひん なので つれていけません
よいこで おるすばん してね』

紙には気づかず、少女は空を見上げた。
暗い空を裂いて飛ぶのは移民を載せたシャトル。］

人間五十年
下天のうちを比ぶれば
夢まぼろしのごとくなり
ひとたび生をうけ
滅せぬ者のあるべきか

[謡いながら酒を呷る。]

［黒い太陽の照らす黄昏。
足元に砂礫と化したコンクリートを踏んで、遥か地上を見下ろす。
そこに見える人影もまた、砂粒のようだ。］

ついに、夜が、真の夜が来る。
貴方が、訪れぬ事を願った夜が。
死の境界は覆り……だが「世界」は未だ滅びぬか。

[すでに朽ちてしまった瓦礫を弾き飛ばしながら、
走る物体。その進行は乱暴で、凄まじい音を立てている。]

　
嗚呼‥─────。
我は終焉を告げる騎士─────。
　

私は誓いを破った騎士。
唯一なる主を見出し仕えんとて、主は我を捨て申した。
誓いを破り、私はおめおめと生き長らえるのだ。

憎い憎い世界が憎い。

世界を焔の業火で焼き、世界を滅すものに力を貸さん。

我の名は、ローズマリー。
清き薔薇の処女の名を冠し、焔に身を焼かれ、焔で世界を焼くもの。過去の記憶に囚われし、我を祓うものは居ようか。

［ガラスの破片と共に、ビルから滑り落ちるように空に溶ける。
手首に纏わる緋い奇妙な形の文字を連ねた鎖が、鈍く何かの光を反射した。
その指には、更に奇妙なものが握られている。］

地上には、最早貴方に手向けるべき花はあるまい。

空に黒き太陽が浮かぶ時、世界が終わると言う…
それを確かめる為、この地へと来た。
話が本当であればこれが最後、今宵の宴、存分に楽しむとしよう…。

──堕ちる堕ちる堕ちる堕ちる堕ちる堕ちる。

[女は笑いながら落下して行く。]

面白い事を謂う。
黒髪の女よ。
私に手向けられる花など、元よりありはしない。

［ローズマリーの前に、音もなく着地すると、微笑んだ。］

其方の為の薔薇は既に用意してある。
忘却の河の向こう、水銀の湖の畔から摘んで来た。
冥界の青薔薇。
かつて、其方に地上に在らざる薔薇を手向けたことはなかったが。
二つの世界が崩れ落ちる時には、それもいいだろう。

［右手に握ったものを差し出す。
水晶の棘を持った、鉛色の茎の先には、奇妙な色の蕾。］

そう。
地上は焼き払われたな。

世界は―――

君ひとりが滅んでも、小揺るぎもしない。
君こそが世界の中心で、いや、君こそは世界と同等で
君が失われれば、世界は終わるのだと思っていたけど

それなのに
まだ世界は終わっていない。

だけど―――

この世界は終わるという。

[黒い太陽を見上げた]

ならば確かめてみよう。
君を失っても回り続けた世界が、どうして終わるものか。
せめて、生きているのか死んでいるのかすら
もう分からなくなってしまった
僕の世界が終わることを祈って。